日経ビジネスオンラインスペシャル

INTERVIEW2021.04.09

ANOTHER FACE ― 腕元に光るもう一つの顔

恩人への感謝を思い起こさせ、前を向いて歩かせてくれる1本

俳優東出 昌大 さん

東出 昌大さん

「腕時計って、武士にとっての日本刀に似ているな、と思うんです」

腕元に視線を落としながら静かな口調でそう語るのは、俳優・東出昌大さんだ。

「武士にとって刀とは、数が多いことが重要なのではなく、美しくて実用性を伴った“ちゃんと切れる刀”がいくつかあればいいわけですよね。それと同じように、時計もいっぱいは必要ないし、シンプルで、一生使えるようなものが何本かあればそれで十分だな、と思います」

東出 昌大さん
所属する芸能事務所社長から贈られた、A.ランゲ&ゾーネ「1815」。世界屈指の高い技術力が随所に生きる、工芸品のように美しいホワイトゴールドモデルだ。

その左腕で、控えめだが確固たる存在感を放つのは、ドイツの誇る名門ウォッチブランド、A.ランゲ&ゾーネの「1815」だ。その名は、ブランドの創業者、フェルディナント・アドルフ・ランゲ生誕の年を表す。

19歳で「二十歳になる記念に」と、思い切ってオメガ「デ・ヴィル」を手に入れたという東出さんは、腕時計に魅了されて久しい。日頃から雑誌などでさまざまな腕時計の情報を集め、自分の感性が響くものを探していたが、ある歴史に関する本を読んでいた時、A.ランゲ&ゾーネに出合ったという。

「その本の中では19世紀半ばに創業し、第二次世界大戦を経て今も時計づくりを行っているブランドだと書かれていて、一体どんな腕時計なんだろうと興味が湧きました。調べてみたら、どのモデルも品があって飾らない雰囲気だった。僕、シンプルな腕時計がすごく好きなので、すぐに惚れたという感じです」

その後も憧れを持ち続けていたが、今から10年ほど前、意外な場所で“再会”を果たす。

「モデルから役者への転向を考えていたころ、今、所属している芸能事務所に話を聞きに行く機会があったんです。でも当時、芸能界とか芸能事務所に対して、僕はまだどこかでちょっと怖いイメージを持っていたんですよ(笑)。で、恐る恐る訪れたら、出てきた社長が腕にしていたのが、A.ランゲ&ゾーネだった。『ああ、ランゲをつけていらっしゃるんだ、すごく素敵だな』と思い、なんだかほっとしたことを覚えています」

さらに憧れが募り、「いつかは自分も」と考えていたところ、嬉しいサプライズがあった。一昨年、ヨコハマ映画祭で主演男優賞を受賞した時、その授賞式の控室で、事務所の社長からお祝いとして「1815」を贈られたのだ。

「日頃はアウトドア系の服装が中心なのでカジュアルな時計をすることが多いのですが、主に舞台挨拶などかっちりとした姿で人前に出るような時には、これをつけます。この時計を腕に巻くたびに、事務所の社長に対する恩義を忘れないよう、これからも前を向いて一歩一歩進んでいこう、と思いを新たにするんです。だから、実際の時計の重さ以上の重量感が、今、僕の腕にはあります」

東出 昌大さん

その真摯な思いと挑戦心が十二分に注ぎ込まれたのが、𠮷田恵輔監督の最新作『BLUE /ブルー』だ。あるボクシングジムに所属する3人のボクサーが、それぞれ壁にぶつかりながらも、情熱を失うことなく何度でも立ち上がって挑戦を続ける姿を描く。

ボクシングに対する人一倍強い愛を持ちながらも才能がなく、試合に勝てない主人公・瓜田を松山ケンイチさんが熱演。一方、才能と強さを兼ね備えるが、脳の疾患を発症してしまう瓜田の後輩・小川を東出さんが演じる。松山さんとは映画『聖の青春』以来、5年ぶりとなる共演だ。

『BLUE /ブルー』のオファーを受けた当初、松山さんはボクサーの芝居に必要な説得力を持たせるのは自分には難しいと考え、断るつもりだったという。だが、偶然顔を合わせた際の東出さんの「一緒にやりたいです」という言葉が後押しとなり、出演を決意したそうだ。互いに対する信頼感の強さは、瓜田と小川の関係性そのもの。スクリーンの随所に、それが見事に現れている。

「松山さんは今回の役作りに、約2年もかけられたと聞いています。改めて共演して、本当にすごい人だなと思いましたね。ゲームでよく見かける、キャラクターのステータスを表すレーダーチャートがあるとしたら、松山さんはすべてにおいて僕を上回っている。僕が勝てるのは、身長くらいかな(笑)。とにかく人間的にデカくて、でも獣のような猛々しさと天才性を持ち合わせているんです」

東出さんも、役作りのためにボクシングジムに通い始め、実際にボクシング業界で生きる人々と交流を持つようになった。彼らのことを知れば知るほど、本当に厳しい世界だと実感したという。

東出 昌大さん

「例えば、プロボクサーになっても試合で勝たないとお金を稼げないし、かといってトレーナーになるのも狭き門。トレーナーになったからといって、生活が楽になるわけでもない。でもみなさん、いつも本当ににこやかで温かいんです。苦しみや痛みを知っているからこそ、人に優しいんだな、と思います」

特に主人公、瓜田の姿に、そのエッセンスが凝縮されている。富も名声も愛も、何一つ手にしていない。が、誰よりも強くて優しいのだ。

「今、生きづらさや閉塞感を抱えている人が多いかもしれません。何が豊かさの象徴かはわかりませんが、ただ、僕自身、完成したこの作品を見て、社会的にも精神的にも逼迫している時こそ、もっとプリミティブな生活に立ち返ってもいいんじゃないかな、と感じました。その意味では、志さえ持っていれば、時計という形も、もしかしたら必要ないのかも。究極的には何も持たなくても生きていけるような、強い人間になりたいなと思っています」

ひがしで・まさひろ
1988年生まれ、埼玉県出身。2012年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優としてデビューを飾り、第36回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。18年、第71回カンヌ国際映画祭コペティション部門に正式出品された『寝ても覚めても』で主演を務め、高い評価を得る。20年には第77回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した『スパイの妻』など、話題作に次々と出演。近年の主な出演作は、『聖の青春』(16年)、『菊とギロチン』(18年)、『おらおらでひとりいぐも』(20年)など多数。

BLUE/ブルー

BLUE/ブルー

©2021「BLUE/ブルー」製作委員会

監督・脚本・殺陣指導/𠮷田恵輔 出演/松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生/東出昌大ほか

*4月9日より、新宿バルト9ほか全国ロードショー

文=いなもあきこ 写真=森 康志 スタイリング=及川泰亮 ヘアメイク=吉田太郎

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