




今回取材したケニアとモザンビークが位置するアフリカ東海岸は、有史以来、中世、近世と、インド洋を挟んで、中東、インド、ヨーロッパ、東南アジア、さらに中国、そして日本と、活発に外交と貿易を重ねてきた「貿易先進地域」でした。

アフリカ東海岸には、中東やインドからの船が何度も訪れ、さまざまな国の人々が集う国際都市がいくつもありました。実際に訪れたケニアのモンバサ港、モザンビークのナカラ港、モザンビーク島もそうした港でした。
大航海時代になって、ポルトガルなどのヨーロッパ列強が南アフリカ・喜望峰経由でインド洋を渡る際、必ず寄ったのもこれらアフリカ東海岸の港でした。
のちにポルトガル領となるモザンビークにあるモザンビーク島は、早くよりポルトガル船の寄港地となり、今も島にはポルトガル植民地時代の建物がそのまま残されて利用されています。当時の建物をリノベーションしたホテルに私も一泊しました。
そして、なんとあの安土桃山時代、キリシタン大名が派遣した天正少年使節団も、ポルトガルからの帰り道、このモザンビーク島に半年駐留していたのです。
アフリカがヨーロッパの植民地となり、二度の大戦があり、その後の独立から内戦の季節を経て、アフリカ東海岸も世界経済から取り残されてしまう時代が続きました。
けれども、いま、世界経済を新たに牽引しようとする、インド、東南アジア、中東との貿易拠点として、インド洋に面し、背後には巨大なアフリカ市場を抱えるアフリカ東海岸は、再び歴史の表舞台に立とうとしています。
その成功のカギを握るのが、まさに港湾設備と道路という物流インフラ、というわけですね。
物流インフラが改善すれば、アフリカの経済の血の巡りはよくなり、輸出が増え、物価は下がり、市民の生活水準は劇的に向上します。そこで、いま、日本は官民挙げて、このアフリカ東海岸の物流インフラの整備に協力しています。
日本の協力で、アフリカの物流インフラはどう変わるのか?
これからレポートしていきましょう。