



サラヤは今、アフリカのウガンダで、「手洗い」という習慣を広め、根付かせようという活動を始めています。ヤシノミ洗剤などの商品でよく知られていますが、改めてサラヤという会社について教えていただけますか。
サラヤが創業したのは1952年。戦争が終わって7年目のことでした。この頃、日本には赤痢が流行していました。赤痢は大変重篤な病気で、多い年には、年間11万人が感染したとも聞いています。
私は今62歳ですが、小学校へ入る前だったでしょうか、4~5歳の時に、近所で赤痢が発生したのを覚えています。当時、東京の吉祥寺に住んでいたのですが、保健所から来た白い服姿の人たちが街頭で消毒作業を行っていた光景が、今も脳裏に焼き付いていますね。

私も池上さんと同い年の62歳なので、同じような光景を目の当たりにしています。赤痢の発生は日本でも珍しいことではなかったですね。
なぜ、あのころ、日本では赤痢が流行したのでしょうか?
原因ははっきりしています。終戦直後の日本の衛生状態がとても悪かったからです。たとえば、当時はまだ畑では肥料に下肥を使っていました。しかも育った野菜をあまり洗わずに食べていた。
下水も発達していませんでしたから、トイレはほとんどが汲取式です。溜まった尿便から発生した細菌が地下水に入り込み、飲み水として使っていた井戸水を汚染していたり、ということも珍しくなかったのです。
たしかに1960年代に入るまで日本の衛生状況はそんなものでしたね。
そこで、赤痢の蔓延や食中毒の予防策として浮上したのが、石鹸による手洗いだったのです。細菌の主な感染経路は、汚い手でつかんだものをそのまま食べて口から体内に入ったり、不衛生な食べ物を洗わずに食べることでやはり口から体内に入りする、というものでした。ということは、食事の前に手洗いを入念にするのが、最も簡単で最も効果的な予防法になるわけです。
なるほど、そこで手洗いと石鹸ですか。
1950年代初頭の日本の衛生状況はどこでも同じようなものでした。そのため、日本国中で、簡単に手洗いによる殺菌消毒が可能な石鹸が求められていたのです。
更家はもともと林業を営む家系だったのですが、応用化学を学んだ経験がある私の父が、自ら石鹸を開発し、そこに殺菌消毒用の薬剤を加え、使いやすいよう液状にし、固定式の専用容器と共に発売しました。
それが、サラヤの原点とも言える緑色の薬用石鹸液「シャボネット」です。
当時、紙石鹸というのもありましたね。若い人はご存じないと思いますが、見た目は色が付いている紙なんですが、水に浸けると泡立つ。紙石鹸に妙に憧れていたときがありました。
懐かしいですね。
私も小学生の頃に、シャボネットで手洗いをしていました、当時の小学校では「外から帰ってきたら手を洗いましょう」と号令をかけ、習慣となるよう徹底的に児童たちに教え込んでいましたね。というとことは、それまでは「手洗い」は習慣ではなかったんでしょうか?
ええ。1950年代までの日本ではまだ石鹸も手に入りにくい存在でした。シャボネットも普及しきっておりません。「手洗い」習慣は、戦後、学校を中心に急速に普及したものなのです。
ちなみに、実際、いまウガンダで行っている「手洗い」の効果を調べると、食中毒や感染症の予防にものすごく役に立つことがデータでも明らかになっています。当時の日本の感染予防に、石鹸による手洗いは著しく効果を上げた、といえるでしょう。