講評

審査委員長講評

井上 哲浩

井上 哲浩慶應義塾大学ビジネス・スクール 教授

日経BP Marketing Awards 2023
「企画」と「表現」の重要性は
AIが進化しても不変

 今回の審査会には、例年も緊張感をもって臨んでいるが、より高い感をもって臨んだ。審査の議論があつくなる予感があったからである。予感は的中した。COVID-19の影響なく、ほぼ全員がオンサイトで審査を行う、ということもあるが、優れた多くの審査対象を前にして、含意にあふれる素晴らしいあつい議論が審査で交わされた。今回も、これからのマーケティング戦略のあり方に豊かな示唆が示される素晴らしい日経BP Marketing Awards審査会となった。

 GPTなどの新しい人工知能(以降、AI)技術の応用が、昨今、注目を集めている。総務省は、第一次AIブームを1950年代後半~60年代の「推論」や「探索」が可能となった時、第二次AIブームを1980年代の「知識表現」が可能となった時、そして第三次AIブームを2000年以降の「機械学習」が可能となった時、と『平成28年度情報通信白書』で記している。現在も進展している第三次AIにおいて中心的な役割を担っている技術は、深層学習とよばれるDeep Learningである。GPTはこの技術を用いて、文章を生成するモデルである。文章のみならず、画像や音声も、この技術によって生成可能となっている。

 これらの適用に関する精度、制度、賛否などが議論されているが、これからのマーケティング戦略のあり方という視点から今回の審査に照らし合わせて2点、強調したい。第一に、「生成」と「企画」の大きな違いに留意する必要がある。マーケティング戦略を「生成」するだけであれば、容易であろう。SWOTなどの環境分析に関する「生成」を行い、セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングを「生成」し、価格・製品・チャネル・コミュニケーションに関する「生成」を行えば、マーケティング戦略は「生成」される。これからのマーケティング競争において必要とされていることは、このような「生成」ではない。成功確率が高い戦略構築能力という「企画」の力が、必要とされている。第二に、「生成」と「表現」の大きな違いに留意する必要がある。クリエイティブの力の定義や測定尺度や測定方法に関する議論は別稿にまわすとし、「生成」にはクリエイティブがない。合成的な生成は「表現」を有しない。AIに限らず、多くのデジタル情報やメディアに接する今こそ、クリエイティブのもつ瞬間の威力にあふれた「表現」が、必要とされている。

 グランプリの新東工業「できる、ロボットへ」の瞬間の威力には、圧倒された。『6軸力覚センサZYXer』という製品名もわかりやすいが、豆腐を手の上でカットしている表現のインパクトは圧巻であり、伝えたいことがダイレクトに伝わった。製造ライン、品質管理、作業補助など、適用可能性の拡がりに胸がつかれる思いにあふれた広告であった。下手をすれば、いやらしく伝わってしまうかもしれない、3500億円以上というGDPへの貢献そして10万人以上というフルタイム相当の雇用という貢献を、おおっという驚きとともに自然に受け入れることができたGoogle「YouTube」。キリンホールディングス「キリン流CSV経営学」については、伝達が難しいCSV経営をキレの良い視点からの表現で伝えていることに加え、全社の根底に明確なCSV経営があるからこその企画力を感じた。「生成」の対として「生」をとらえることもできよう。生のアートであるアール・ブリュットを用いた旭精機工業「INCLUSIVE(インクルーシブ)もっと自由でクリエイティブな未来を。」は、その包括性に心うたれた。他の金賞1点、銀賞2点も、入念な企画の力と優れた表現の力を痛感した素晴らしい広告であった。

 冒頭で「生成」と「企画」の違い、「生成」と「表現」の違いについて述べたが、前者に関して戦略構築という枠組みを、後者に関してクリエイティブという枠組みをDeep Learningに明示的に包含してモデリングすることが可能となれば、違いは縮小するかもしれない。そんな予感もしつつ、これからのマーケティング戦略における「企画」と「表現」の重要性を確認し、豊かな示唆が示された素晴らしい日経BP Marketing Awards審査会であった。

井上 哲浩(いのうえ・あきひろ)

慶應義塾大学ビジネス・スクール 教授

1987年関西学院大学商学部卒業。89年同大学大学院商学研究科博士課程前期課程修了。92年同後期課程単位取得中退後、96年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で経営学博士号取得。関西学院大学商学部専任講師、助教授、教授を経て2006年から現職。専門はマーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス、マーケティング・コミュニケーション・マネジメント ◇主な著書『小売マーケティング研究のニューフロンティア』(共編著、関西学院大学出版会)2015、『マーケティング』(共著、有斐閣)2010、『戦略的データマイニング-アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP)2008 他

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