
井上 哲浩慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
日経BP Marketing Awards 2020
「4つの側面」を兼ね備えた
新時代のマーケティング
近年のマーケティング戦略、特にB2Bマーケティング戦略における傾向として、4つ強調したい側面がある。
第1の傾向は、B2Bマーケティングにおける戦略構築とB2Cマーケティングにおける戦略構築の方法論的差がなくなってきていることである。その理由の一つとして、B2Cマーケティングにおけるターゲット・セグメントに相応するB2Bマーケティングにおけるゲートキーパーの識別が、従来の経験や人的つながりなどから、データに基づき行われつつあることが挙げられるであろう。Kotlerによるオーソドックスなマーケティング戦略構築過程(環境分析→STP→4P)にしたがえば、ゲートキーパー識別(ST)に続く、提案価値(Value Proposition)の定義(P)にせよ、その後の4P構築にせよ、B2Bマーケティングにおいても、B2C同様に、デジタルやデータの影響をうけていることが、その他の理由として考えられよう。

第2の傾向は、関係性構築志向である。「交換」をマーケティングの核概念として捉えたパラダイムから、1983年にBerryにより「関係性」が提起されて以来、関係性マーケティングが、主要パラダイムとなっている。関係性マーケティングが生まれた源泉はいくつかあるが、サービス・マーケティングとならんで産業財マーケティングが主要な源泉であること以上に、近年のB2Bマーケティングにおける関係性構築志向はより明確になっている。第1段階の直接顧客企業志向に加えて、その顧客企業の顧客(企業にせよ消費者にせよ)の便益を表現するB2B2X関係性志向が、ややもすればマーケティング主体が陥りがちな自社製品の自己主張を感じさせることのないよう表現することが重要になっている。
第3の傾向は、B2Cマーケティングの十八番であったクリエーティブ技術のB2Bマーケティングでの援用である。クリエーティブがより重要になる要因は多数あるが、ここで一つ取り上げたい要因は、伝わることの重要性である。B2BにせよB2Cマーケティングにせよ、競争が激化している、差別化がより尖っている、情報過負荷がさらに進んでいることなどから、提案価値はますます複雑で難しくなってきている。より伝わるために、より高いクリエーティブ技術が求められており、B2Bマーケティングもこの必然性を避けられなくなってきているのであろう。

第4の傾向は、ブランド・ジャーナリズムである。広報の役割や機能が、戦略的広報の台頭によって変化しつつある中、さらにコミュニケーション効果を高めるための一つとしてコンテンツ・マーケティングが生まれ、その発展の一つの形態が今日のブランド・ジャーナリズムである、と捉えることができるであろう。第3の傾向の要因の一つである提案価値の複雑化・難化にも関連し、興味を持ってじっくり読んでもらえるコンテンツを通じて、価値提案というマーケティングの軸が、ターゲットの軸受けにはまるよう計画された戦略が、ブランド・ジャーナリズムである。
これら4つの側面すべてを包含していたのが、グランプリとなったNTTアーバンソリューションズによる「ひとまち結び」ブランディングであった。到達困難なターゲットに対し、素晴らしいクリエーティブとブランド・ジャーナリズムを通じて、NTTアーバンソリューションズが提供する提案価値を伝達し、関係性を構築した結果、2019年10月というダッシュ・スタートにもかかわらず、20万超のPV達成という素晴らしいマーケティング成果を実現したのであろう。金賞の2点そして銀賞の6点も、上述の4側面を有する素晴らしい作品であった。いつもながら、すべての候補作品のすばらしさに圧倒され続けたAwards審査会であった。
井上 哲浩(いのうえ・あきひろ)
慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
1987年関西学院大学商学部卒業。89年同大学大学院商学研究科博士課程前期課程修了。92年同後期課程単位取得中退後、96年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で経営学博士号取得。関西学院大学商学部専任講師、助教授、教授を経て2006年から現職。専門はマーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス、マーケティング・コミュニケーション・マネジメント ◇主な著書『小売マーケティング研究のニューフロンティア』(共編著、関西学院大学出版会)2015、『マーケティング』(共著、有斐閣)2010、『戦略的データマイニング-アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP)2008 他