まず、ファシリテーターである味の素の栢原紫野氏が「短期的な業績と長期的なパーパスと、どちらを優先するかと他社に尋ねられたことがある。パーパスを唯一絶対のものと考えると、業績に対する対偶軸になってしまう。パーパスとの距離感や付き合い方についてどう考えているか」と切り出した。
パーパスと業績を
二律背反にしない
昭和電工と旧日立化成が2023年に合併してできたレゾナック・ホールディングスの今井のり氏は、「パーパスは新しい会社を皆で作っていこうとしている私たちが掲げる志であり、羅針盤となるもの」と自社の状況を説明する。その上で、「1人ひとりの従業員の人生のパーパスを大事にしたい。会社は従業員のパーパスを実現するための乗り物だと考えている」と語る。
双日の河西敏章氏は、自社の状況を次のように説明する。「会社に一番影響力があるのは課長などのミドルマネジメント。そのミドルマネジメントが、数年前は目の前の予算に追われて顔があがらない。これではいけないと、ミドルマネジメントの目標の最上位に未来志向力を置いた」。会社の在り方や未来とパーパスをつなげるように、バックキャストして考えて実像に落としていけることが目標だという。
味の素でも、社会課題の解決と経済価値の両立を目指すASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)を10年ほど前から展開している。「売り上げや利益の数字ではない経営方針が出てきて、当時はびっくりした」と栢原氏は振り返る。しかし、社会課題の解決と経済価値の両立は、経営トップがずっと言い続けて具現化できること。言い続けることが大事だと実感しているという。「パーパスも上から目線で浸透を目指すのではなく、共感を得て気づいたら浸透していたという形でありたい」(栢原氏)
デロイト トーマツ コンサルティングの古澤哲也氏は「短期的な業績と長期的なパーパスは、トレードオフが当然出てくる。折り合いや説明をどうつけるかの鍵はコミュニケーション力が握るのではないか」と指摘する。コロナ禍を経験して、仕事ありきからプライベートを優先する生き方への気付きが得られた。「パーパスは、企業と個人の重なりの説明をつける良いツール。うまく巻き込んでエンゲージメントを高めるために有効になる」と古澤氏は話す。
トップの本気度、
経営の覚悟が不可欠
次に栢原氏が「パーパス経営を推進するに当たって社長の本気度、すなわち経営としての覚悟が従業員から見ると気になるのではないか」と問題提起した。
これを受けて河西氏は、「社長が1人で企業価値を2倍、3倍にすることは難しい。社長や経営トップが覚悟を直接話してもらうことに尽きる。従業員はトップの言動をよく見ている」と、コミュニケーションの大切さを訴えた。
古澤氏も「対談形式でコミュニケーションすると、トッププレイヤーの人柄が出る。一方通行のプレゼンよりも、質問に答えてもらうと人柄も伝わりやすく有効だ」と後押しする。
「CEOとCHROは、人材育成とカルチャー変革に全振りしています」という今井氏は、次のように対話の重要性を感じた実体験を披露した。「これまでに70拠点以上で、タウンホール、ラウンドテーブル、ワークショップによる社長との直接対話をしている。熱い思いを語る話を聞いて、従業員からも社長の人柄が分かって会社の方針に耳を傾ける気持ちが高まったとの声がある」。そして今井氏は、「トップやCEOの良さを引き出す演出するのが人事やCHROの役割」と続ける。
河西氏も「人事しか持っていない情報を経営と共有して、データを起点にして考える必要がある。人財のデータのフタを開けられるのは人事だけだ」と指摘する。
古澤氏は、「経営トップに気づきをもたらすデータやファクト、従業員の声は大事。CHROは、そうした声を経営に伝えるだけでなく、投資家とも対話をしてインプットを経営トップに渡す役割もある」と、人的資本経営時代の人事部門やCHROの役割のアップデートが必要であることを説明した。
自己開示と
コミュニティの力を磨く
「2023年度に味の素では、社長を含めた全執行役が自分のパーパスを明文化した。一方で現場の従業員に同じレベルで自己開示を求めるのは難しいのでは」と栢原氏が最後の問題提議をした。
これには今井氏が、「自己開示することは大事。どれだけ人間性をさらけ出せるか、心のキャパシティをどう広げるかの練習をすることが、リーダーシップトレーニングにもつながる」と応じた。
古澤氏は、次のように人と人のつながりがもたらす価値に言及した。「ヒト・モノ・カネ・情報に続く経営資源としてコミュニティキャピタルが重視されるようになってきた。ナレッジのデータベースに乗っていないようなネットワーク力やコミュニティ力が業績に影響する」
栢原氏は、「パーパスと企業カルチャー変革は、表裏一体のものだと改めて分かった。それを進めるには、経営が熱意や覚悟をもって対話しながら相互理解を深めることが必要。時間はかかっても、そこから企業価値の向上と従業員のエンゲージメントの向上につながっていくだろう」とパネルディスカッションを締めくくった。








