

―― 浜松倉庫は2024年、後藤組は2025年にそれぞれ「DXセレクション」グランプリを受賞しています。まず浜松倉庫は、これまでどのようなDXへの取り組みを実施してきたのでしょうか。
中山 当社は創業118年の歴史を持つ静岡県浜松市の倉庫物流会社です。事業を通じて地元地域に貢献したいという思いを強く持っており、そのために時代や社会の変化に対応しながら、事業存続に向けた様々な変革を進めてきました。
例えば、2015年8月から2018年11月までの3年間、計4期にわたる社内プロジェクトでは、徹底的な業務の見直しを行いました。意識したのは、「自分たちで一から考える」「お客様(荷主)を巻き込む」「従業員のマインドチェンジを図る」の3つです。
これを実現する手段として選んだのがデジタル活用です。倉庫管理システム(WMS)を刷新し、すべての倉庫を無線LAN化しました。全商品のバーコード管理体制も構築したほか、ペーパーレス化と情報のデータ化を進めて業務品質と情報のリアルタイム性を向上させました。
―― それにより、どのような効果が得られましたか。
中山 全従業員の1割に相当する人的余力を創出することができました。私たちのような中小企業にとってこれは非常に大きな数字です。その人員は、同時期に計画していた新倉庫プロジェクトに投入することで変革の推進につなげています。

河﨑 業務見直しという目的や3つの重点項目がまずあり、その実現手段としてデジタル技術を活用した点が非常に素晴らしいと思います。経済産業省としても「D(デジタル)」は手段にすぎず、あくまで目的は「X(トランスフォーメーション)」を実現することにあると考えています。この本質を経営者自らが理解し、実践してこられたのが成功要因だと感じました。
―― 今後はどのような取り組みを展開する予定ですか。
中山 新たなWMSを基盤として、一層の物流効率化に挑戦していきます。現在はステップ2として、BIツールを活用した営業活動の分析や荷主様への報告、RPAを活用した事務作業の自動化、AIを活用した各種予測などのトライアルに取り組んでいます。
さらにステップ3では、ロボットをはじめとする新技術の導入を図り、倉庫内業務の自動化を進めます。カーボンニュートラルに対応したGX(グリーントランスフォーメーション)倉庫や、そこでのロボット協働環境の構築にも取り組んでいく予定です。

