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・「真実かどうかより、人に伝えたくなるかどうかが優先されるSNSの現状を危惧、ガバナンスと客観的な知を届ける役割が重要に」
・「ビジネスプロセスを変える前提で道具としてのAIの本質を捉える必要があるが、その実行への準備がまだ私たちにはできていない」
・「AIロボティクスは自動運転を超えるような全く新しい産業を生み出し、その価値が日本の競争力強化につながると信じる」
ディスカッションのタイトルは「人とAI共存への条件」。登壇者はAIセーフティ・インスティテュート(AISI)の村上明子所長、オムロンの諏訪正樹執行役員、東京大学の江間有沙准教授、安川電機の小川昌寛社長、東京大学の長隆之准教授、伊藤忠テクノソリューションズのデータビジネス企画・推進本部の久保田さえ子本部長、デロイトトーマツコンサルティングの越智隆之執行役員、パーソルワークスイッチコンサルティングの熊倉晃太エグゼクティブマネジャーの8人である。モデレーターは日経BPの浅見直樹専務取締役が務めた。
議論の冒頭、モデレーターの浅見氏は、「もはやAIを使わないという選択肢はあり得ない時代において、私たちはどのようにAIを味方につけていくべきかを議論したい」と語った。最初に提起したテーマは「揺れる世界のAI規制、そのときニッポンは」。まずAISIの村上氏にコメントを求めた。
AIセーフティ・インスティテュート(AISI) 所長
損害保険ジャパン
執行役員CDaO(最高データ責任者)
村上 明子氏
「AIの安全性を議論する『AIセーフティサミット』が英国で2023年に開かれ、24年には韓国、そして今年2月にはフランスで開かれた。ただ名称はセーフティではなく『AIアクションサミット』に変わった。安全性ばかりを重視するのではなく、次のアクションを考える段階であることをフランスが打ち出したということだ。米国ではトランプ政権になって急に規制緩和へかじを切ったとの見方があるが、実は強いAI規制法で知られるEU(欧州連合)の中でも、技術で世界の先端をいく米国を牽制しながら、経済的な主導権を握りたいという動きが起こっていたと見るべきだ」と村上氏は解説した。
AIセーフティ・インスティテュート(AISI) 所長
損害保険ジャパン
執行役員CDaO(最高データ責任者)
村上 明子氏
浅見氏が、「こうしたルール作りが日本は苦手との意見もある」と聞けば、村上氏は「世界のイニシアチブを取っていく動きは重要だ。受け身になってはいけない」と返した。
東京大学 国際高等研究所 東京カレッジ
准教授
江間 有沙氏
AI規制や倫理に詳しい東京大学の江間氏も村上氏の意見に賛同する。「EUのAI規制法を受けて行動規範(CoP)を話し合う国際的な議論の場で3回の発言機会を与えられても、日本側は初回分を『規制法のこの文言はこういう解釈で正しいのか』といった内容確認に使ってしまうなど消極姿勢が目立つ。海外勢が『私がルールだ』くらいの勢いで臨むのとは温度差を感じる」。
東京大学 国際高等研究所 東京カレッジ
准教授
江間 有沙氏
これに対して安川電機の小川氏は、「イニシアチブやデファクト(スタンダード)を取ったとしても、それでビジネスの勝敗が決まるわけではない。ルールに同調しつつ、『その先』の本質的な勝負にかけた方が良い場合も多い」と指摘した。AISIの村上氏は、「ご指摘はもっともだ。一方でソフトウエアの世界では、『市場を(先に)取ったものが勝ち』という側面もあり、スピードが極めて重要になってくる。産業ごとにイニシアチブの取り方や戦略は変わってくると思う」と語った。
次に浅見氏が提示したテーマは「ファクトチェックやめるSNS、その社会的影響は」だ。偽情報がSNSで拡散され民主主義の土台を揺さぶっている。この社会的影響に対して私たちはどう向き合っていくべきなのだろうか。
東京大学の江間氏は、ファクトチェックにはコストがかかるが、SNSプラットフォーム企業にはしっかりとしたガバナンスを効かせてほしいというのが個人的な思い、とした。その上で、「最近、(イスラエルの歴史学者の)ユヴァル・ノア・ハラリ氏と議論する機会があったが、彼が言うには、(SNSの情報が)真実かどうかより他の人に伝えたくなるかどうかが優先される傾向がある、とのことだった。人間の根源的な欲求なのかもしれないが、だからこそ客観的な知を届けるジャーナリズムの役割が今後さらに重要になってくる」と江間氏は語った。
伊藤忠テクノソリューションズ
デジタルサービス事業グループ
データビジネス企画・推進本部 本部長
久保田 さえ子氏
自社で生成AIを全面導入し、顧客のシステム開発をする伊藤忠テクノソリューションズの久保田氏は、「生成AIが出した回答をどう捉え、次の判断につなげるかで人間の力量が問われることになるだろう。一人ひとりがリテラシーを高めていくことが大切だ」とした。
