日経ビジネスオンラインスペシャル

INTERVIEW2020.03.19

ANOTHER FACE ― 腕元に光るもう一つの顔

時計好きだった亡き父と共有し、親子の絆を深めた1本

俳優緒形 直人 さん

緒形直人さん

出演作をじっくりと吟味し、一つひとつの役に真摯に向き合うことで知られる俳優である。

「時間が許せば、僕は役に入る前、自分なりに『役の履歴書』を作るんです。デビュー作、1988年公開の杉田成道監督の映画『優駿 ORACION』や、その翌年に放映された、同じく杉田監督演出で倉本聰さん脚本のテレビドラマ『北の国から ‘89帰郷』で、役の履歴書を作ることを教わりました。そういったことを常に大事にしている人たちと仕事をし、そこで育ってきたので、自分なりに役を掘り下げてから撮影に入ったほうが、今も安心できますね」

その仕事に対する姿勢は、坂本欣弘監督がメガホンをとった出演映画、『もみの家』にも表れている。

緒形直人さんが演じるのは、ひきこもりや不登校の若者たちを受け入れ、温かく見守る「もみの家」代表、佐藤泰利役。作品では心に悩みを抱えて不登校になった16歳の少女、彩花がもみの家にやってきて、最終的に自分の足で一歩前に進むまでの1年間を描く。泰利は、その彩花の心の成長を静かに、ゆっくりと支えるという重要かつ難しい役どころだ。

「まずいつも通り役の履歴書を作り、次にもみの家に集まる若者たちを演じる若手俳優たちと積極的にコミュニケーションをとって、距離を縮めていきました。彼らと泰利との間には、とても和やかで濃密な関係性がある。スクリーン上にその空気感が自然に表れるようでないと、すべてが嘘になってしまう、と思ったんです」

緒形直人さん

作品で描かれるのは、誰もが通ってきた道だ。生きづらさを感じたり他人に傷つけられたりということを経験しながら、ゆっくりと、少しずつ人は成長していく。

「そういった時、大人に必要なのは、子どもたちが自分の足で一歩を踏み出すまで待つこと。でも親って、待てないんですよね(笑)。どうしても急いでしまう。僕自身、もちろん思い当たる節があります。できるだけバランスよく、『かみさんが焦っている時は、僕が落ち着いていよう』などと努めているつもりですが、なかなか思うようにはいきません」

そうした距離の取り方の難しさは、上司や部下など、職場での人間関係にも当てはまる。この作品には、ビジネスパーソンが抱える悩みを氷解させてくれるヒントも、実は散りばめられているのだ。

「待つことや見守ることは、教え導くことより難しいなと感じます」

俳優としてのキャリアを着実に積み上げる緒形さんの姿は、偉大な先輩であり父である、緒形拳さんと重なる。そんな2人の共通の趣味が、腕時計だった。

「学生時代、『なぜ、時計も着替えないの。』というセイコーの広告があったんですよ。それを目にしたとたん、心を持っていかれて。まだ時計なんて、子どもがするようなものを1本持っていただけなんですけど、『俺は大人になったら、絶対に時計も着替えてやる』と思ったことを覚えています」

ロレックス「ターン・オー・グラフ」
ロレックス「ターン・オー・グラフ」。イエローゴールドとステンレススチールのコンビが、エレガントかつ華やか。亡き父・緒形拳さんとの思い出の1本だ。

この日、緒形さんが腕に巻いていたのは、1950年代の名作、ロレックスの「ターン・オー・グラフ」のコンビモデル。ロレックス初の回転ベゼル付き時計だ。スポーティ、かつノーブル。オリジナルのブレスレット付きは特に希少性が高く、程よく経年を感じさせる文字盤は近年愛好家の間で人気を高めている。そうしたディテールへのこだわりからも、緒形さんが無類の「時計好き」であることがよくわかる。

「今からもう30年くらい前ですが、デビューして1年ぐらいたった頃、アタッシェケースを持って家に時計を売りにきた人がいたんです。そのとき、たまたまうちの親父と2人で家にいて、玄関先で広げて見せてもらうことにしました。すると、何本もロレックスがずらっと並んでいて。親父が、『お前、どれがいいと思う?』って聞くから、『これがカッコいいなあ』って選んだんです。

親父が、『これ、いくら?』って聞くと、『30万円』という答えが返ってきた。すると、僕に『お前、5万円、払えるか? 俺が25万払うから、これ、2人のものにしようぜ』って。それからずっと、2人でしていた時計です」

時計に関しては、親子そろって古いものが好きだった。下戸なので酒を一緒に飲んだという記憶はないが、映画やゴルフ、絵画、そして時計の話でよく盛り上がったそうだ。アンティークショップに2人で行ったり、互いの時計を取り替えて楽しんだりした思い出もある。

緒形直人さん

「2004年、秩父事件をテーマにした映画『草の乱』に出演した際には、親父が自分の腕にしていたIWCのパイロット・ウォッチを外し、『これは俺からの賞だ。お前にやる』と言って、僕にくれたんです。うれしかったですね。それからずっと大事に着けていたのですが、僕の長男(同じく俳優の緒形敦さん)が二十歳になった時、お祝いにそれを渡したんです。『これは、じいちゃんがしていた時計だから』と言って。すごく喜んでいましたよ」

1本の時計に、3代にわたって受け継がれる男の美意識。親と子が共有してきた、かけがえのない時間がそこに流れている。

おがた・なおと
1967年生まれ、神奈川県出身。88年、杉田成道監督の映画『優駿 ORACION』でデビューし、日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ多数の賞を受賞。96年公開の映画『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』では、日本アカデミー賞優秀主演男優賞に輝く。現在公開中の『Fukushima 50』、『帰郷』にも出演。

もみの家

もみの家

©「もみの家」製作委員会

監督/坂本欣弘
脚本/北川亜矢子
出演/南 沙良、緒形直人、田中美里、中村 蒼、渡辺真起子、二階堂 智、菅原大吉、佐々木すみ江ほか

3月20日より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。2月28日より、富山県で先行上映中

文=いなもあきこ 写真=吉澤健太 スタイリング=大石裕介 ヘアメイク=野中真紀子
衣装協力=イキジ、パラブーツ

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