―― 後藤組のDXの取り組み状況についても教えてください。
後藤 当社がDXに取り組み始めたのは今から6年前です。きっかけは大きく2つあり、1つは建設業界にもAR・AI時代が到来すると予測したことです。この潮流を捉え、持続的成長を実現するためには、社内情報のデジタイゼーションと整頓が不可欠だと考えました。
もう1つは若い人の価値観の変化です。近年の学生は、給与の高さよりも残業がないことや休日が確保できることを重視する傾向があると感じます。従来、建設業界は残業や休日出勤が当たり前の世界でしたが、その状態を続けていては新卒学生に選んでもらえなくなる、採用できてもすぐに離職してしまうのではないかという危機感を抱きました。
そこで、当社がノー残業や休日の確保を実現するためには、DXによって業務生産性を大きく高めるしかないと考えたのです。
――「働き手にとって魅力ある会社になる」ことは、多くの企業が目標としています。後藤組では、取り組みによってどのような効果が出ていますか。
後藤 新卒社員を順調に採用できています。正社員に占める新卒の割合は、2011年に3.3%だったのが、2025年には72.7%に達しました。とはいえ、取り組みははじめから順風満帆だったわけではありません。デジタルに詳しい人材はほとんどおらず、ましてプログラミングができるIT系の技術者は社内に一人もいませんでした。
―― その問題はどうやって乗り越えたのですか。
後藤 大きく3段階で進めました。まず第1段階では、当時は営業職だった入社5年目の男性社員をDX推進担当に抜擢しました。その上で「現場社員が自らアプリをつくれる企業文化の醸成」をミッションとして活動してもらいました。
―― まず推進役を立てたわけですね。営業職と兼務したのでしょうか。
後藤 いえ、DXの専任としました。このように、やらざるを得ない状況をつくることは、取り組みを加速するポイントだと考えています。
ただ、彼は文系出身ということもあり、はじめは何をすればよいのか分からなかったようです。例えば、あるとき彼が自分でアプリを作成しているのを目にしました。そこで私は「自分でやらず、周りにやらせなさい」とアドバイスをし、組織にDXを波及させることが重要であることを改めて念押ししました。
第2段階では「全員DX」でアプリをたくさんつくりながら、使って、慣れることを徹底しました。各部・課がアプリを月1本以上つくり、小さな成功体験を積み重ねることで、ノーコードツールなどのデジタル技術に対する抵抗感を解消しました。同時に業務日報をアプリ化するなど、全社員が使う仕組みをデジタル化することで、DXの価値を実感してもらいました。
そして第3段階では、仕事を楽にすることに全力を注ぎました。「二重入力をなくせ」という合言葉のもと、様々な業務で同じデータを何度も入力している無駄な作業をどんどん撤廃・刷新していきました。
その過程で、無駄に気付いた社員自身が次々とアイデアを形にし始めました。例えば、営業担当者ごとの受注実績をリアルタイムに反映するダッシュボードをつくったことで、会議資料の作成時間はゼロになりました。また、建設現場で手書きしていた台帳やチェックリストなどをデジタル化して、紙からExcelへの転記作業もゼロにしました。このような、社員自身に得をもたらすアプリが、現在では3000本を超えています。
中山 「二重入力をなくせ」という合言葉は、具体的でインパクトがありますね。物流業界でも、例えば荷主様からファックスで届いた入出庫オーダーを事務社員がシステムに手入力しているなど、二重入力が発生している業務が多く残っています。現場の負担軽減に寄与するアプリづくりは、DX推進の大きなモチベーションになります。ぜひ見習いたいと思います。
河﨑 既に3000本以上のアプリをつくったというのは、まさに驚くべき成果です。それらの中には、ほかの会社が使いたいと感じるアプリもありそうですが、外販や横展開をする予定はないのですか。
後藤 ありがとうございます。実際、「以前の方法にはもう戻れない」とみんなが思うほど現場に定着したアプリも多く、それらは同業者の間でも需要があると見込んでいます。外販についても、社内で検討しています。
―― 経済産業省は、DXセレクション以外にも中堅・中小企業のDXを後押しするための施策を多数展開しています。その例をご紹介いただけますか。
河﨑 ベースになるのは、DXに向けて経営者が実践すべき事項をまとめた「デジタルガバナンス・コード」です。2024年9月に公開したバージョン3.0では、DX経営による企業価値向上に焦点を当てた経営者へのメッセージや、DX経営に求められる3つの視点などを追加しています。また、より中小企業向けに分かりやすくした資料として「中堅・中小企業等向けDX推進の手引き」というものも用意しています。
さらに、取り組みの進捗を自己診断するための「DX推進指標」も公開しています。自組織のDXの状況を確認し、“DXレディ”の状態になったら、ぜひDX認定制度に申請していただきたいと思います。申請は情報処理推進機構(IPA)で365日24時間、オンラインで受け付けています。
―― DX推進に向けて、日本企業各社には一層の奮起が求められます。
河﨑 そうですね。DX認定を受けた企業は様々な支援施策を活用することもできます。具体的には、DX認定制度ロゴマークの使用のほか、中小企業者を対象とした金融支援措置、人材育成の訓練に対する支援措置、DX銘柄およびDXセレクションへの応募、ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金の加点といったものがその例です。これらを活用することで、デジタル活用や生産性向上に向けた取り組みを一層加速することができるでしょう。
既にDX認定を受けた企業の経営者からは、「DX認定を取得するためのプロセスが自社を見直すよい機会になった」「経営陣との対話の機会を多く得られ、新たな方針の決定に役立った」「新規営業先のお客様の反応がよくなり、売上増につながった」「デジタル人材の応募が増えた」などの声も聞こえてきています。ビジネスによいインパクトをもたらすことは間違いありません。
そして、その先には、浜松倉庫様、後藤組様が受賞しました、「DXで成果を残し、中堅・中小企業等のモデルケースとなる優良事例を選定するDXセレクション」という制度があります。デジタルの価値を経営に生かすために、さらに取り組みを推進していただきたいと思います。
―― 今回の討論の内容が、日本企業のDX推進のヒントになれば幸いです。今日はありがとうございました。

DXの推進に向け、特に課題を抱えているのが中小企業である。経済産業省は、この課題を解決するため様々な支援策を提供している。
その1つがデジタル人材の育成施策だ。卓越したデジタル人材の発掘・育成を目的とした「未踏事業」を2000年度から実施している。また、未踏的な地方の若手人材を発掘するため、2023年度からは「AKATSUKI」事業も開始し、人材発掘・育成プログラムを全国に展開することで、地域における若手人材の自律的・継続的な育成を目指している。未踏事業の拡大・横展開により、2027年度までに年間500人規模の育成拡大を目指し、質と量の両面で人材の底上げを図る。
「地域ごとに異なる支援メニューを用意しています。新たな価値を創造するIT人材や起業家を育み、地域貢献や地域の課題解決を軸とした社会価値の創造につなげたい」と経済産業省の河﨑 幸徳氏は語る。
人材育成やリスキリングを支援する情報基盤として、「デジタル人材育成プラットフォーム」も用意。具体的には、「デジタルスキル標準」に準拠した民間の様々な教育コンテンツを集約したポータルサイト「マナビDX(デラックス)」の整備や、企業データに基づく実践的なケーススタディ教育プログラムおよび地域の中小企業との協働プログラムからなる実践的な学習機会として「マナビDXクエスト」を提供。「これらをフル活用しながら、人材育成を進めていただきたいと思います」と河﨑氏は言う。
また、地方の中小企業にとってDXを自社だけで推進するのは困難だが、DX支援ガイダンスの公表により地域の金融機関やIT企業が支援機関となってDXを支援する事例が増えているという。
「支援機関同士もお互い連携して、DXを地域全体へ拡大していただきたいです」(河﨑氏)。国の支援策を積極的に活用しながら、取り組むことが肝心だ。