伊藤忠テクノソリューションズ
デジタルサービス事業グループ
データビジネス企画・推進本部 本部長
久保田 さえ子氏
企業のコンサルティングをするデロイトトーマツでは、「コンサルティングに生成AIを使う際、1次リサーチ作業の大部分をリプレースできる点が大きなメリットだが、それに伴い社内の人材育成をどうしていくかが課題になる。またファクトチェックが非常に難しいことや、リサーチ結果に基づく独自の見立てをいかに充実させていくかがポイントとなる」と同社の越智氏は指摘した。
企業のAI導入を支援するパーソルワークスイッチコンサルティングも、同様の課題に直面している。同社の熊倉氏は、「我々が提示するデータを顧客は事実として受け止めるため、そこには一定の責任が発生する。生成AIに我々が使われてしまわないよう、常に意識している」と語った。
AIを使う、踊らされない
次に議論は、「AIに踊らされない、企業人育成は可能か」へと移った。浅見氏が、「昨今のAIブームに乗り遅れまいとAIの導入そのものを目的化してしまうケースもある。本日午前のもう一つのパネルディスカッションでもあったように、本来は自社が『何をしたいのか』『どこに強みがあるのか』を明確にした上で導入してこそ、AIはその価値を発揮できるのではないか」と問いかけた。
オムロン 執行役員 技術・知財本部長
オムロン サイニックエックス 代表取締役社長
諏訪 正樹氏
これに対してオムロンの諏訪氏は、AIの本質はあくまで「道具」であり、踊らされてはいけないと注意を促した。ただし、これまでの道具とは決定的に異なる点が2つあるという。「一つはその進化のスピードがとてつもなく速いこと。そしてもう一つはAIという道具が持つ機能の全貌がいまだに明らかになっていないことだ。こうした新しい道具を、人間がどう使いこなすかが問われている」と諏訪氏は指摘した。
オムロン 執行役員 技術・知財本部長
オムロン サイニックエックス 代表取締役社長
諏訪 正樹氏
浅見氏は自社内の会議でも「AIは魔法か、道具か」について議論したことを紹介し、「魔法のように何でもできると考えてしまうとAIのリスクに翻弄されてしまうが、道具だと捉えれば目的を持った使い方ができるはずだ」と語り、村上氏にコメントを求めた。村上氏は損害保険ジャパンの執行役員CDaO(最高データ責任者)の顔も持つ。
村上氏は、「道具としてAIをビジネスへ活用する時、DXにおけるPoC(概念実証)での失敗に学び、ビジネスプロセスそのものを変える前提でAIの本質を捉える必要があるが、その実行に向けた準備がまだ私たちにできていないことが課題だ」とした。
デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
越智 隆之氏
パーソルワークスイッチコンサルティング
コンサルティング事業部
エグゼクティブマネジャー
熊倉 晃太氏
これを受けてデロイトトーマツの越智氏はなかなか成果が上がらない理由として、実際に生成AIを活用している社員は平均で全体の20%程度にとどまるというデータを基に、「今はまだ、(新しいものに敏感な)アーリーアダプター層の社員がエバンジェリストとなり、社内での活用を広めようとしている段階だ。ただどうしても使いたくないという“岩盤層”もいて、そこを動かすことがポイントになる」(越智氏)とした。
デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
越智 隆之氏
パーソルワークスイッチコンサルティングの熊倉氏は、AIによって企業内の「プロセスの自動化」が着実に進むと予想する。その上で「業務の分岐点は無数に存在する。そうした場面で、AIによる自動化にどのようにルールを設け、人が判断を下すのかが今後の重要なポイントになる」と語った。
パーソルワークスイッチコンサルティング
コンサルティング事業部
エグゼクティブマネジャー
熊倉 晃太氏
伊藤忠テクノソリューションズの久保田氏によると、同社では「技術」と「技(わざ)」という言葉を意識的に使い分けているという。「AIという『道具』を使いこなす人間の『技』があってこそ、企業としての競争力が醸成できる。今後、他社との差別化で重要になってくるのは、『企業自身が保有するデータ』だ。そのデータの品質向上やセキュリティ対策には自信があり、そこを突き詰めることで価値を提供していきたい」(久保田氏)とした。
高まるフィジカルAIへの関心
続いて浅見氏が示したテーマは、「フィジカル(物理)AIとは何か」である。AIの活用分野として昨今注目が集まるこのフィジカルAI。まず、東京大学准教授で理化学研究所ロボットラーニングチームリーダーでもある長氏がその定義について、あくまで私見と断った上で、「動的なシステムに対し物理的な相互作用を通じて動作を学習するシステム」とした。人型ロボット(ヒューマノイド)のほか自動運転なども応用分野となる。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 准教授
