真に必要なのは、半導体業界の「外」を知る人材
「周回遅れ」からの起死回生へ
社会変革を担う人材は九州で育つ
TSMCとラピダス。2つの雄に期待がかかる一方で、半導体人材の不足が懸念事項として浮上している。本当に求められているのは、直近で必要とされる製造に関わる人材だけではない。TSMCの進出に沸く九州で、半導体に関わる人材を育成すべく動き出した九州大学の金谷晴一教授に、その真意を聞いた。
金谷 晴一氏
九州大学附属価値創造型半導体人材育成センター
センター長
1994年、山口大学工学部助手。1998年、マサチューセッツ工科大学博士研究員。2019年、九州大学大学院システム情報科学研究院教授に就任、現在に至る。九州大学附属価値創造型半導体人材育成センター センター長、一般社団法人九州半導体・デジタルイノベーション協議会 副会長。
半導体製造に関わる人材が足りない。最先端工場の製造ラインは自動化が進む。それでも装置をメンテナンスし、安定稼働を実現する人材は必要だ。 金谷氏は「1000人以上の不足とも言われ、九州の各大学、高専の『オール九州』で人材育成に取り組んでいます」と語る。
金谷 晴一氏
九州大学附属価値創造型半導体人材育成センター
センター長
1994年、山口大学工学部助手。1998年、マサチューセッツ工科大学博士研究員。2019年、九州大学大学院システム情報科学研究院教授に就任、現在に至る。九州大学附属価値創造型半導体人材育成センター センター長、一般社団法人九州半導体・デジタルイノベーション協議会 副会長。
直近のニーズに応えることも大事だ。しかし金谷氏は「より重要なのが、社会変革を起こす次の半導体技術を担う人材(価値創造型半導体スペシャリスト)と、半導体の社会実装を通じた社会変革を担う人材(半導体活用価値創造人材)の育成です」と指摘する。
世界に目を向けると2つの動きがある。1つは半導体の性能向上を目指し、それを追求する動き。もう1つがアプリケーションや目的に合わせて独自の半導体チップを開発し、差別化を図る動きだ。
「世界的なIT企業では、後者の動きが次々と起こっています。日本の半導体産業が衰退したのは、先端かつ良い物を作れば売れる、と考えたからでしょう。今や社会課題が複雑になり、かつ細分化されています。そうした課題に特化した半導体が求められています」(金谷氏)
社会実装を踏まえて
開発できる人材が必要
九州大学の半導体人材育成方針社会のニーズを把握し、半導体製造に反映できる①や、その実行を産業側から支える②の人材育成を特に目指す
(出所:金谷晴一氏の資料を基に作成)
金谷氏がセンター長を務める価値創造型半導体人材育成センターは、「価値創造型半導体」を生み出す人材の育成を目指す。その1つが、半導体の先端研究をしながら活用方法まで考えられる「価値創造型半導体スペシャリスト」である。半導体の性能を追求しつつ、社会実装を踏まえた開発ができる人材だ。
そしてもう1つが、自身の専門分野に加えて半導体の基礎知識を有し、その活用法を考えられる「半導体活用価値創造人材」である。対象は文系、理系を問わない。「半導体が自動車や家電製品など様々な製品に使われていることを、文系の人はあまり知りません。知らないと活用するという発想が生まれない。これから社会のリーダーとなる人たちが半導体の基礎を学ぶことで、新たな使い方を見いだしてもらいたいのです」(金谷氏)。
半導体人材と各産業の関係性次の半導体技術の研究開発を担う①は、研究組織や半導体関連企業の中核にいながら、各産業に対する深い理解を持つ。半導体の社会実装を進める②は、半導体活用企業や行政などの立場から必要な施策を実行するために、半導体コア階層の基礎知識を有する
(資料提供:金谷晴一氏)
具体的なカリキュラムとして、新たに「半導体技術経営」と「半導体社会実装」というカテゴリーを設けた。前者には、半導体技術経営概論/特論、半導体ビジネス戦略特論など、後者には持続可能半導体概論/特論、半導体技術マーケティング特論など、これまでの情報工学の分野では見慣れない講義名が並ぶ。いずれも半導体に経営や社会課題など技術以外の視点を加えて学ぶ内容である。
さらにTSMCの研究者や技術者による講義や実習なども用意した。学部生のカリキュラムは2024年4月からスタート。学生からは「最先端の技術を学べてモチベーションが上がった」「経営が技術には大事と分かった」といった声が聞かれ、好評を得ている。
センターは熊本大学、福岡大学、九州工業大学などの各大学や高専、加えて九州地方の半導体関連企業280社が参加する「九州半導体人材育成等コンソーシアム」と連携。講義はオンラインでも公開し、これらの大学や企業などからも受講可能だ。
九州大学が提供する講義九州大学だけでなく九州各地の他大学・高専、また産業界の人材も受講できる体制を整備。「オール九州」で人材育成に取り組む
(出所:金谷晴一氏の資料を基に作成)
今が日本のラストチャンス
長期的視点で人材育成を
九州地方は以前から半導体産業が盛んで、関連企業は約1000社。大学同士の連携も密接で、協力し合う土壌がある。このような蓄積の上に、センターとコンソーシアムが成り立っている。とはいえ人材育成は九州だけの問題ではない。そこで地域を越え、北海道のラピダスをサポートする「技術研究組合 最先端半導体技術センター(LSTC)」とも連携している。
海外の教育機関とも共創する。日米の複数の大学による「UPWARDS for the Future(半導体の未来に向けた人材育成と研究開発のための日米大学パートナーシップ)」に参加し、研究と教育のための交流を実施。このプログラムには世界有数の半導体関連企業、マイクロンと東京エレクトロンが協力。特に学生と女性への機会提供を目指している。台湾の国立陽明交通大学、国立台湾大学、工業技術研究院(ITRI)などとも学術連携協定を締結する。
九州大学が矢継ぎ早に教育体制を整えているのは、時間がないと考えるからだ。金谷氏は「日本の半導体は、今世界の先端と比べ二周回くらい遅れています。そこに追いつくには今、取り組まなければ、国として成り立たなくなるという危機感を持っています」と訴える。
しかし、教育は一朝一夕でできるものではない。九州大学電気情報工学科の学生は約8割が大学院に進む。修士課程を終えるまでに6年かかる。センターの取り組みは文部科学省のプロジェクトに採択されているが、その期間は5年。カリキュラム作成や教員集めに1年が既に経過し、残るは4年。今年入学した学生が卒業するまでには2年足りない。そこで、九州大学基金「価値創造型半導体スペシャリスト育成プロジェクト」を創設し、企業や個人に寄付を募っている。
未来を創造する人材をどれだけ育成できるか。日本の産業界全体が問われている。