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・「生成AIのROIへのインパクトはまだ見えないが、人とAIそれぞれの役割分担みたいなものは見えてきた」
・「生成AIはメディアを超える影響力を及ぼす可能性もあり、国産AIを開発できるような状況を作っておくのが望ましい」
・「日本の製造業の現場にある暗黙知をいかにデータとして整備していき、それをAIに学習させるかが重要になる」
ディスカッションのタイトルは「AI活用で産業変革へ──研究開発と収益化のエコシステムはどう構築する?」。登壇したのは旭化成の生成AI・言語解析ユニットの大熊智子ユニット長、花王の浦本直彦執行役員、一橋大学の小町守教授、Preferred Networksの岡野原大輔最高技術責任者、アドビの竹嶋拓也デジタルメディア執行役員、dentsu Japanの並河進グロースオフィサー、博報堂DYホールディングス(HD)の森正弥執行役員の7人だ。モデレーターは日経BPの中田敦AI・データラボ所長(今年4月就任)が務めた。
冒頭で中田氏は、日本は受け身のAIテイカーではなく、主体的に開発や活用に取り組むAIメーカーになるべきとした上で、それに向けて「どのような課題意識を持っているか」を登壇者へ問いかけた。
旭化成
デジタル共創本部 生成AI・言語解析ユニット ユニット長
大熊 智子氏
最初に、AIユーザーの立場で発言した旭化成の大熊氏の言葉は、生成AIを活用して全社業務の効率化を目指すリーダーが持つ課題を象徴するものだった。大熊氏は3つの課題を挙げた。1つ目は、生成AI導入の効果を定量化する難しさだ。「確かに生成AIを導入することで業務を効率化できると思う。ただ、一人が1日1時間効率化できたとして、社員が4万人いれば計4万時間の削減になるわけだが、それによって(人件費などが計上される)販売管理費の削減に直結するわけではない」と指摘する。
旭化成
デジタル共創本部 生成AI・言語解析ユニット ユニット長
大熊 智子氏
2つ目が、AIに対する期待の二極化だ。AIに過度な期待を寄せる人と、全く期待していない人との間で認識の差が非常に大きくなっているという。そして3つ目が、PoC(概念実証)疲れだ。多くの会社でDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組みPoCが乱立したが頓挫するケースも目立ち、それは「“PoC焼け野原”で、ぺんぺん草も生えないような状態」に見えたという。そして今度は生成AIだと言ってもなかなか投資し切れず、エコシステムがうまく回っていかない恐れがあり、これを変えていく必要があるという。現在は現場の品質保証などの分野でAI活用を進めているとした。
花王
執行役員 デジタル戦略部門
データインテリジェンスセンター長
浦本 直彦氏
このAI活用の課題について、花王の浦本氏は次のように語った。「当社には様々なデータがあり、それを可視化する取り組みは進んでいるものの、社内の知恵とかインテリジェンスに変えていって事業のROI(投資収益率)に響くような意思決定に結びつけるには至っていない。ただし、生成AIを使った業務プロセスの変革を進めており、そこに何らかのパターンのようなものが見え始めている。人と生成AIの役割分担みたいなものだ」。
花王
執行役員 デジタル戦略部門
データインテリジェンスセンター長
浦本 直彦氏
アカデミアの立場から議論に参加した一橋大学の小町氏も、生成AIの開発スピードに触れながら課題を語った。「AIの進化があまりに激しく、学生に何を教えるべきかが難しくなってきている。教育にはゼロサム的な側面があり、新しいことを教えるためには、どうしても既存のどこかを削らざるを得なくなるというほどインパクトが大きい」という。言語処理学会と人工知能学会の理事も務める小町氏は、異説分野からの参加者の増加に関心の広がりを実感しているという。もっとも、AIの技術だけを知っていてもダメで、データの著作権やライセンスの問題など、幅広い知識が求められると指摘した。
メディアを超えるAIの影響力
博報堂DYホールディングス
執行役員CAIO(最高AI責任者)
Human-Centered AI Institute代表
森 正弥氏
ここからはディスカッションの中心テーマの一つである国産AIの必要性や可能性についての議論の場面を紹介していこう。モデレーターの中田氏が、世界のAI規制の動向について博報堂DYHDの森氏に発言を求めた。
博報堂DYホールディングス
執行役員CAIO(最高AI責任者)
Human-Centered AI Institute代表
森 正弥氏
「これまで世界の潮流としてはAIへの規制を強化し、ガバナンスの厳格さを求める流れがあった。しかし米国ではトランプ政権が、バイデン政権時代のAIリスクに関する大統領令を撤回した。また強固な規制で知られるEU(欧州連合)のAI規制法についても、昨年9月のいわゆるドラギレポート(欧州中央銀行前総裁のマリオ・ドラギ氏がまとめたレポート「欧州の競争力の未来」)が一つのきっかけになり、EUの経済成長への弊害が議論されるようになっている。各国がAIの開発や活用にアクセルを踏み始めていることは注目すべき点だ」と指摘する。
