農研機構が本腰!急加速するニッポンの農業AI研究

50人超の精鋭を結集、専用スパコンも導入し開発本格化へ

日本の農業技術開発の総本山である「農研機構」※1が農業AIの研究を本格化させている。同機構では、2018年10月にトップの久間和生(きゅうまかずお)理事長肝いりの「農業情報研究センター」を設立した。現在ここに50人を超えるAI研究と農業研究の精鋭を結集し、40以上のテーマについて研究・開発を進めている。2020年5月には専用スパコン「紫峰」と統合データベース「NARO Linked DB」を投入、さらなる強化・スピードアップを図った。農研機構は同センターを通じて人材育成を急ぎ、2023年には約400人までAIを自在に使える「AI Ready」な研究者を増やし、農業AI研究を一気に加速する考えだ。本レポートでは、同センターが何を目指し、日本の農業の未来にどう寄与しようとしているかを見ていく。
※1:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構の正式略称。農業・食品関係技術で日本を代表する研究機関。役職員数は3300人を超え、研究者数も1600人を数える。英語表記はNational Agriculture and Food Research Organization、略してNAROとも呼ばれる。農商務省の農事試験場を起源として、約130年の歴史がある。

 農業AI研究を推進するための「農業情報研究センター」の設立は2018年10月のことになる。それからわずか2年半の間に農研機構はヒト・モノ・カネのリソースを集中投下し、農業AI研究を本格化するための体制を急ピッチで整備した。同センターを理事長直属の組織にしたことからも力の入れ様がわかる。

 農研機構はなぜこれほど農業AIに注力しているのだろうか?

 これはちょっと考えれば合点がいく。自然を相手にする農業はある意味予測の技術であり、こうした予測は人工知能、すなわちAIの最も得意とするフィールドだからだ。

 コメや野菜の栽培を考えてみればいい。高品質の作物をより多く作ろうとするなら自然界の様々なパラメータ、日照条件や気温、湿度、灌水、施肥、土の状態など……、驚くほど多くの条件をできるだけ正しく押さえておく必要がある。こうした複雑なパラメータの組み合わせが作物の育成を決め、病害虫の発生にも関係してくるからだ。裏を返せば、より多くのパラメータをきちんと予測でき適切な手を打てる人が熟練の農業者になれる。

農業AIの研究対象は、フードチェーン全体に及ぶ

 AIが恩恵をもたらすジャンルは、なにも農作物の栽培だけに限らない。生き物を相手にする畜産も、新しい品種を開発する育種も、ロボット農機の自動運転技術もAIとは切っても切り離せない。食品・食材への加工も、そして流通やその先にいる消費者の動向まで含めて、AIは農業に連なるサプライチェーンすべてに大きなメリットをもたらす。

 農研機構が農業・畜産業における「フードチェーン」の全プロセスを研究領域と考えて、農業AI研究を進めようとしているのはこうした背景があるからだ。

農業AIの研究範囲は広く「農」に関するサプライチェーン全体に及ぶ。テーマは大きく次の4つに分けられる。①AI技術をゲノムや機能・品質の分析に使って新しい品種を短期間で開発する「スマート育種」、②栽培や生産の技術に活用し生産効率を格段に高める「スマート農業」、③食品への加工適性や需要予測、物流などに関する「スマート加工・流通」、そして④消費分野の「競争力・市場拡大」だ。一番川下にある④のテーマの目的は、需要を拡大したり輸出を促進したりして日本の農業そのものの振興をすること。農業AIは、農業のためだけの技術ではなく、フードチェーン全体に寄与する技術だと言える。(資料提供:農研機構)
農業AIの研究範囲は広く「農」に関するサプライチェーン全体に及ぶ。テーマは大きく次の4つに分けられる。①AI技術をゲノムや機能・品質の分析に使って新しい品種を短期間で開発する「スマート育種」、②栽培や生産の技術に活用し生産効率を格段に高める「スマート農業」、③食品への加工適性や需要予測、物流などに関する「スマート加工・流通」、そして④消費分野の「競争力・市場拡大」だ。一番川下にある④のテーマの目的は、需要を拡大したり輸出を促進したりして日本の農業そのものの振興をすること。農業AIは、農業のためだけの技術ではなく、フードチェーン全体に寄与する技術だと言える。(資料提供:農研機構)
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 自身が第一線のAI研究者であり、今は農研機構と農業情報研究センターのデータ戦略を立案し方向性を決める立場にある川村隆浩(かわむらたかひろ)企画戦略本部 データマネジメント統括監は、農業AI研究の役割とそのメリットについて次のように語る。

川村隆浩(かわむらたかひろ)氏。農研機構 企画戦略本部 データマネジメント統括監として農研機構内のデータ戦略を統括する。農業情報研究センターでは、同センター データ戦略推進室室長として農業AI研究のデータ戦略を立案し、マネジメントする役割を担う。自らがAI技術のエキスパートであり、社会実装を主な専門分野とし、産業技術総合研究所<sup>※2</sup> 人工知能研究センター 招聘研究員でもある。国立研究開発法人理化学研究所 バイオリソース研究センター 情報検討委員、大阪大学 大学院工学研究科 招聘教員なども兼任する。
川村隆浩(かわむらたかひろ)氏。農研機構 企画戦略本部 データマネジメント統括監として農研機構内のデータ戦略を統括する。農業情報研究センターでは、同センター データ戦略推進室室長として農業AI研究のデータ戦略を立案し、マネジメントする役割を担う。自らがAI技術のエキスパートであり、社会実装を主な専門分野とし、産業技術総合研究所※2 人工知能研究センター 招聘研究員でもある。国立研究開発法人理化学研究所 バイオリソース研究センター 情報検討委員、大阪大学 大学院工学研究科 招聘教員なども兼任する。

 「農業情報研究の役割は、農・畜産業における育種から、生産、加工・流通、消費までのフードチェーンすべてのプロセスを農業AI研究でスマート化、あるいはデータ駆動型に変革することです。こうすることによって、様々な問題解決・課題実現につながります。例えば、生産性の向上やトータルコストの削減、高付加価値化、ニーズとシーズのマッチングなどがそうですし、さらにはフードロス削減、温室効果ガスの排出量最小化などの実現を支援することになります」

 農業AI研究センターの役割については「センターの役割は徹底したアプリケーション指向のAI研究をすることです。AIの基礎研究をするわけではなく、あくまでも農業にきちんと寄与するAI研究をすること。農業AI人材をきちんと育成すること。そして、スパコンとデータベースを使った農業情報研究基盤の構築、さらには、いわゆる『WAGRI』※3と呼ばれる農業データ連携基盤の運営をすることです」(川村統括監)。

※2:国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)。日本の産業技術全般を研究・開発する日本最大の技術研究機関。
※3:スマート農業を実現するために必要なデータが集約・統合されたプラットフォームのこと。政府主導で構築され、現在は農研機構によって運用されている。WAGRIとは「和」と「アグリ」から成る造語で「わぐり」と読む。2021年1月時点の会員数は451社。過去の作物収量、市況、土壌、農地、気象、生育予測などのデータがやり取りされる。