フードチェーンの全体像を見るような広い視野と、科学や技術の専門性を身に付けた人を育てるために、どのような教育を考えておられますか?
渡辺 いまある食料産業学部 食料産業学科には、アグリコース、ビジネスコース、フードコースという三つのコースがあるんですが、最初の1年目、1年生の時にはコース分けしません。そして2年生になるときに自分はどの分野をやりたいのかと初めてそこでコース分けする。それぞれのコースに分かれて2年間勉強した後に、もう1回総合的に学びます。
1年目に総合、間の2年間で専門、4年目にまた総合という順で学ぶことになります。最初の入口で全体像としての食料産業概論を教えてから、専門に入り、最後の一年でもう一度食料産業実践論という、総合的な実践論を教えるのです。

ここでは、あらゆる学びがそういう仕組みになっています。インターンシップも1年生の時のインターンシップは浅く広く見る。浅く広くやる中で、自分はこれが合っているし、これが面白そうだということで、深くやりたいところがわかったら、3年生の時のインターンシップでは卒業後のことを意識して特定分野のことを学びます。
このように、総合的にして即戦力というオールラウンドプレイヤーを育てていきます。その方針を産業界から評価してもらっているためか、今年入学した最初の1年生は99人なのですが、158社からインターンシップの申し込みがありまして、うれしい悲鳴を上げているところです。
農業界、食品産業界にはそういう人材が今まで少なかったということでしょうか?
渡辺 そうです。それを非常に長いこと問題視してまして、そういう人材を育てる大学はないだろうか、と考えてきました。
先生方にも、教育優先ということで募集し、来ていただきました。
今は19人の先生がいますが、初年度入学の1年生を八つのクラスに編成していまして、1クラスに主担任と副担任の2人ずつ先生が張り付いています。そこでみっちりと特徴ある基礎ゼミをやってもらっています。
学生たちの教育を受ける姿勢も重要です。ですから建学の精神として「自由、多様、創造」という三つを掲げました。
一つ目は自由であれということ。自由というのは勝手気ままではないんです。自己規律を持ち、その上で過去のしがらみにはとらわれるなということです。今年の式辞でも一年生に「君たちは幸せだ。先輩もいなきゃ決まりもない。君らがつくっていくんだ」と話しました。つまり、企業に就職するにしても自ら業を起こすにしても自分で何か考えなくてはいけない、自立ということです。
二つ目の多様性は、誰でも金太郎飴じゃいけないということです。他の人の考えを否定せず尊重しながらも、自分の考えは自分で決める、ということですね。何も考えずに、農事暦通りに何月何日に種を蒔いて、決められた配合の肥料を使うような方向とは違います。日本には13万の農業集落があります。土も人も違えば天気も違う。みんな違う。多様性の中で自分はどうするかという判断をする人になりなさいということです。
最後の三つ目は創造的であれ、ということです。誰かに質問するにはものすごく勉強しなくてはいけません。これはケンブリッジ大学の先生が言われてますが最も大事なのは質問する力です。質問を受ける側の教授たちも、学生の質問にそんな馬鹿なと言ってはダメです。学生が勉強して質問してきたら、多少我慢してでもその質問に、「君、面白いじゃないか、一緒に考えてみよう」というようにならなければいけません。そうすれば、学生が自分たちで答えを出すようになります。
このように「自由、多様、創造」という三つを建学の精神に据えました。これは、3年間にわたる大学の設立準備委員会で関係者の間で全く一致したことです。そして、学生たちがそういう人間に育ってくれれば、これは強いと思うんです。
実学を重視しているということですが、具体的にはどのようなことをされていますか?
渡辺 一例を挙げましょう。胎内キャンパスのある新潟県胎内市には300年続く、胎内三八市という露天市があるんですが、そこに、1チームを1カンパニーとして8チームを出展させました。仲間であると同時に会社という体にして、社長、副社長、仕入れ部長、販売部長、宣伝部長などと役職を決めてやっていくわけです。
カンパニーには、資本金として学校から5万円を渡します。最後に全部、収支を計算させるんですが、現金ベースでは全8チームがマイナスです。だいたいは1万数千円から2万円くらいまでのマイナス。一番赤字額が少ないのが589円でした。彼らに「589円の赤字ですね」と言ったら、先生それは違いますと返ってきた。
どうしてと聞くと、資材費を使って台を購入したけれど、これは4年も5年も使えるんですと言う。つまり、現金は資産になったのであって、次の年にも継続されるものだから損益ベースでは赤字だけど、単純な赤字ではないというわけです。学生たちはそういう実体験を踏まえて、後期の簿記学に望む。そうするとしっかり頭に入る。そういうのが本当の教育じゃないのかと考えています。
また、露店市に出店している年をとったおばあちゃんたちが疲れて座ってるいんですが、学生たちはその地域の話を聞いたりしながら、交流しています。こういうつながりによって、地域のオーラルヒストリーができていきます。
こういう教育をしているところはほかにないと思います。そこにたどりつけたのは、たぶん、商業高校や農業高校、工業高校出身の学生たちがいたから。それと計算力に優れた中国やベトナムの留学生がいたからです。彼らの生活の中で身についたものが影響している。
それは多様性にも影響しています。今実感していますが、今年入学した学生の割合は、県外4割、県内4割、留学生2割なんです。さらに、その中に実業高校から来た子が約2割、18名います。先生たちも約2割が実業界、産業界から来ています。学生も生徒も実に多様です。
その結果、どういうことが起こるか。
例えば、田植えの実習では、ある学生が苗を入れる籠を左の腰に付けています。これは、すぐに苗を取り出せる工夫で、その子は入学前からそれを知っているわけです。それを隣の学生に解説して教える。日頃教室で目立たなかった学生が、田んぼの実習では教える側に回る。そういう多様性が出てくる。
一般に、学生や子どもたちのいじめや疎外の原因は、「あいつはできない」といったことが多いんですが、こういう多様性を重視する社会の中では決してそこには行きません。「あいつ、あんなにいいところがあるじゃないか」ということになります。


