トマトの超多収栽培の可能性を探る

理論的には10アールで200トン! オランダに追いつけ

分子生物学的な手法を取り入れる

 農研機構では、「鈴玉」以外にも様々な品種を使って、品質と収量を自在にコントロールできる栽培技術を確立しようとしている。これを可能にするためには、栽培環境を変えた時にトマトの遺伝子や植物ホルモン、糖、たんぱく質やアミノ酸などの代謝産物がどのように変化するかを解析しモデル化するという分子生物学的なアプローチが必要になってくる。

 こうした遺伝子や植物ホルモン、代謝産物といった植物の生理的な状態を調べることを「オミクス」解析と呼ぶ。この「オミクス」解析の手法を駆使してプロジェクトを進めるのが、三重県・津市安濃町の拠点にある農研機構 「施設野菜実証」果実形成ユニットでユニット長を務める今西俊介さんだ。

 今西さんは開発の方向をこう語る。

今西俊介(いまにし・しゅんすけ)氏
農研機構 野菜花き研究部門 「施設野菜実証」果実形成ユニット長。遺伝子や植物ホルモン、糖などの代謝産物などがどのように変化するかを調べる「オミクス」解析という方法論を取り入れて、高品質・多収栽培技術の開発を進めている。(写真:高山和良)

 「たくさんのトマトの品種をいろいろな栽培条件で作ってみて、味や収量、生理障害などを調べて全部ビッグデータにしていきます。同じサンプルで遺伝子の発現や代謝産物、植物ホルモンなどがどのように変わっていくかも同じように全部ビッグデータにしていく。これらのビッグデータを機械学習やAIを使って解析してモデル化しました。これは、どういう環境条件がどの遺伝子の発現に関わっているのか、その遺伝子がどの植物ホルモンに関わるのか、さらに、それがどういう代謝産物を作るのか、そしてどんな品質と収量につながるかを表すものです」

 先に紹介した『オランダ最新研究 環境制御のための植物生理』の監訳者序文にも「なぜ今、オランダでこのような本が出版されるのであろうか。答えは簡単である。施設栽培において、高品質安定多収をねらうには環境制御が欠かせないツールであり、環境制御を行うにはその制御の根拠となる植物の生理を理解しておく必要があるからである」と述べられている。「オミクス解析」によるアプローチはまさしくこの考え方に合致している。

トマトの品種によらず収量や品質を自在に

 農研機構では、「生育・収量予測ツール」をはじめとする、「育苗条件選定ツール」「果実品質制御ツール」などいくつかのツールを開発しているが、これらのツールにこの「オミクス」解析によって得られた知見を組み込んでいる。つまり、これらのツールを使うことで、トマトの品種を変えても、どんな栽培条件がどういう品質・収量につながるかを予測できるようになる。逆に、ある収量と品質を狙う際の栽培条件を、トマトの品種によらず割り出せる。

 さらに、このモデル化が精緻なものになっていけば予測や制御の精度は高くなる。いずれモデルが完成した暁には、まさしく、プロジェクトの名称通り特定のトマトの品種によらず「収量や品質を自在にコントロールする」ことができるようになる。

農研機構がトマトの高品質と多収を両立させるために開発している様々なツールや技術。(農研機構 今西俊介氏提供)
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 トマトの多収性を追求する場合、どのような品種を栽培するかによって、成果は大きく違ってくる。そもそも多収技術で世界のトップを走るオランダの品種は、日本の品種より糖度が低い。トマトの収量と糖度はそもそも両立しにくい、相反する特性だ。フルーツトマトのような糖度が8、9といった甘いトマトでは収量は10トン前後しかいかず、逆に糖度が低いものほど収量が高くなる傾向がある。

 一般に生産者は多様な市場ニーズに応えるため、糖度や品質、サイズなど、まずどんなトマトを作ろうかと考える。そして、その品質を保ちながらできるだけ収量を増やそうと努力する。こうした生産者の要請に応えるためにも「オミクス」的なアプローチが必要になるというのが今西さんの考えだ。

 「中程度の品質のトマトで収量を増やすことを目指す人もいれば、ものすごく甘くて高く売れるトマトをそこそこの量で作りたい人もいます。そうした取り組みは品種を変えると一からやり直しになってしまいますが、そうではなく、それまでの自分の技術を使いながら狙いを実現できるようなシステムにしていくことが重要です。生産性を上げるということはみんなが同じことができるようにするのではなく、いろいろな多様性を持った人たちがみんな成功することではないかと思っています」

オランダのハウスにおけるトマト栽培の風景(写真:123RF)

日本農業の未来のために必要なトマトの技術開発

 トマトは、日本の農産物の中でも米に次ぐ重要品目だ。国内生産額では約2000億円と野菜類の中で最も高い。世界の野菜生産額も第1位がトマトになる。加工用途の広がりもある上に、今後消費量はさらに拡大すると見られている。グローバル市場で最も魅力ある農産物の一つがトマトなのだ。日本産の高品質トマトを低コストで大量生産できるようになれば、世界に輸出していく道も開けてくる。

 しかも、トマトの高品質・多収栽培技術は、きゅうりやパプリカ、いちごといった他の作物にも応用が利く。技術の横展開と言ってもいい。高品質トマトの多収栽培技術は次世代の施設園芸農業にとってきわめて重要な戦略的技術課題なのだ。ここまで見てきたように、日本のトマトの高品質・多収栽培技術はかなりのスピードで進化していることは間違いない。先を行くオランダの後ろ姿も見えてきた。ただ、残された課題はまだ多い。技術の下方展開や横展開を睨みながら、さまざまな課題をクリアしていく必要がある。

トマトの高品質・多収栽培技術を進化させるために
必要な技術や仕組み(主要なもの)
①ICTと植物生理を連動させた各種ソフト・ツール
②高品質と多収を両立させる品種開発
③CO2施用などの安価で精密な環境制御
④労働生産性を上げるための管理ソフト・ツール
⑤安定した種苗供給の技術と仕組み
⑥養液栽培技術や点滴栽培技術の高度化
⑦受粉の効率化(マルハナバチやロボットによる)
⑧選果・出荷公定の効率化
⑨収穫や管理作業の省力化・無人化(ロボット)
⑩AI(人工知能)によるこれらの高度化
今後、トマトの高品質・多収栽培技術を確立させるために必要な技術や仕組み。これらを高度化することで、トマトの高品質・多収栽培技術をさらに進化させられる。他の作物の栽培にも横展開することで、日本の施設園芸の全体の底上げが図れる。(中野明正氏の『我が国の施設園芸の技術的展望』を基に、一連の取材から筆者が作成)