■

池上

戦後の石鹸と手洗い習慣の普及が、日本における公衆衛生の礎になった、という話は、新鮮でした。ということは、私たちが子どものころ学校で教わった石鹸による正しい「手洗い」の普及成果を、50年後60年後のアフリカで今、実践しようというわけですね。

更家

そうなんです。石鹸の普及と手洗い習慣の浸透で、日本の公衆衛生は大きく改善されました。この習慣は低コストで大きな効果を上げることができます。アフリカでは未だに多くの乳幼児や子どもたちが食中毒や感染症で亡くなっています。出産時のリスクも高い。いずれの悲劇も石鹸による手洗いが習慣づけられることで減らすことが可能です。ぜひ、アフリカでも石鹸による手洗いを根付かせたい。そう思っています。

池上

アフリカでは、ウガンダに進出されたそうですね。

更家

2011年5月、ウガンダにSaraya East Africaを設立しました。この会社で、取り組むのはBOPビジネス。ウガンダの医療現場の感染予防に貢献にするアルコール手指消毒剤の現地製造を目標にしています。

池上

具体的にはどんな風に展開しているんですか?

更家

実はCSR活動のほうが、会社設立より1年早いんです。2010年、「SARAYA 100万人の手洗いプロジェクト」というユニセフ支援を始めました。

池上

このプロジェクトを始めるきっかけは何だったのですか。

更家

2012年、サラヤは創業60年を迎えました。その記念事業として、何か社会に役立つことはできないだろうか、と思ったのがきっかけです。そこで、私たちはまず、ユニセフに相談をしました。

池上

ユニセフ=国際児童基金は、途上国や戦争被害国などの児童をさまざまなかたちで救うのがお仕事ですね。なぜ、このユニセフに相談したんですか?

更家

それはサラヤがここ日本において子どもたちの手洗いと共に戦後成長した会社だからです。ユニセフも戦後の日本の児童向けに医薬品や脱脂粉乳などを配給していましたし。

池上

たしかにそうですね。

更家

そもそも、私たちが今サラヤの仕事をしていて一番うれしいのが、「子どものころに、学校でサラヤの緑色の液体石鹸で手洗いをしていましたよ」とおっしゃっていただけることなんです。

池上

ははは、さっきお話ししたように、私もそうですよ。

更家

そう考えると、自分たちの原点はやはり子どもたちに手を洗ってもらうことであり、手洗いによって子どもたちが健やかに成長できるようにお手伝いできることなんだ、と思い至ったんです。

池上

確かに、私が今も左のポケットにハンカチ、右のポケットにちり紙を入れているのは、子どもの頃の「手洗い」教育のお陰です。

更家

だったら、今、世界で子どもたちが衛生問題で苦労しているところをユニセフからご紹介いただいて、「手洗い」のCSR活動を展開しようと考えたんです。

私どもは「石鹸による正しい手洗い」が普及することが、世界中の子どもたちを病気から守ると信じています。だから、日本の手洗い習慣を世界中に広めようというミッションをもっています。

その話をユニセフにお話したら、ぜひウガンダで!ということになりました。

池上

具体的にはどんな手順で活動を展開しているんですか?

更家

2010年にスタートしたときは、サラヤの衛生用品の売上の1%をウガンダのユニセフが展開する「手洗い普及運動」に寄付する、まあ、お金を出すだけのCSRでした。ところが、社内の若手から不満が出たんですね。「お金を出しているだけじゃ、面白くない!」と。

池上

それは興味深い。自分たちが汗をかこう、というわけですか。

更家

そうです。もともとサラヤにはCSRに関しては、その前にちょっとした歴史があるんです。

池上

どんな?

更家

私たちは一度、環境破壊を行っている、と海外で指弾されたことがあるのです。

池上

え、どちらで、ですか?