Preferred Networks
共同創業者 代表取締役
最高技術責任者 最高研究責任者
岡野原 大輔氏
こうした動きを受けて中田氏は、国産AIを開発する1社であるPreferred Networksの岡野原氏にコメントを求めた。「生成AIの登場によって状況が大きく変わった。多くの人が日常的に生成AIを使うようになれば、既存メディアを超えるような力を持つことになり、人々の思想形成に影響力を持つようになる可能性もある。国ごとの価値観や文化を反映したAIが大切なのはこうした理由からだ。海外で開発されるAIには国内法が及ばないことも考えると、日本独自のAIを開発できる状態が望ましい」(岡野原氏)。また日本は海外と比較してAIを積極的に使おうとする意識が強く、課題先進国である日本だからこそのAI活用の成功事例を生み出し、それを世界に広めていくという勝ち筋もあるのではないかと岡野原氏は指摘した。
Preferred Networks
共同創業者 代表取締役
最高技術責任者 最高研究責任者
岡野原 大輔氏
一橋大学大学院
ソーシャル・データサイエンス研究科 教授
小町 守氏
一方で一橋大学の小町氏は、日本人は作られたルールの中で振る舞うのは得意だが、自らルールを作るのは苦手だと分析する。「オープンソース化を推進することでAIのアーキテクチャの独占を防ぎながら、一定のルールの中で日本が手綱を握ることができる状況を作るのがポイントになるのではないか」と語った。
一橋大学大学院
ソーシャル・データサイエンス研究科 教授
小町 守氏
花王の浦本氏は、かつて人工知能学会会長の経験をもつ立場から、AIを作る側(メーカー)と使う側(テイカー)が一体となって取り組むことの重要性を説き、課題思考、現場思考を重視していくべきと語る。「小町氏が指摘したように、日本人はルールがあるところで強みを発揮できる。ある程度の方向性を示すガイドラインができてくれば、それをベースにAI活用が進むのではないか」と語った。中国の事情にも触れて、「DeepSeekが登場すればそれを中国で使い倒す。AIメーカー側とAIテイカー側が一体化している印象を持っている」とした。
クリエーターとAIの新しい関係
国産AIの進展には、使う側のすそ野を広げる必要もある。中田氏は、こうした使う側を支援する企業に、その可能性や課題についてのコメントを求めた。
アドビ
デジタルメディア執行役員
ビジネスマーケティング本部長
竹嶋 拓也氏
アドビの竹嶋氏は、責任あるAIを社会実装する中で、クリエーターやIT関連、実際のビジネスユーザーという大きなユーザーコミュニティを自社で抱える利点を生かしてエコシステムの構築に取り組んでいるとした。竹嶋氏が強調したのは、「AIによって顧客のビジネス環境そのものが変わる。マーケティング部門だけでなくセールス部門に対してもAIパーソナライゼーションという機能を組み込むことで、売上増につなげる期待が持てる」という点だ。
アドビ
デジタルメディア執行役員
ビジネスマーケティング本部長
竹嶋 拓也氏
dentsu Japanの並河氏は、もともとコピーライターとしてキャリアをスタート、現在はグループ全体のAI戦略を担う。釣りやサッカーが好きなのと同じようにAIが大好きだと言う。同社は、東京大学次世代知能科学研究センターと2年前からクリエーションとイマジネーションにかかわる想像力をどう拡張していけるかの研究をしている。効率化とはまた別の視点での活用だ。「AIの技術の進化が速すぎて、むしろ使い方が追いついていない状態ではないか。現場の知恵と事業の知恵とAIを結びつけることが重要で、昨年開発したAIコピーライター『AICO2(アイコ ツー)』はすでに実務で活用している」という。これによってコピーライターという職がAIに取って代わられるのではとの見方もあるが、逆に「AICO2から刺激を受けることで、より良いコピーが生まれるという好循環が起きている」と述べた。そして、「マーケティング分野のプロセス全体の変革にAI活用は不可欠で、アイデアや戦略をAIで発散させた後に収束させながら、顧客との接点を変革するような場面で活用できるだろう」と語った。
マーケティング分野で人間のクリエーターとAIの関係が今後どうなっていくかという点へ関心を寄せるのは、花王の浦本氏だ。「生成AIが作ったものに人は思い入れを持ちにくい面がある。一方で、ある一定レベル以上のクリエーティブを作る能力をAIがすでに持っているのも事実だ」(浦本氏)。あるクリエーティブについて、それを人が作ったのか生成AIが作ったのかによって人の感動はどう変わるのか、という点を指摘した。
dentsu Japan
グロースオフィサー/主席AIマスター
並河 進氏
