しかしAI翻訳の浸透は、新たなセキュリティーリスクにもつながる。その最大の要因になっているのは、その「使われ方」だという。
「多くの企業では、語学力が高い人ほど翻訳業務量が多く、それ以外の人と大きく二極化しています。そのためAI翻訳を導入する際に、『翻訳業務が多い社員だけに有償サービスを導入する』という経営判断をしがちです。また、社員が有償のAI翻訳を使いたい場合には、『申請を行い、承認を得なければならない』といったルールを設定しているケースも目立ちます。その結果、日常的に翻訳業務を行っているわけではないが、月に何度か海外からのメールを翻訳したいというような社員は、無料サービスを利用してしまう傾向があるのです」(瀬川氏)
それでは無料サービスの何が問題なのか。これについて瀬川氏は次のように解説する。「AI翻訳は開発やプラットフォームの構築に膨大なコストがかかっており、有償サービスはお客様からの利用料金でそのコストを賄っています。それでは無料サービスは、なぜ無料なのでしょうか。それは利用者が投入した情報を学習データとして使うためです。このことは無料サービスのポリシーや規約を読めば分かります。つまり無料サービスの利用者は、無料で使える代わりに、社内情報をそのベンダーに提供しているわけです」。
これを放置しておけば、守秘義務違反に問われる危険性もある。また、経済産業省は他国への技術流出防止を企業に求めており、コンプライアンス違反になる可能性も考えられる。そして実際に、無料サービスに投入した固有名詞などが、他社の翻訳結果に脈絡なく表示される、といったこともあり得るという(図1)。
「生成AIでは事実ではない回答を行う『ハルシネーション(幻覚)』という現象が問題になっていますが、AI翻訳では『湧き出し』という、原文には含まれない文言を過去の学習内容から引用してしまう、という問題が存在します。例えば、無料サービスに取引先などの固有名詞を含む文章を投入すると、ほかの企業がそのサービスを使用したときに、原文とは無関係にその固有名詞が訳文に現れる可能性があるのです」(瀬川氏)
これに加えて、無料サービスや一部の有償サービスの中には、他社が提供する翻訳エンジンを利用しているケースもあるという。例えば、フロントエンドは国内の自社サイトで運用しているものの、その裏側ではGoogleなどの翻訳APIを使っているケースもあるのだという。
「AI翻訳の市場には、非常に多様なサービス提供者が参入しています。そのため、そのサービスがどのような仕組みで動いているのかを知っておくことも、情報漏洩を防止する上で重要になります。また最近では、AI翻訳のコストを節約するためChat GPTに代表される生成AIを使う、といったケースもあるようですが、これも専用機でないことによる使いにくさなどから、日常的に翻訳業務を行わない社員は、無料サービスを利用し続け、セキュリティー問題の解決につながらないケースがほとんどです」と瀬川氏は指摘する。