更家

東南アジアのマレーシア・ボルネオ島です。サラヤの看板商品のひとつにヤシノミ洗剤があります。これは1970年代から発売し続けている「自然派のサラヤ」を代表する洗剤でヤシの実からとれるパーム油・パーム核油を原料に使っています。この原料がとれるアブラヤシのプランテーションが、ボルネオ島の熱帯雨林を伐採してできたものである、と環境団体から指摘されたのです。

池上

東南アジアや南米の熱帯雨林が、さまざまなプランテーションの開発によりその面積を減らしている、というのは今ではよく知られている事実ですね。

更家

はい、その通りです。しかし、恥ずかしながら、指摘されたとき私たちはその認識がありませんでした。自然派の、人と地球にやさしいヤシノミ洗剤を製造していることに誇りを持っていました。

それだけに、すぐに対応しなければ、自然派のつもりが環境破壊企業となってしまいかねない、ということで、私たちは対応策を考えました。調べてわかったのは、私たちが仮にボルネオ島のパーム油・パーム核油の使用をやめたからといって、同地の熱帯雨林と生物多様性が救われるわけではない、ということでした。

池上

一社だけが利用を止めるだけでは焼け石に水だと。

更家

そうなんです。ボルネオ島の半分を有するマレーシアのパーム油生産量は世界2位です。ちなみに第1位はボルネオ島のもう半分を有するインドネシアです。

パーム油は、洗剤以上に広く食品業界で使われています。市販の菓子のパッケージをご覧いただければわかると思いますが、大半の製品ではパーム油が使われています。結果、1970年代にボルネオ島の86%を占めていた熱帯雨林の面積は60%まで減ってしまいました。手つかずの原生林は5~10%しかない、といわれています。

池上

なるほど、いきなり石油を使うな、というような規模の話なわけですね。けれども、このままでは熱帯雨林の破壊に伴う生物多様性の喪失は避けられない……。どうされたんですか?

更家

そこで発想を転換しました。熱帯雨林を伐採してできたプランテーションで栽培されたパーム油を私たちは利用して儲けている。

ならば、この土地に儲けを還元して、熱帯雨林に住んでいたゾウやサイ、オランウータンがちゃんと暮らせるような工夫のお手伝いをしたり、熱帯雨林の復元を行って緑の回廊をつくったり、動物たちがプランテーション内を動けるように吊り橋を通したり、などのCSR活動を2005年より展開し始めました。現在も継続しています。また同時にビジネス視点から「持続可能なパーム油(RSPO)」の認証制度にも積極的に取り組んできました。

池上

ボルネオの経験が、サラヤとして現代流のCSRに力を入れる大きな契機となったんですね。

■
更家

そうです。だからこそウガンダでの手洗い運動について、社内の若手から「お金を出しているだけでは面白くない、もっと主体的に活動しよう」という声が上がったわけです。実際ウガンダに行ってみて分かったことは、分娩する保健所や病院などの医療機関に、先進国では当たり前のアルコール手指消毒剤が見当たりません。

そして院内感染も日常茶飯事です。妊産婦、乳幼児や5歳未満の子どもの死亡率が著しく高い。一方で、ウガンダの人々は大変な酒豪で、ビールはもちろん、ジンのような蒸留酒も愛飲されていました。

池上

ということは、ウガンダ国内のアルコールで消毒剤がつくれるのでは?ということですね。

更家

そうなんです。ウガンダではサトウキビがたくさん栽培されています。そうすると、サトウキビからつくったアルコールを原料に、アルコール手指消毒剤が生産できるんです。

こいうことがわかって、そうか、じゃあ、ビジネスも一緒に始めてしまおう、と考えるに至りました。

池上

なんと! 先に「手洗い普及」運動のCSRがあって、原材料が調達できることがわかったので、ビジネスもやろう、という順番だったとは。普通とは逆ですね。ビジネスが軌道に乗ったから、地域貢献をする、というのが当たり前ですから。

更家

ええ(笑)。先にCSRで後からビジネスという順番も当社らしいじゃないか、と思い、2011年にビジネスの拠点もウガンダに置くことにしたのです。

■
SUPPORTED by JICA
日経ビジネスオンライン 会員登録・メール配信このサイトについてお問い合わせ
日経BP社 会社案内個人情報保護方針/ネットにおける情報収集/個人情報の共同利用 著作権について広告ガイド

日経ビジネスオンライン SPECIALは、日経BP社経営情報広告部が
企画・編集しているコンテンツです。

©2006-2013 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.