日経ビジネスオンラインスペシャル

INTERVIEW2021.10.15

ANOTHER FACE ― 腕元に光るもう一つの顔

背伸びをして、憧れの腕時計を着ける。
それが仕事や人生のモチベーションに

俳優尾上 右近 さん

尾上 右近さん

「そのメガネ、いいですね。どこのブランドですか?」

開口一番、尾上右近さんはこう言った。取材者であるこちらより先に、相手が質問してくるとはかなり珍しい。気負いのない軽やかな人柄であることに加え、ファッションへの高い関心ゆえのことだ。「僕、メガネは黒縁ばかり集めているんですよ」などとひとしきり盛り上がった後、自然な流れで腕時計に話が向いた。

「これはパネライの『ルミノール』です。今日はピンクのベルトに付け替えていますが、元々は黒でした。9年前の成人式の時に、僕の師匠である七代目尾上菊五郎のおじさんが、菊之助のお兄さんと一緒にお祝いでくださったもの。すごくしっかりした作りだからずっと使い続けられる上に年若い者にも似合って、なおかつ大人の仲間入りである成人のお祝いにふさわしいもの、ということで、ベストなものを選んでくださったんだと思います」

舞台の初日やフォーマルな場面など、いつもとは違う特別な時に着けることが多い。手巻きのムーブメントをゆっくりと巻き上げる時間、それ自体が心を豊かにしてくれると言う。

尾上 右近さん
七代目尾上菊五郎さん、五代目尾上菊之助さんから成人式の祝いとして贈られた、パネライ「ルミノール」。ピンクのベルトは、先輩、市川猿弥さんからいただいたもの。

「気に入っている点は大きさ、何とも言えない品のある形、そして白い文字盤です。パネライだと黒文字盤のモデルを持っている方が多いのですが、白だとすごくスッキリしていて爽やかな印象がありますよね」

ピンクの革ベルトは7年ほど前、腕時計好きな歌舞伎俳優の先輩、市川猿弥さんにいただいたもの。

「『自分もパネライを持っているから、色違いのベルトをしよう。ケンケン(尾上右近さんの愛称)はピンクにしろよ。ピンクが似合うから』と言って、買ってきてくださったんです。ベルトはシーンによって、黒とピンクを付け替えています。付け替え方もちゃんと教えていただきました」

この1本によって腕時計への興味に火がつき、いつか自分でも購入したいと思うようになった。「とてもじゃないけど、まだまだ手が出ませんが」と前置きしながらも、すでに狙いはある程度定まっている。

「どうせなら、とんでもないものが欲しいんですよ。例えば、パテック フィリップ。ミスマッチを狙って、Tシャツとスエットみたいな格好にさりげなく合わせるのが理想です。そういうことが、仕事のモチベーションになると思うんです。随分背伸びをすることになりますけど、ずっと着けていればいつか腕時計に自分自身が追いつく時が来るかもしれない。それも腕時計というアイテムの楽しみ方の一つだと思います」

尾上 右近さん

常に高みを目指すのは、宿命かもしれない。清元宗家七代目清元延寿太夫の次男として誕生し、曽祖父に六代目尾上菊五郎を、母方の祖父に映画スター、鶴田浩二を持つという芸能一家に育った。いまや歌舞伎界と清元界の新星として人気を博すが、この秋、次なる挑戦のお披露目となる。新選組副長・土方歳三を中心に幕末の動乱を描いた、司馬遼太郎のベストセラー『燃えよ剣』の映画化作品に、京都守護職に任ぜられた会津藩主、松平容保(かたもり)役で映画初出演を果たしたのだ。

容保は徳川家への忠誠と皇室への尊崇という会津藩家訓を重んじ、京都守護職を拝命した後は会津藩預かりとして「新選組」を誕生させるという、要となる役どころ。原作にはないシーンが、同じく司馬の名作『王城の護衛者』(容保が主人公の短編)からかなり引用されていることが、その重要性を物語る。

「台本を読んで、容保公には共感できる部分が多いと思いました。1つは、会津藩の家訓を貫こうとする信念の強さについて。代々の教えや型を守り信念として貫きながら、その中で自分の花を咲かせようとする歌舞伎の世界と、共通点があると感じたんです」

一方で、「戸惑い、揺れ動くところも似ている」と付け加える。例えば、1つの型に対し、先輩によって解釈や指導方法が異なる場合や、自分がやりたいことと観客が求めるものとの間に開きがあることがある。そんな時、激しい葛藤に襲われるというのだ。

尾上 右近さん

「僕はどちらかというと、他の意見を突っぱねるのではなく、それに反応して、きちんと自分の中に取り入れたいと思うタイプ。だからこそ、何をどう取り入れるか、悩んでしまうんです。でもそうした葛藤は必ず栄養になり、そこから全然違う可能性が生まれることもあると信じている。そういうバランス感覚も容保公に似ていて、親近感を持つことができました」

苦悩を感じさせる演技で大切にしたのは、空気感だった。歌舞伎と同様、映画に出る際も先輩に教えを請おうと考え、市川中車として歌舞伎でも活躍する香川照之さんのもとを訪ねた。

「『映画に出演する際、大事になさっていることは何ですか』と尋ねると、『空気感だよ。現場の空気感が、作品の出来を左右するからね。後はとにかく、楽しんで!』とおっしゃった。その言葉を胸に、現場のスタッフや共演者とのコミュニケーションをそれまで以上に大事にして撮影に臨みました。でも、それはどんなお仕事でも同じですよね。最初から核心部分だけに集中するのではなく、例えば無駄話などで場の空気を良くすることが、結果、重要な部分を成功に導くことにつながるって、あるじゃないですか」

確かに――。この日の取材冒頭のやりとりを思い出し、一同大きく唸った。

おのえ・うこん
1992年東京都出身。曽祖父は六代目尾上菊五郎。母方の祖父は鶴田浩二。7歳で歌舞伎座にて初舞台。歌舞伎伴奏音楽の清元唄方もつとめる歌舞伎界の二刀流。歌舞伎のみならず大河ドラマ『青天を衝け』や、ミュージカル、バラエティー、ラジオパーソナリティ、歌番組や情報番組のキャスターなど多方面に活躍。『燃えよ剣』が映画初出演となる。

『燃えよ剣』

『燃えよ剣』

© 2021「燃えよ剣」製作委員会

監督・脚本/原田眞人
原作/司馬遼太郎『燃えよ剣』(新潮文庫刊)
出演/岡田准一、柴咲コウ、鈴木亮平、山田涼介、伊藤英明、尾上右近ほか
*10月15日、全国ロードショー
https://moeyoken-movie.com/

(注)司馬遼太郎さんの「遼」の字は、 正しくは「辶(しんにょう)」の上の部分が「゛」です。ご利用の環境によって表示されないため、「遼」を使用しています。

文=いなもあきこ 写真=森 康志 スタイリング=三島和也(tatanca) ヘアメイク=白石義人(ima.)

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