日経ビジネスオンラインスペシャル

INTERVIEW2021.04.16

ANOTHER FACE ― 腕元に光るもう一つの顔

2歳で死別した父から受け取った、人生のバトンのような腕時計

俳優中井 貴一 さん

中井 貴一さん

出演した映画の完成披露舞台挨拶、その作品にまつわる記者会見やインタビュー取材などの華々しい場面で、中井貴一さんが必ず身につけるものがある。亡き父、佐田啓二さんから譲り受けた腕時計、IWCの自動巻きモデルだ。

1950年代に作られた、堅牢さと正確さで知られる傑作ムーブメント、キャリバー852を搭載する1本。今なお、中井さんの腕で力強く時を刻む。

「父も僕と同じ俳優でしたので、『親父、一緒に舞台に立とう』っていう気持ちが、自分の中にはあるのかもしれないですね」

学生時代は運動部だったため時計をつけることもなかったが、大学を卒業した時、「あなたが受け継ぐものだから」という言葉とともに母が金庫から取り出したのは、何本かの腕時計だった。いずれも、亡き父が腕に巻いていたものだ。

中井 貴一さん
名作ムーブメント、キャリバー852を搭載する、1950年代に作られたIWCの自動巻きモデル。亡き父、佐田啓二さんとの親子の絆が今なお腕に息づく。

当時よく遊んでいた仕事の先輩たちの中に時計好きな方が多かったこともあり、自然と時計の知識が耳に入り始めた頃だった。彼らが異口同音に語ってくれたのは、「いいものを長く持つ」ことの大切さだ。

「親父は僕が2歳半の時に急逝しましたから、その知らない父の腕の上で、父の時を刻んでいたものが、ずっと動かされないまま金庫に入っていた。そして十何年経った後、眠りから覚めて何事もなかったかのように、僕の腕で、僕の時を刻んでいる。

そう思うと、なんだかすごく親父を近くに感じたんです。時計を受け継いだことによって、人生のバトンを渡されたような気がした。親父のことをよく知らないがゆえに、その思いがいっそう強かったのかもしれません。そこから、腕時計がとても好きになりました」

受け継いでから、これまでに3回ほどメンテナンスに出したというが、「それも必要ないのでは」と思えるほど丈夫だと感じる。

「パッと腕に巻いて、自動巻きだから腕を振っていれば自然に動いてくれる。僕は、こういうシンプルで頑丈な時計が好きです。いろいろな機能がたくさん付いているものより、時間を見ることに特化した時計って、人間らしくていいなあ、と思います。

その上、僕がこういうアナログウォッチが好きなのは、アバウトだから(笑)。もちろんそれは、時間が狂うということじゃありませんよ。老眼になると、細かい分数までよく見えないじゃないですか。すると針を見て、『今、だいたい5時10分ぐらいだな』と思う。でも、これがデジタル表記だと、『5時10分20秒』っていうところまでわかってしまいますよね。この、『10分ぐらい』っていう感覚が、僕は好き。自分に余裕がある感じがするんです」

中井 貴一さん

父の大切な時計は、いずれ記念館のようなものをつくって保存できればと考えている。その他、自分が惚れ込んで購入したものや先輩から譲り受けたものの“将来”も、すでに考え始めているそうだ。

「僕はいずれこの世から去る時が必ず来ますが、時計は永遠に残るもの。僕には子供がいないので、いつになるのかはわからないですけれど、自分の息のあるうちに後輩たちに手渡しておきたいな、と思っているんです。実は高倉 健さんからいただいた時計も何本かあるんですよ。それは高倉さんから渡されたバトンだと思っていますので、その時計も、僕を経由して誰かに託したいと考えています」

良質な腕時計と同じように、先輩から後輩へと、時代を超えて連綿と受け継がれる作品がある。その代表格が、不朽の名作、山崎豊子原作の『華麗なる一族』だ。1960年代後半、高度経済成長期の関西財界で富と権力を手にするため、閨閥(けいばつ)を張り巡らす一族の繁栄と崩壊を描く物語。WOWOWは開局30周年を記念して、この傑作小説の新たなドラマ化に挑む。

中井さんが扮するのは、阪神銀行頭取で万俵コンツェルン総帥を務める一族のドン、万俵大介だ。中井さん自身、俳優の傍ら、経営者としての顔も持つ。19歳でデビューした時に自らの事務所を設立し、以来、経営の舵取りを行ってきた。その視点が、作品に新たな奥行きを生んでいる。

中井 貴一さん

「経済的な事柄を含め、世の中の動きには常に関心を持っています。その意味では、『役者バカ』になり切れずに生きてきてしまった、という感じです(笑)。ですから、このドラマの金融にまつわる話についても、客観的に『面白いなあ』と感じている自分がいましたね」

時代は変わり、現代は仕事とプライベートのバランスを取り、金銭や名声以外の豊かさを選択する人も増えた。が、それでもビジネスパーソンとしての野望や野心を胸に抱く人は、依然として少なくないに違いない。

「そもそも男は狩に出て、獲物を捕っていた生き物。その野生みたいなものを、現代においても持ち続けている男、それが万俵大介のような気がします。人としてどうかということは置いておいて、自分の夢に向かっていこうとする妥協のない姿は、演じながら清々しさを感じる部分もありました。

エンターテインメントとして非常によくできている作品ですので、『こんな時代に生まれなくてよかった!』と思ってくださってもいいし、『あんなふうに野心を持って生きたい』と思ってくださってもいい。いろんなことを感じていただけたらうれしいです」

なかい・きいち
1961年生まれ、東京都出身。81年、映画『連合艦隊』でデビューし、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。83年、ドラマ『ふぞろいの林檎たち』で一躍注目を浴びる。以降、『ビルマの竪琴』(85年)、『四十七人の刺客』(94年)、『壬生義士伝』(2003年)、『亡国のイージス』(05年)、『柘榴坂の仇討』(14年)、『嘘八百 京町ロワイヤル』(20年)など多数出演。

WOWOW開局30周年記念『連続ドラマW 華麗なる一族』

WOWOW開局30周年記念『連続ドラマW  華麗なる一族』

原作/山崎豊子『華麗なる一族』(新潮文庫刊)
脚本/前川洋一
監督/西浦正記、池澤辰也
出演/中井貴一、向井理、藤ヶ谷大輔、麻生祐未、内田有紀ほか

*4月18日より毎週日曜夜10時から、WOWOWプライム・WOWOWオンデマンドで放送・配信開始。全12話。

文=いなもあきこ 写真=田川友彦(D-CORD) ヘアメイク=藤井俊二

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