「なぜ変えるのか」からスタートすることが肝心
「企業がモダナイゼーションを進める際には、しばしば『何を変えるか』という議論に陥りがちです。しかし、本来モダナイゼーションは経営アジェンダの一つ。これを成功に導くためには、『なぜ変えるのか』からスタートすることが肝心です」。こう指摘するのは、日本IBM の田中 布美氏だ。
日本アイ・ビー・エム株式会社
コンサルティング事業本部
ハイブリッド・クラウド&データ事業部
アソシエイト・パートナー
田中 布美氏
経営が抱える最大の悩みは、意思決定の迅速化やコスト削減といった具体的なビジネス課題の解消にある。それにも関わらず、脱COBOLやクラウド化などの手段にばかり着目が集まるケースは少なくない。これでは、費用が掛かるだけで結局何も変わらないといったことになりかねない。
「そこで当社が提唱しているのが、『既存のIT資産に命を吹き込む』アプローチです。やみくもに既存のシステムを変えるのではなく、使えるところはしっかりと使う。その上で、AIをはじめとした新技術を適材適所で組み合わせることで、経営の悩みを強みに変えるモダナイゼーションを実現できます」と田中氏は言う。
モダナイゼーション成功に向けた4つのキーワード
アプローチを成功させるためのキーワードは大きく4つある(図1)。順に紹介しよう。
1「なぜ変えるのか」
冒頭でも田中氏が挙げた通り、まずはここから考えることが重要だ。例えば、「パッケージ製品の導入」「SaaSの導入」「クラウド移行」などはモダナイゼーションでよく用いられる手法といえる。しかし、自社がモダナイゼーションに取り組む目的と、それらの手法の効果が合致しなければ、思うような成果につなげることはできない。
「例えば、『運用コスト削減』を目的とする企業が、パッケージ製品やSaaSを導入してしまったら、失敗につながる可能性があります。パッケージ製品やSaaSの導入はビジネスプロセスの変革を伴うため、目的に見合わない余計な投資や不必要な業務見直しが必要となるためです」と田中氏は話す。
同様に、「新たなビジネス価値創出」を目的とする企業が、アプリケーションのクラウドネイティブ化まで進められず、単に基盤をクラウドに移行するレベルで終わってしまえば、それほど多くの新たな価値は得られないだろう。
「このような事態を防ぐため、当社ではお客様とモダナイゼーションに取り組む際、まず『なぜ変えるのか』を確認します。これにより、目的と手段をマッチさせることが不可欠です」と田中氏は述べる。目指す効果によって、取り組みの難易度や必要な投資額も変わる。その場合は段階的な実施も含めて戦略を立てることが大切だ。
2「すべてを捨てる必要はない」
とかくモダナイゼーションでは、脱オンプレミス、脱メインフレームといった「何かを捨てる」発想になりがちだ。だが、果たしてこれは正しいのだろうか。
そもそも、変化に対応できる柔軟なシステムとは、適材適所に配置された自由に連携できるシステムのことである。必ずしも何かを捨てたり、どれか1つに決めたりする必要はない。むしろ、長く業務を支えてきた既存のIT資産の良いところは積極的に生かすべきなのだ。
「例えば、中小規模の分散システムを自社保有している企業の場合、その一部をクラウド化するだけでもビジネスのスピードは向上します。これはメインフレームも同じで、一部の改修頻度の高いアプリケーションを分散基盤へ切り出すことで、高性能・高信頼を維持しつつ柔軟性を高められます」(田中氏)。「なぜ変えるのか」を事前に整理し、既存のIT資産を生かしつつ、変えるべきところだけを変えるアプローチを取ることで、モダナイゼーションの目的を達成することが可能になるという。
3「開発・運用もモダナイズする」
長年にわたり使い続けられてきたシステムでは、仕様書が実態と合っていない、スキル継承が難しいなどの壁に突き当たりがちだ。これを解きほぐすには多くの人手と時間を費やす必要がある。
「このような課題を解決してくれるのがAIです。現行の仕様を分かりやすく整理・構造化できるほか、設計・開発・テストなどの各工程にAIを組み込むことで作業を効率的に進められるようになります。さらに運用・保守も、AIやオープン系の手法によって最新化し、現行有識者が持つノウハウをAIを用いて継承することで、人材育成の課題も解決します」と田中氏は説明する。AIによって刷新されたモダナイゼーションの手法を積極的に取り入れるべきなのだ。
4「AIでのコード変換を正しく理解」
最近はCOBOLやPL/Iなどのレガシー言語をAIで変換する手法が一般化しつつある。そのメリットは確かに大きいが、注意すべき点もある。それは、コード変換はあくまでモダナイゼーションの出発点に過ぎないということだ。
「コード変換によって生成されたアプリケーションがどのようなデータを使うのか、どのようなプラットフォーム上で動き、それによってどのような信頼性や性能を発揮するのか、基盤も含めたアーキテクチャ全体で考えることが大切です。どれだけAIによるコード変換が普及しても、メインフレームを含めたプラットフォームそのものの価値は変わりません」と田中氏は強調する。
既存のIT資産を生かしたハイブリッド基盤を実現
4つのキーワードを押さえたモダナイゼーションにより、新たな価値創出につなげている企業は数多く存在する。一例が、国内の大手銀行だ。
同行の勘定系システムは、長年にわたる運用で肥大化・複雑化が進行していた。そこで「なぜ変えるのか」を精査し、「将来にわたる安定性と業務継続性の維持」「ビジネス変化スピードへの追従」の2つをテーマに設定。これを実現するためのモダナイゼーション・プロジェクトを開始した。
「変化への対応が必要な一部アプリケーションをメインフレームから切り出し、コンテナベースの新基盤でリビルドしました。ほかのアプリケーションについては、リアーキテクト/リファクタリングによってメインフレーム上でスリム化。現状と目指す姿を明確にし、メインフレームとコンテナ基盤を組み合わせたハイブリッド・アーキテクチャへと刷新することで、高性能・高信頼性の維持と価値創出の両立を図る新システムを具現化しています」と田中氏は紹介する(図2)。
図2 目的に応じてアーキテクチャを選択
ある銀行は、メインフレームとコンテナ基盤を組み合わせた形へとアーキテクチャを刷新した。現状と目指す姿を明確にしたことで、安定性と柔軟性を両立した新システムを具現化した
ちなみにこの銀行では、生成AIを用いた開発環境のモダナイゼーションにも取り組んでいる。メインフレーム/オープン・システム共通の統合開発環境を構築することで、開発生産性の向上や次世代技術者の育成に役立てる考えだ。
既存のIT資産は、長年にわたり培ってきたビジネスの強みが集積されたものといえる。安易にそれを捨てるのは得策ではないだろう。「なぜ変えるのか」を精査し、適材適所で有効に活用するモダナイゼーションを行うことで、これからの時代にふさわしいビジネス基盤を実現できるはずだ。





