
井上 哲浩慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
日経BP Marketing Awards 2022
クリエイティブ力とメディア拡張で
メッセージ伝達性を高める
前年につづき、COVID-19の影響を受けた審査委員会であったが、COVID-19禍によるつらい諸側面を忘れさせる素晴らしい日経BP Marketing Awards審査会となった。審査会に先立ち、伝えることが難しくなっていると痛感している一個人として、対象作品を評価している過程において、2つの側面を常に意識していた。それらは、マクルーハンの主張(cf. 柴田(2013)『マクルーハンとメディア論―身体論の集合』)に、改めて気づく側面であった。
過去数十年におけるマーケティング・コミュニケーションの関係性構築や広報の側面における大きな潮流として、戦略的広報~コンテンツ・マーケティング~ブランド・ジャーナリズムがある、と筆者は理解している。これが形成された一つの理由に、メッセージの伝達困難性がある。伝達が困難であるがゆえに、伝わるような編集が重要となる。この編集こそが、求められるクリエイティブ力の一つであろう。グランプリに選ばれた兵神装備のヘイシン モーノポンプ「使えるポンプを、仲間に。」のクリエイティブには、圧倒されてしまった。失礼ながら、第一印象は、えっ! であった。審査対象を評価する際、なるべく認知的処理を行うよう心掛けているが、えっ! と感情的処理が先んじた。作品を評価しつつ、自身の情報処理を考察し、「バックミラーのメタファー」を思い出した。筆者が、学生時代に(あえて申し上げるが、勉強の合間に)慣れ親しんだ過去の楽しい記憶や経験をバックミラーで顧みつつ、当時の仲間を思い出している感情を認知的に理解した。クリエイティブの威力、という第1の側面である。

第2の側面は、メディアの拡張である。筆者がマクルーハンの主張を正確に理解している確信を有しているわけではないが、「メッセージがメッセージである」ことの対として、「メディアはメッセージである」というのが、マクルーハン主張の一つである。その根拠の一つが、いかなるメディアも、単独ではなく他のメディアとの相互作用の中でのみ、その意味や存在意義を持つ、という点である。伝達困難性ゆえに、多様なメディアを活用しなければならないことは周知の事実であるが、メディア多様性とメディア拡張を分離することが重要である、と思っている。筆者は、メディア性が無い(あるいは低い)メディアが、メッセージを内包することでメディアとなることがメディア拡張である、と考えている。上述の記憶や経験も、メディアではないが、刺激が与えられメッセージを保有することでメディアになる、という意味でメディア拡張の一つである。まさに「メディアは身体のエクステンション」というマクルーハンの主張である。加えて、外部資源を内部化する、というメディア拡張もある、と考えている。外部に存在するプラットフォームであるSNSが、プランニングにおいて内部化され、メッセージ性を有してソーシャル・メディアになる、ということももう一つのメディア拡張である。メッセージの伝達困難性から、メディア多様性に加えて、このメディア拡張性が重要になってきている感がある。新しい概念である「ディズニー ヘルシー+テイメント」が伝わるよう、外部資源であるクライアントが同概念メッセージを内包し拡張されたメディアとしてプランニングされ、高PVを達成したことは、特筆すべきメディア拡張だと考えている。
共感が、コミュニケーション戦略において求められる成果の一つである傾向が高まっている。メディア性が希薄化し、多様化する受け手の受け取り方が多様化する中、クリエイティブの威力とメディア拡張は、自然と共感をもたらすヒントではなかろうか。上記拙稿で触れることができなかった他の金賞2点「東京海上ディーアール」と「日本マイクロソフト ものづくりの道しるべ 製造業DXフォーラム2021」、そして銀賞の3点「カケハシ Musubi」「ServiceNow Japan」「住友林業」は言うまでもなく、審査対象となったすべての作品が、いずれも素晴らしく、これからのマーケティング戦略に多大な示唆を与えてくれたAwards審査会であった。
井上 哲浩(いのうえ・あきひろ)
慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
1987年関西学院大学商学部卒業。89年同大学大学院商学研究科博士課程前期課程修了。92年同後期課程単位取得中退後、96年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で経営学博士号取得。関西学院大学商学部専任講師、助教授、教授を経て2006年から現職。専門はマーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス、マーケティング・コミュニケーション・マネジメント ◇主な著書『小売マーケティング研究のニューフロンティア』(共編著、関西学院大学出版会)2015、『マーケティング』(共著、有斐閣)2010、『戦略的データマイニング-アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP)2008 他