北海道だけじゃない! 全国で広がる国産小麦

パン用小麦で人気急上昇、「ゆめかおり」が関東で事実上の統一品種に

10年で142%増になったパン・中華麺用の強力系小麦

 2009年度時点では国内でパン用に使用される小麦のほとんどは外国産で、国内産小麦の使用割合はわずか3%にすぎなかった。中華麺用でも国内産は5%にとどまっていた。これが2017年産ではパン用、中華麺用に主に使用される強力系小麦が国産小麦の全検査数量の約2割を占めるようになった。

 「この10年間で比べても、パン用、中華麺用に使える強力系品種の検査数量は142%増になっています」(吉田さん)

■中力系小麦、強力系小麦別にみた検査数量の推移
■中力系小麦、強力系小麦別にみた検査数量の推移
出所:麦の農産物検査結果(農林水産省) 数量は普通小麦の産地品種銘柄であり、規格外を含む
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 2012年、政府による畑作物の直接支払交付金(ゲタ対策)の加算金が措置されたことも弾みをつけた。北海道では、パン・中華麺用の品種の作付け面積が急増。小麦の品種別作付面積を見ると「ゆめちから」「春よ恋」など強力系小麦のシェアは2014年産で25%に達している。さらに、北海道以外の各地でもパン用小麦の新たな取り組みが始まっている。まずは茨城県のケースを見てみよう。

茨城のパン用小麦の生産量はほぼ0から1,000トンに

 ケーキ店のようなオシャレなショーケースにずらりと並ぶサンドイッチ。茨城県・境町の「道の駅さかい」に2018年にオープンした「さかいサンド」は、地産地消にこだわった具材たっぷりのサンドイッチで人気を集めている。地元の野菜や果物、常陸牛などを使っているだけでなく、食パン自体を、地元産のパン用小麦「ゆめかおり」で焼き上げているのだ。

「ゆめかおり」で焼いた食パンのサンドイッチ(左)が名物のさかいサンド。茨城県と埼玉県、千葉県の3県が接する県境近くに位置し、各地からサンドイッチを求めて人が訪れる
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「ゆめかおり」で焼いた食パンのサンドイッチ(左)が名物のさかいサンド。茨城県と埼玉県、千葉県の3県が接する県境近くに位置し、各地からサンドイッチを求めて人が訪れる
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「ゆめかおり」で焼いた食パンのサンドイッチ(左)が名物のさかいサンド。茨城県と埼玉県、千葉県の3県が接する県境近くに位置し、各地からサンドイッチを求めて人が訪れる

 店長の牛込俊之さんは、「スイーツ系のサンドには『ゆめかおり』と牛乳で焼いたミルク系食パン、野菜系サンドは『ゆめかおり』をベースに全粒粉を混ぜたパン、揚げ物系のサンドは『ゆめかおり』と大麦で香ばしい黒パンを使っています。小麦の風味があって、具材の良さも活かせるサンドイッチにも合う小麦です」とその魅力を語る。この茨城県産「ゆめかおり」を作っているのは、主に茨城パン小麦栽培研究会のメンバーたちだ。

 もともと「ゆめかおり」は、長野県で育成され2010年に品種登録された。「長野県は2010年度まで農林水産省の指定試験地として小麦と大麦の育種に取り組んできました。指定試験制度がなくなってからも、広域的普及を目指した育種をしています」(長野県農業試験場 育種部の前島秀和主任研究員)。

  『ゆめかおり』はこれまでの品種に比べ、たんぱく質含有量が高く、倒れにくい、成熟期が早いなどの特徴があり、茨城県、栃木県、群馬県、神奈川県、山梨県、長野県の奨励品種(呼称は各県により異なる)として、関東及び長野県、山梨県におけるパン用小麦の実質的な統一品種として広く普及している。

 茨城県では、2011年当時、県内のパン用小麦生産量はほぼゼロだった。

 現在、茨城パン小麦栽培研究会の副会長を務める染野実さんは、当時を振り返って語る。

 「それまでも、パン用小麦は県の普及センターを通じて声をかけていただき、何度か試作したことがありました。妻が趣味でパンを焼くので、その都度、実際に栽培した小麦でパンを焼いてもらったのですが、以前は外国産のパン用小麦と比べると見劣りがしました。ですから『ゆめかおり』も当初は期待していませんでした」

 2013年に38アールで試作したところ、「『ゆめかおり』は外国産小麦と変わらないくらい味も見た目もよかった。これならパン用小麦として胸を張れる。収量・品質ともによく、病気にも強い。一気にこの品種に変えようと思いました」。しかし、産地として流通させるためには、数量が必要になる。

 当時、茨城県では小麦の指標価格は全国最低レベルだった。小麦は生産調整用に栽培するという意識の生産者も多く、「規格外にならない程度の品質で交付金を受け取ることができれば、農地を休ませておくよりもいい」と考える農家も少なくなかった。そんな風潮に対し、染野さんは「消費者に受け入れてもらえるものを我々生産者が作ることができなければ、国産小麦なんていらないということになる」という思いを抱いた。

 パン用小麦は、たんぱく質含有量が高いほど膨らみがよく、13%以上あるといいパンができるという。そのため出穂期には追肥が不可欠だが、茨城県ではまさに田植えの時期と重なるため手間がかかる。それでもいいものを作ろうという考えに賛同してもらえる仲間に声をかけ、2015年に茨城パン小麦栽培研究会を立ち上げた。

播種後の麦踏み。生育量確保のため、麦踏みと茎立ち期の追肥を徹底(提供:茨城パン小麦栽培研究会)
播種後の麦踏み。生育量確保のため、麦踏みと茎立ち期の追肥を徹底(提供:茨城パン小麦栽培研究会)

 気象変動や栽培技術の差などがあり、毎年同じ畑で同じように作っても、同じたんぱく質含有量になるわけではない。会長の高橋大希さんは、「肥料もやりすぎればたんぱくが上がりすぎるなど難しさはありますが、手間をかけた分だけ収量アップにもつながる。また、普及センターや県の職員さんのサポートもあって、メンバーそれぞれの栽培技術は研究会内でオープンにしています。栽培や品質管理の情報を共有し、勉強会なども開くことで、適期播種、適期追肥などが行える。単なる共同の出荷組織だったら、ここまでの広がりにはならなかったと思います」と振り返る。

葉色を機械で測定し、肥料が足りているかを判断する(提供:茨城パン小麦栽培研究会)
葉色を機械で測定し、肥料が足りているかを判断する(提供:茨城パン小麦栽培研究会)

 研究会では、出荷組合を作り有限責任事業組合としてたんぱく質含有量13~14%のものを出荷。そのために、研究会として画像解析技術を導入して追肥を衛星画像で管理。また「国産小麦の大きな課題になる品質のブレを解消するため、たんぱく質含有量を計算するソフトを導入しています。メンバーの小麦をいったん集約し、出荷ロットの中で含有量が13~14%の範囲内に収まるよう組み合わせを調整して、産地としての強みを維持し品質を崩さないようにしています」(茨城パン小麦販売有限責任事業組合・組合長の大山孝介さん)。