これに対しdentsu Japanの並河氏は次のように応じた。「これまでクリエーターがからだを使って作っていたものに対して、生成AIも瞬時に高度な表現を生み出すようになってきている。本来ならばこれは、クリエーターの能力や可能性を広げるものであるはずだ。『ブランディングとは差分を作り伝えること』という点を考えると、何が人の心を感動させる差分になるのかという議論になる。その差分になるのは人間の手だけで作られたものなのか生成AIを駆使したものなのか、を分析していくことが我々の進化につながる」。
dentsu Japan
グロースオフィサー/主席AIマスター
並河 進氏
そしてアドビの竹嶋氏は次のようにコメントした。「クリエーターの著作権を尊重しながら、AIが生み出すクリエーティブといかにバランスを取るかという視点も大切だ」。
日経BP
AI・データラボ所長
中田 敦(モデレーター)
続いてモデレーターの中田氏が、最近関心の高まりを感じる活用法を登壇者に問いかければ、Preferred Networksの岡野原氏は人事分野を挙げた。「人事関連のソリューションに対する顧客からの引き合いは強い。ただこの分野はセンシティブな問題を含んでいるので、ニーズはあるが慎重さが求められると思っている。社員のパーソナルな部分を引き出す場面では、人よりAIがヒアリングした方がいいかもしれない。ただAIが人を評価するといったことがないよう、かなり慎重に開発を進めている」と語った。
日経BP
AI・データラボ所長
中田 敦(モデレーター)
加えて岡野原氏自身のAI活用法を少し披露した。それは「生成」ではなく「評価」だという。「自分の書いた文章を一般の読者に伝わるかどうかをAIに評価させると、数多くの指摘が返ってくる。人に頼むより心理的な抵抗感も少ないし、かなりレベルの高いフィードバックがもらえる」と述べた。また、論文を読んだり証明を手伝ってもらったりするのにフル活用し、生産性が3倍ほど高まった実感があるという。
人とAIの新しい関係性について、dentsu Japanの並河氏は自らの“分身”となるAIを作成し、「並河進B」と名付けたことを紹介した。この分身を使って部下100人との月1回の個別面談を実施してみた。会話の内容はあえて確認せず、部下からのフィードバックを待ったところ、「(並河氏との)距離感が近づいた」「並河進Bさんがこんな良いことを言ってくれた」などの声が寄せられ、逆に並河氏本人が「B」に寄せていくような振る舞いも起こったという。“人間→AI→人間”関係といった感情面のところはもっと掘りがいがある分野だと指摘した。
並河氏の事例を参考に博報堂DYHDの森氏が紹介したのは、ある企業の取り組みだ。その企業では、自社のパーパス(存在意義)を社員に浸透させるために、そのパーパスを学んだ生成AIが社員一人ひとりにインタビューしていった。その結果、「各社員がパーパスにどんな思いを持っているのか、自分の仕事のどこに誇りを感じるかなど、通常のインタビューでは得られないような気づきを得ることができた」(森氏)と指摘した。
本業を磨いた上でのAI活用が重要
企業における本業の強さとAIの関係性にも議論が及んだ。森氏は、「AIに注目しすぎるのは危険だ。AIは進化が激しく、それをキャッチアップしているだけでは他社との競争から脱落していく。だからこそ自社の真の強みを磨いた上で、そこにAIを掛け算していく考え方が重要だ」と語った。自動運転車はAIの進化によって登場したように見えるが、実は元々センサーやバッテリーの優れた技術があり、そこにAIを掛け算してでき上がったとの認識を持つべきと指摘した。博報堂DYHDでいえば人の創造性や、生活者とブランドをつなぐ力があることで、初めてAIが威力を発揮するとした。
花王の浦本氏も同じ見方をする。花王の強さの一つがマーケティングであることは広く知られたところだ。浦本氏が言う。「マーケティングのやり方がAIで変わると思う。生活者への調査に生成AIを活用しながら、マーケターとクリエーターと生成AIが協調して作品などを作っていくような世界を目指している」。また生成AIはインターフェースが言語という点がこれまでのIT新技術と圧倒的に異なり、だからこそ経営層の理解が進みやすいし、現場の知識を持っているシニア層にも生成AIは馴染みがいいと語った。
旭化成の大熊氏も、「日本の製造業は、工場で使われる治具の扱い方など地道な工夫の積み重ねによって高い品質を維持、進化させてきた。こうした治具に関する知見をAIに追加学習させることで日本の強みが生きてくるのではないか」とした。また、「近年、法規制対応で品質保証の業務が増えており、メーカーとしては決して手を抜けない分野だけに、生成AIを使って目視によるチェックを大幅に減らすことに成功した」(大熊氏)との成果を紹介した。森氏も「日本の製造業の現場にある暗黙知をいかにデータとして整備して、AIに学習させるかが重要になる」との認識を示した。
モデレーターの中田氏は、「AIの開発、活用、支援など様々な視点からの議論が深まったことで、AIメーカーへ近づくことへの期待を持つことができたのではないか」と締めくくった。
国産AI開発への期待と課題、そして活用のすそ野を広げるマーケティング分野での効果的な使い方が議論された








