日経ビジネスオンラインスペシャル

COLUMN2021.12.02 《腕時計》僕の履歴書

松山 猛の時計物語
第16回 ダイアモンドを纏う時計

常に自分に寄り添う存在である腕時計は、小さな記憶装置でもある。記憶の裏蓋をそっと開ければ、そこに思い出の数々を見ることができる。本連載では、日本の時計ジャーナリストの草分けであり、雑誌編集者、作詞家、作家として数々の伝説を生み出してきた松山猛さんの人生を、愛用の腕時計を通じて振り返る。


第16回
女性たちのあこがれの宝石は、なんといってもまずはダイアモンド。1950年代のハミルトン製を見つけワイフにプレゼントした時計。

ある時家人のためにクラッシックなダイアモンドを纏った時計をプレゼントした。

ダイアモンドは言うまでもなく宝石の王様であり、その光輝くさまは、時代を超えて多くの人を魅了し続けてきた。

この宝石のことを調べているうちに、古くはインドのゴルコンダなどで発見されたダイアモンドは、地球上でもっとも硬度の高い存在として、もともとは王権を象徴する貴石であり、つまりは男性の世界のものであったということが分かったのだった。

第16回 第16回
シンプルの極致のような顔立ちだから、よりダイアモンドの輝きが輝きが映える映える。ケースの裏蓋の部分がカーブして、より腕にフィットしてくれる。

やがてギリシア語でアダマス=侵されざる者といわれたこの高貴な貴石は、アダマスが転じてダイアモンドと呼ばれるようになったという。

そんな男前な貴石なら、一つ自分でも身につけたいと思うようになった頃、渋谷の古いものを扱うある店で、エレガントなオーバルシエイプのケースに、小粒だがよく輝くダイアモンドを、ベゼル部分にセッティングした、ドレッシーな腕時計を発見し、さっそく手に入れて見たのだった。

その時計は昔、ジュネーブ御三家の一つに数えられた、オーデマ・ピゲ社製の時計で、極薄のムーブメントを搭載する“エクストラ・フラット”シリーズのスマートな逸品であり、シックな黒文字盤には時刻を読み取るためのインデックスもなく、ケースと同じホワイトゴールドの時、分針のみなのも、いっそいさぎよくて素敵なのだ。

極薄のケースの背面は、腕に沿うようにカーブしており、ドレスシャツの袖口にすっきりと収まってくれる。

これを手に入れた20世紀末にはパーティーなども多く、よく黒いヴェルヴェットの上着に合わせて身に着けたものだった。

第16回
友人が仕立ててくれたヴェルベットのジャケットにこのダイアモンド時計を合わせて、ヨクパーティーに出かけたものだった。

オーデマ・ピゲというメゾンでは、かつて時間針一本しかない“フィロソフィー”という時計も作っていて、感覚として時間を読み取るスタイルの時計があってもいいじゃないかと提案してきたのだった。

つまりこのメゾンは昔から、すっきりとした時計を好む人のために、こうしたデザインを得意としてきたようだ。

ムーブメントは1950年代に開発された、キャリバー2003で、厚さがなんと1.68mmという極薄ぶり。

ポケットウオッチ時代には超級に複雑な機構を持つ時計を得意とし、また近年は“ロイヤルオーク”などのラグジュアリー・スポーツウオッチで有名だが、このようなドレスウオッチも得意としていたのだった。

最近はパーティーなどもめったになくなっているが、世の中が落ち着いたらまたこの時計を腕に、夜の時間を楽しみたいものだと思っている。

松山 猛(まつやま・たけし)

松山 猛(まつやま・たけし)

1946年京都生まれ。ザ・フォーク・クルセダーズの『帰って来たヨッパライ』で作詞家デビュー。その後もサディスティック・ミカ・バンドの『タイムマシンにおねがい』など、数々のヒット作を世に送り出した。一方、編集者としては『平凡パンチ』『POPEYE』『BRUTUS』で活躍。70年代からスイス時計産業を取材しており、まさに日本の時計ジャーナリストの草分け的存在でもある。著書に『僕的京都案内』『贅沢の勉強』『少年Mのイムジン河』『松山猛の時計王』など。

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