日経ビジネスオンラインスペシャル

INTERVIEW2020.05.08

ANOTHER FACE ― 腕元に光るもう一つの顔

ガンガンぶつけて使う、「タフな道具」としての腕時計

俳優井浦 新 さん

井浦新さん

俳優、井浦新さんは、ファッションと同じように腕時計もシーンによって使い分けて楽しんでいる。スーツスタイルでよく着けるのは、オメガの「スピードマスター ‘57」や、カシオのフルメタルGショック「GMW-B5000D」などだ。

「ガンガンぶつけても大丈夫な時計が好きです。もちろん熟練した職人の手によるオールハンドメイドの繊細な時計も美しいと思うけれど、僕が手に取るのは『タフな道具』という感じのものが多いです」

この日、軽やかにまくり上げたジャケットの腕にあったのは、カシオのアウトドアウォッチブランド「プロトレック」の「PRW-60ECA-1AJR」だ。ウェアブランド「エルネスト クリエイティブ アクティビティ」とコラボレーションした1本。「エルネスト」は2007年に井浦さん自身が立ち上げたブランドで、国産であること、伝統工芸を受け継ぐことなどをテーマにものづくりを続ける。

カシオ「PRW-60ECA-1AJR」
昨年秋に発売された、カシオ「PRW-60ECA-1AJR」。アウトドアウォッチブランド「プロトレック」と、ウェアブランド「エルネスト クリエイティヴ アクティヴィティ」がコラボした1本。

「思ってもみなかったのですが、幸運なことに、ひょんなことから腕時計を作らせていただけることになって」と、嬉しそうに笑う。

「僕の趣味は、登山やキャンプなど自然の中で遊ぶこと。そういった趣味の時間に、もともとプロトレックのシリーズをよく使っていたんです。ある時、カシオの方と直接お話しする機会があって、『秋田と青森の県境に広がる世界遺産、“白神山地の夜の世界”をイメージして時計が作りたい』と言ったら、とても面白がってくださって」

闇に溶け込むようなブラックアウトダイヤルは、まさに鬱蒼とした静かな森の風景を思い起こさせる。一方で、シリコンバンドの裏面に特殊蓄光素材を使うことにより、暗がりのなかでバンドの側面だけがうっすらと光る仕掛けは、遊び心十分だ。

「夜中に白神山地を歩いていると、明かりがまったくない分、月がすごく明るく見えるんです。このバンドは、その月の光をイメージしてデザインしました。また付属の交換用クロスバンドには、ブランドオリジナルのテキスタイルを使用。白神山地のブナの木などの植物を撮影してコラージュした、モノトーンの迷彩柄なんです。実際に身を置き、そこで感じた白神山地を、そのまま時計に詰め込みました」

井浦新さん

時計や趣味について、言葉をじっくりと選び、真摯に思いを伝えようとする井浦さん。その実直かつ繊細な姿は、世界で高い評価を受ける河瀨直美監督の最新作『朝が来る』で演じる、栗原清和という1人の男の生き方とも重なる。

一度は子どもを持つことを諦めた清和と永作博美さん扮する佐都子夫妻は、「特別養子縁組」という制度によって赤ちゃんを迎える。夫婦はその子を「朝斗」と名付け、大切に育てた。それから幸せな6年が経った頃、突然、朝斗の産みの親だと名乗る女性から、「子どもを返してほしい」と電話がかかってくる。訪ねてきた若い女には、一度だけ会った産みの親の面影は微塵もなかった。一体、彼女は何者なのか――。

河瀨組の映画作りは、独特だ。監督は、役者に「その人そのものになること」を求める。撮影現場では実名ではなく役名で呼び合い、役作りではなく「役を積む」という行為を重視。つまり、登場人物が経験したことをリアルに積み重ね、その人物になっていく、ということだ。

「撮影に入る前、僕たちは結婚前の“恋人の時期”というのを実際に過ごしたんです。カメラはなく、監督と佐都子と僕の3人だけで実際に宇都宮を旅しました。撮影が始まると、永作さんと2人で、清和と佐都子という夫婦として常にスタンバイします。現場が整うと呼ばれるのですが、部屋に入った瞬間からカメラが回っていて、撮影が始まっているんです」

井浦新さん
時計 6万2000円 / エルネスト クリエイティブ アクティビティ×プロトレック(マイトリー TEL03-6686-8138) ジャケット 7万8000円、パンツ 4万3000円 / フランク リーダー(共にマッハ55リミテッド TEL03-5413-5530) メガネ 7万4000円 / ミスター ライト(ブリンク外苑前 TEL03-5775-7525)(すべて税別)

セリフは覚えていくけれど、芝居はしない。むしろ芝居であるということ自体を忘れてしまうように、気持ちを作っていく。それは役者にとって、非常に高いハードルと言える。だが、思い起こせば、手法は違えど、こうした体験は初めてではなかった。

「98年のデビュー作『ワンダフルライフ』の是枝裕和監督の下でも、12年の『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』などで映画について叩き込まれた恩師、若松孝二監督の下でも、『芝居をするな』と言われて育ちました。それは、『作品の中で、本当に生きる』という感覚。今回、河瀨監督とのお仕事を通して、自分が学んできたことは間違いじゃなかったと確信できました」

確かに、河瀨監督の現場は厳しい。だが、それは監督の映画作りへの愛情の深さ、純粋さの表れでもあると思う、と井浦さんは言う。

「そんなふうに猪突猛進に映画を愛する人が、僕は本当に大好き。こういうリーダーに、自分のできる表現を全部捧げたい。そして、1つの駒になることの喜びを心から感じます。監督をはじめ全員で一緒に生きて、一緒に産んだ作品。こういう経験をするために役者をやっているんだな、とつくづく思います。毎回そう感じられたら、本当に幸せでしょうね」

あふれ出す熱い言葉が、一瞬途切れた。ちょっと考えた末に、こう続ける。

「ただ、それだとさすがにちょっと身が持たないかもしれません(笑)」

いうら・あらた
1974年生まれ、東京都出身。98年、是枝裕和監督作品『ワンダフルライフ』で俳優としてデビュー。以降、映画、ドラマ、ナレーションなどで幅広く活躍する。2012年公開の若松孝二監督作品『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』で第22回日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞、第8回大阪アジアン映画祭主演男優賞を、同年のヤン・ヨンヒ監督作品『かぞくのくに』で第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。

朝が来る

朝が来る

©2020『朝が来る』Film Partners

原作/辻村深月『朝が来る』(文春文庫)
監督・脚本・撮影/河瀨直美
出演/永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子ほか
近日公開

文=いなもあきこ 写真=吉澤健太 スタイリング=上野健太郎 ヘアメイク=樅山敦(BARBER BOYS)

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