2019.02.28
文=高山和良
日本の野菜の中で最も生産額が大きいのがトマトだ。大玉からミニトマトまで多様な品種が揃う日本産はどれも糖度の高さや味、みずみずしさなど、その品質の高さに定評がある。しかし、単位面積当たりの年間収量は、平均で10アール当たり10〜12トン。世界最先端を走るオランダの60〜70トンの1/5〜1/6程度でしかない。もちろん、品種や求められる味が違うため一概には比べられないが、こと収量という点では大きく水を空けられている。こうした状況を受け、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が中心となって高品質トマトの多収性能を高める取り組みが急ピッチで進められている。この分野をリードする研究者3人に高品質トマトの多収技術の現状と今後について聞いた。
ここに、トマトの生産者にとって今後の道筋を示す“預言の書”とも言うべき一冊の本がある。タイトルは『オランダ最新研究 環境制御のための植物生理』。なにやら難しげな書名だが、ここには、ハウスで作るトマトの収量について、驚くべき内容が記されている。
本書はこう言う——「オランダの晴れた夏の日のような最適条件が続けば、1平方メートル当たりのトマトは現在の60キログラムから200キログラムの果実を生産することが可能になる」——。つまり、トマトという作物は理論上、年間で10アール(1000平方メートル)当たり200トンまで収量を増やせる、と言っているのだ。日本国内の平均収量は10アール当たり10〜12トンとされているので、実に20倍近くにもなる。素人目から見ると、現実離れしたとんでもない数字のように見える。
もちろん、年間収量で200トンという数字は、すべての生育条件が理想的に揃った時の理論的限界値であり、易々と実現できると言っているわけではない。しかし、高度な技術を取り入れた高機能ハウスとICTによる環境制御技術で世界最先端を走るオランダではトマトの年間収量は60〜70トンに達し、チャンピオンデータでは100トンを超える例も報告されている。
今後、トマト栽培に使うハウスの高機能化がさらに進み、室内の環境制御技術、栽培方法そのもの、また、トマトの品種改良などの進化が積み重ねられ、そこに最良の天候条件が加われば、届くかもしれない数字に見えてくる。
これに対して、日本の状況はどうなっているのかというと、トップレベルではオランダの収量に匹敵する数字が出始めている。
冒頭で紹介した本の監訳者であり、次世代施設園芸の分野を横断的に見る、農林水産省 農林水産技術会議事務局 研究調整官の中野明正さんは「農研機構では糖度で5度のトマトを10アール当たり55トン採れるという目標を達成しましたし、民間でも70〜75トンという報告があります。ここ10年ほどで着実に向上しています」と語る。
中野さんは、1995年から農研機構において作物の生産技術や品質制御に関する研究に携わり、トマトの多収生産技術の開発にも当たったこの分野のトップ研究者のひとりでもある。
中野さんが「ここ10年で着実に向上」と言うように、様々な技術的な取り組みを積み上げてきた結果がトップデータに表れている。今に至るまでの経緯を少し振り返ってみよう。
日本が国を挙げてトマトの多収技術に本格的に取り組み始めたのは2006年ごろのことになる。中野さんは、「オランダのトマトの年間収量が10アール当たり60トンなのに日本はなぜ20トン(*注1)なのか、50トンを目指して産官学で取り組むべきという認識から始まりました」と振り返る。
その後、国の研究機関や大学などを中心にトマトの多収栽培に関する研究と技術開発が盛んに行われ、じわじわと成果が出るようになってきた。
まず2012年には植物工場の研究で知られる千葉大学のコンソーシアム(共同事業体)で、オランダの品種を使い10アール当たり50トン相当の年間収量を達成した。また民間でも、研究の成果を取り入れつつ、それぞれの技術を磨くことで40トン以上の収量を実現するところが出てくるようになった。
さらに2014年には、政府の「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP *注2)の中で、「トマトの収量5割アップ」という目標が掲げられる。SIPの中で、「収量や品質を自在にコントロールするための太陽光型植物工場」というプロジェクトが立ち上がり、ここに大きな力が注がれることになったのだ。
このプロジェクトが現在トマトの品質と多収性能と両立させる技術開発の礎となっている。プロジェクトは農研機構が中核となり、他の研究機関や民間企業などと連携しながらハウス内の環境制御技術や栽培技術、育苗技術、栽培や育苗を支援する各種ツール(ソフトウエア)の開発、トマトの品種改良といった様々な技術開発を進めている。
そして、昨年(2018年)、大きな成果として、糖度5度という高品質のトマトで年間55トン(10アール当たり)という多収量を実現したのだ。