オムロンは、DXの大きな柱として、生成AIの活用推進に向けた全社横断型プロジェクト「AIZAQ(アイザック)」を進めている。まず経営トップ層の研修を行い、全役員が「生成AIは企業の競争力に破壊的なインパクトを与える」と認識した上で、2023年8月にスタートした。
「“熱い気持ち”さえあれば、オムロングループの誰でも参加できます。『生成AIの検証と学びの場』と位置付け、半年間×2回の最大1年間で組織の業務課題解決に取り組みました」とオムロンの伊藤 卓也氏は紹介する。
DXに向けては、これまでにもIT基盤の進化やDX教育に取り組んできた。しかし、生成AI活用はDXの「実践」に当たるものだと同社は位置付けている。「これにより、オムロン全社のDXの機運に再び火が点きました」と伊藤氏は言う。2025年度末には参加者がのべ1000人を超える見込みだ。また、AIZAQで検証したテーマの約6割が組織実装に進むなど、大きな成果にもつなげている。
「加えて、この組織実装を通じてDXの本質も見えてきました」と伊藤氏。効率化や時間削減も効果の1つではあるが、その結果として可能になる新たな価値創造こそが重要だということである。さらにAIZAQでの成功体験を基にして、自ら主体的に課題解決にチャレンジする人材が増加。組織を越えたコミュニケーションも活発化するなど、想定外の効果も多数得られているという。
「2024年4月には、全社横断型の取り組みをリードする組織としてAIZAQ-CoEも立ち上げました。DXを当たり前に推進できる体制を確立することで、持続可能な変革と社会的課題の解決に取り組んでいきます」と伊藤氏は語った。

「生成AIをはじめとするテクノロジーの本質は、人間がやっていた仕事を外部化することにあります。そうしたテクノロジーが発展する時代において、重要なのは『スキル』よりも『センス』に、ほかなりません」と一橋ビジネススクールの楠木 建氏は説く。
それではスキルとセンスとは何が違うのだろうか。楠木氏によれば、TOEICの点数のように測定可能で努力によって向上するものがスキルであり、洋服選びのように自分に欠けていることすら気付きにくいものがセンスだという。「スキルであれば、それを開発する標準的・定型的な方法があるという意味で育てられますが、センスは直接的には育てられません」と楠木氏は説明する。
生成AIの時代において、スキルは外部化されて、ツールで使えるようになる。しかしAIが提供する平均回帰的な回答には独自の価値が生まれにくい。そこで、個人の能力としてより重視されるようになるのがセンスだ。とはいえ、こうしたセンスはどうしたら身に付くのだろうか。楠木氏が強調するのは、センスの源泉としての「好き嫌い」の重要性だ。要は、好きなことであれば無意識のうちに高い水準で継続でき、それが結果的に独自の価値(=センス)を生み出していくというわけだ。
楠木氏は、「まず、自分のセンスを見極めることです。そのために、自分の好き嫌いがどこにあるのかを知ることが非常に大切です。究極の人的資本経営とは、一人ひとりが思い切り自分の好き嫌いを自覚して表明し、経営がそれをくみ取ることではないでしょうか」と話す。
従来の「スキル」が個人の能力ではなくなる時代が、もうそこまで来ている。自分の「好き」を「センス」にまで昇華し、仕事に生かしていくことが求められているのかもしれない。

トイレ、浴室、キッチンなどの水回り製品とインテリア、エクステリアなどの建材製品をグローバルに展開するLIXIL。同社は、顧客体験(CX)向上と従業員体験(EX)向上を両輪とするDX戦略を推進している。
「当社の住宅設備をご購入いただく際には、楽しみながら商品を選択できる新たな価値を提供していきたい。そのためにはものづくりから販売、物流、バックオフィスまで、様々な役割を担っているすべての従業員に対して、快適に働ける環境も欠かせません。その両方をデジタル技術で下支えしています」と同社の岩﨑 磨氏は述べる。
CX向上の取り組みの一例が、オンラインショールームの展開だ。「転機となったのはコロナ禍です。対面や外出が困難になった中で、時間・物理的な制約を受けることなく当社の商品を自由に選んでいただけるショールームを考えたのです。現在でも多くのお客様にご来訪いただいています」(岩﨑氏)。
一方のEX向上の柱は、デジタルの民主化である。この取り組みの結果、LIXIL社内の市民開発者は1万人以上に拡大。現在では4000本を超えるアプリがつくられ、全社の様々な業務で活用されているという。ただし、単にノーコードツールなどのアプリ開発環境を整備するだけでは、こうした劇的な成果は得ることは難しい。
「それまでの役割別階層型組織をアジャイルなチームに再編成し、マーケットに一番近い現場での迅速な意思決定と課題解決を促進しました。併せてスクラムやデジタルインフラ、アプリケーション、デジタルマネジメントといった分野で、プロフェッショナルとして活躍できるエキスパート制度を導入しています」(岩﨑氏)
今後もLIXILでは、AIの展開などにより現場の意思決定力を高め、デジタル民主化による価値貢献を拡大していく考えだ。