理化学研究所 ロボットラーニングチーム チームリーダー長 隆之氏
研究開発が活発なのは、「ロボットラーニング」という分野だ。2017年に関連の学会が立ち上がっており、そのコアメンバーが米Physical Intelligence(フィジカルインテリジェンス)というスタートアップを設立し注目されるなど、単にアカデミアだけでなく産業界とも深い関係のある動きがあることを長氏は紹介した。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 准教授
理化学研究所 ロボットラーニングチーム チームリーダー長 隆之氏
そして最近は、VLA(Vision-Language-Action)モデルへの関心が高く、これは画像と自然言語を組み合わせてロボットを制御するものだという。例えば「リンゴを取ってきて」と指示すると、ロボットが自動的にその動作をする。
フィジカルAIの開発は3つの階層に分けることができ、「ハードウエアを持っていて実際にデータを保有する層、こうしたデータを使いAIのモデルを学習させる層、それらを使ったアプリケーションを開発し社会実装する層で、それぞれが重要な役割を果たしている」(長氏)と解説した。
続いてモデレーターの浅⾒氏は、安川電機の、食事後の下げ膳作業をAIで自律的にまかなうロボットの動画を紹介し、⼩川氏に解説を求めた。
安川電機
代表取締役社長
小川 昌寛氏
動画ではロボットが、食べ残しかティッシュなどのゴミかを自動で仕分けし廃棄しながら食器を片付けていく。その際、何がどれだけ食べ残されたかのデータを取ることができ、「こうしたデータを活用することで、食品ロスの削減やメニューの改善へつなげられることが重要だと思う」と小川氏が紹介した。
安川電機
代表取締役社長
小川 昌寛氏
これを受けて、村上氏は損害保険ジャパンの立場から、AIは単に効率化を図るだけでなく、「人にできないことを実現してくれるという視点が重要だ」と語った。安川電機の下げ膳ロボットはまさにそれを体現するものだという。「例えばSOMPOグループで運営する介護施設で導入すれば、食べ残しデータから個別に不足している栄養素が分かるかもしれない。そうなれば、健康寿命を延ばすことにつなげられる可能性もある」と期待を込めた。
小川氏が付け加える。「これまでのロボティクスは限られた環境で対応するものだったが、AIの活用で外部環境に依存しないソリューションを提供できるように進化している。これにより顧客の様々な課題に真正面から向き合えるようになった」。
東京大学の長氏は日本の製造業が持つデータの重要性を説く。「ロボットのモデルを訓練するには膨大なデータが必要だが、1つの研究室でそれを揃えるのは難しい。世界の複数のロボット研究室とデータをシェアしながら1つのデータセットにしてロボットの訓練に供するため100万軌道ものデータを集める取り組みを行ったことがある。日本の製造業の現場が本気で取り組めば桁違いのデータが集まるはずだ。そうしたデータを安売りすることなく、その価値を信じてデータのフォーマット化に取り組んでいくべきだと思う」と長氏は語った。
現場に頼りすぎるとアイデア飛躍しない
最後のテーマは「日本の産業はAIで強くなれるのか」。オムロンの諏訪氏はロボティクスを念頭にAIという「大脳」だけでなく「五感」や「身体性」をいかに高めるかも重要だと語った。またAIが持ち得ない人間独自の構想力や判断力、仮説構築力の重要性を指摘し、人がそれらの能力をきちんと持たないとAIも使いこなせないとした。
安川電機の小川氏は、「AIロボティクスこそが日本の競争力強化につながると確信している。多様な現場での活用で、社会課題の解決を導くソリューションは自動運転を超える価値を創出できるはずだ。全く新しい産業が生まれるといっても過言ではない。それほど強い思いを持っている」とした。
日経BP
専務取締役CMO(最高マーケティング責任者)
浅見 直樹(モデレーター)
AISIの村上氏は、現場力の重要性を認めつつも、現場だけに頼っていては延長線上のアイデアしか生まれないと指摘した。「私の好きな言葉に、カーネギーメロン大学の金出武雄教授による『素人のように考え玄人として実行する』がある。素人のような柔軟な発想でプロセス全体を考え、それを玄人として実践していく。この考えこそ、今後のAI活用を進める上で求められるものだと思う」と語った。結びに浅見氏は、「AIを考えることは、人間を考えることだと強く感じた。今日を皮切りに、AIについての議論を深めていくことで、日本を元気にしていきたい」と語り、ディスカッションを締めくくった。
日経BP
専務取締役CMO(最高マーケティング責任者)
浅見 直樹(モデレーター)
AIをめぐる世界での主導権争いからAIロボティクスまで、幅広い議論が行われた








