幸いにして小田急グループ内には、アグリビジネスの基盤となる経営資源を備えていた。Odakyu OXや百貨店といった流通・販売チャネルのほか、ホテルやレストランといった食に関するサービス事業も展開しており、生産した農作物の販路を確保しやすい。スーパーやホテル・レストランにとっても、食材の生産事業がグループ内にあり、食材のトレーサビリティー(追跡性)を高いレベルで保てるのは強みとなる。
小田急グループ内の休眠地が活用できることも大きかった。西村課長が農業ビジネスを立ち上げるべく調査していたところ、同じグループ企業の神奈川中央交通もアグリビジネスの可能性を模索していたことが判明。両社で協議し、神奈川中央交通が相模原市に所有している休眠地を利用することにした。Odakyu OXを展開する小田急商事の流通センターが自動車で約20分と比較的近く、農作物の搬入コストを抑えられるのも決め手となった。
農作物として高糖度ミニトマトを選んだ理由は、その市場性と栽培のしやすさからだ。「高糖度ミニトマトは主婦層を中心に子供からお年寄りまで幅広い層に人気が高く、従来のトマトより価格が高くても売れている。また、ハウス内で栽培するため品質のコントロールがしやすい。葉物野菜なども考えたが、ビジネスとして成立させるための条件を総合的に考慮して、まずは高濃度ミニトマトを生産することにした」(西村課長)
とはいえ小田急グループ内には農業実務のノウハウがない。そこで事業リスクは小田急グループが持ったうえで、生産・収穫・出荷についてはノウハウを持つ銀座農園に委託。生産が軌道に乗った後で、グループ内への事業譲渡も含めてノウハウの内部化を検討することにした。
銀座農園は「アイメック農法」というフイルム栽培のノウハウを備える。アイメック農法では「アイメックフイルム」という親水性の膜を使って植物、溶液、土地を隔離して栽培する。これにより土に潜む病原菌や害虫の影響を抑えながら、生育のよい作物が育てられる。
そのうえで城山農場ではITを導入した。タイマー制御による灌水(かんすい)や施肥の自動化技術、加えて温度センサーやカメラをインターネットにつないでハウスの状況を遠隔モニタリングする技術を使って、人手の省力化を図る。農業では監視と作業に関わる人手がかさむ傾向にあるが、これで人件費の増大を抑え、収益化につなげやすくなる。また「ハウスの環境データと作物の生育結果をつき合わせることで、今後は生産性の改善も見込めるようになる」(西村課長)という。

このようにして様々な角度から検討し、「早期に『もうかる農業』にすることが可能な枠組み」(西村課長)を作って開始した小田急グループのアグリビジネスだが、初の取り組みということもあり、今はまだ苦戦を強いられているようだ。
トマトの苗は昨年2016年8月に初めて植えた。昨年は秋の日照が少なかったことなどが影響し、思ったほどの収穫量には至っていない。12月から今年3月末までにおける高糖度ミニトマトの予定販売量は、当初目標の半分以下である3000kgを下回る見込み。「なにしろ自然環境が相手。いくらハウス栽培でITを使って管理する仕組みを備えているといっても、着手してみてようやく分かったことがたくさんあった。黒字化にはもう少しの試行錯誤が必要だ」と西村課長は語る。
まずは城山農場の生産性を高め、高糖度ミニトマトの販路を小田急グループ内のホテルやレストランなどにも拡大しながら、早期の黒字化を目指す。同時に、城山農園の立ち上げで得られた農業関係者とのネットワークを生かして、グループ内外における農業ビジネスの支援を進める。
アグリビジネスの立ち上げに際して、西村課長らは農場のある自治体の相模原市、農家、農業の研究者らとたびたび説明や相談、意見交換の機会を持ってきた。そのネットワークを生かしつつ、引き続きアグリビジネスの可能性を検討していくという。「例えば小田急グループが保有している未利用地を活用して沿線における就農機会を増やすなど、いろいろなやり方が考えられる。沿線地域にも小田急グループにもプラスになる、そのようなアグリビジネスを考えていく」(西村課長)
「農業は幸せを売る商いだと実感した」。西村課長は取材の最後にこう言葉を紡いだ。小田急電鉄社内では最初のうち「農業をやる」と説明すると、周囲の社員から鉄道会社が農業をやってどうするのかと言わんばかりの顔をされることもあった。しかし、収穫された高糖度ミニトマトを食べさせると一転、がんばれよと応援されるようになったという。
「おいしい野菜を食べたとき、人は理屈なんてこねずおいしいと言う。人の生活に密着している農業はやはり可能性があると確信した」(西村課長)
理屈抜きという表現の通り、人はおいしいものを食べるとうれしい気持ちになる。栄養という面でも、楽しみという面でも、食は人々の生活に不可欠の要素。ならば、食に対する基本的なニーズは、どんなに時代が変化しても不変であろう。
食や自然環境にますます注目が集まる中、農業を志す若者が増えているという。小田急グループの農業が軌道に乗り拡大すれば、小田急ブランドが従来とは違った形で人々に受け入れられ、それが意外なところでシナジーを生むようになるかもしれない。