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・「AI民主化へ早い段階で進めば、細かい作り込みが得意な日本は国際競争力も発揮できる」
・「現場に『暗黙知』という企業の宝があり、その形式知化には民主化が効果的」
・「経営層、従業員、推進役の専任部署、そのトライアングルをうまく作ることが重要だ」
一橋大学大学院
ソーシャル・データサイエンス研究科・教授
小町 守氏
ディスカッションのタイトルは、「AI民主化への道、日本企業の現場力をいかに引き出すか」。住友商事の浅田和明主任、一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科の小町守教授、ベイン・アンド・カンパニーの井上真吾パートナー、パーソルワークスイッチコンサルティングの熊倉晃太事業部長が登壇した。モデレーターは日経BPの中山秀夫技術プロダクツユニット長補佐が務めた。
一橋大学大学院
ソーシャル・データサイエンス研究科・教授
小町 守氏
最初の議論テーマは「AI民主化がなぜ重要か──専門人材任せで済まない理由は何か」である。モデレーターの中山氏は、議論に先立って「AI民主化」の定義について紹介した。「AIを使って社員一人ひとりや各現場が主体性をもって業務や事業の変革に取り組むこと」と定義したいと語った。AI民主化の重要性について、まずは一橋大学の小町氏に意見を求めた。
小町氏が言う。「20年ほど前、大学で私がAIに学習させるデータベースを作る時に8年かかった経験がある。しかし今では、個人レベルで手元に持っているデータを共有し合って生成AIに教えることで、様々な課題を解決できるようになってきている。それも、1回で100%の利用者が満足いくものを完成させるというより、いったんでき上がったものの実力を見ながら、少しずつ改善を重ねるようになってきている。そうした大きな変化が起きている」。
そして小町氏はこう付け加えた。「AIの民主化への動きが後戻りすることはないと思っていて、あとは民主化実現の時期が早いか遅いかの違いだろう。気になるのは海外と比べた場合の日本の速度で、そこに注視している。わりと早い段階で進みさえすれば、日本人は細かいところを作り込むのは得意なので、国際競争力も発揮できると思っている」。
現場の暗黙知をAI民主化で掘り起こす
ベイン・アンド・カンパニー
パートナー
井上 真吾氏
ベイン・アンド・カンパニーの井上氏は、AIの民主化に向けては3つの観点が重要だとした。1つ目は、専門的な知識がなくても使えるという点だ。2つ目がその汎用性で、適用範囲が非常に広いということである。3つ目が、現場の良さを引き出せるという点だ。「特に3つ目が重要で、結局、現場にこそ企業の宝が眠っている。とりわけ日本企業は現場に価値の源泉があり、『暗黙知』が現場に多く眠っている。それぞれの現場が工夫を凝らして、これを形式知化することで、組織全体の生産性が上がり、企業の競争力につながっていくはず」と井上氏は語った。
ベイン・アンド・カンパニー
パートナー
井上 真吾氏
住友商事の浅田氏は小町氏と井上氏に賛同した上で、こう語った。「DX(デジタルトランスフォーメーション)の専任組織のような『社内外注先』に対して、全部やってください、と依頼したのでは、現場の当事者意識が育たない。現場の従業員も巻き込みながら意識変革をしつつ、ボトムアップで全社のレベルを上げていくのが良いと思う」。
パーソルワークスイッチコンサルティング
テクノロジーコンサルティング事業部 事業部長
熊倉 晃太氏
パーソルワークスイッチコンサルティングの熊倉氏は言う。「日本企業の強さの源泉の1つとして確かに『現場力』がある。その一方で、属人化も進んでしまっていて、それがAIを活用する上で悪さをする。そこをマネジメントがどう変えていけるかがポイントになるだろう」。
パーソルワークスイッチコンサルティング
テクノロジーコンサルティング事業部 事業部長
熊倉 晃太氏
こうした議論を受けて、次のテーマ「日本のAI民主化はなぜ遅れているか」に議論は進んでいった。モデレーターの中山氏は、日本企業の生成AI利用率が低いことを表す資料を示しながら課題を提示した。総務省の「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」によると、企業の業務での生成AI利用率は中国95.8%、米国90.6%、ドイツ90.3%といった具合にそれぞれ90%を超えているが、日本は55.2%にとどまっているという結果だった。
利用率の日本の低さに加えて、各業務におけるAI活用の成果への手応えも低い。例えば米国との比較では、「社内向けヘルプデスク機能」について、「業務で使用中(期待を上回る効果になっている)」と回答したのが米国57.5%に対して日本9.7%、「同(期待通りの効果になっている)」と回答したのが米国21.4%、日本20.6%だった。「メールや議事録、資料作成などの補助」について、「同(期待を上回る効果になっている)」と回答したのが米国21.1%、日本8.8%、「同(期待通りの効果になっている)」と回答したのが米国53.9%、日本23.3%だった。つまり、日本企業は海外企業より生成AIを使う割合が低く、使っていても効果が乏しいと感じている。
こうした現状を踏まえて、「日本企業がAI民主化を進める上での課題は何か」と登壇者に問いかけた。ベイン・アンド・カンパニーの井上氏がコメントする。「業務で生成AIを使うと、なにか怠けているように社内で受け止められる、という心理的な抵抗感があるのではないか。実際、当社の若手コンサルタントが議事録を作る際に、『生成AIを使ったら、コンサルタントとして怠慢だと思われるのではないか』と悩むケースがあった」という。井上氏は「むしろ使ってほしい。それによって、他の付加価値の高い業務に時間を振り分けられるから」と若手に伝えたという。
失敗を許容できない企業文化
住友商事
主任/Microsoft MVP for Microsoft 365 Copilot
浅田 和明氏
住友商事の浅田氏が言う。「一般的に企業における情報システムにはある意味これまでの負債の積み重ねという面があると考えている。システムを使いこなせない人の水準に全体を合わせてしまうということだ」。また、「生成AIを使って出てきた答えの精度でAIを評価しがちで、その精度が低いと、もうこのモデルは使えないとしてしまう傾向があるのではないか」とも語った。
住友商事
主任/Microsoft MVP for Microsoft 365 Copilot
浅田 和明氏
パーソルワークスイッチコンサルティングの熊倉氏は、「日本企業は、ツールへのこだわりが強すぎる」と指摘した。新規にツールを導入する場合、候補を複数並べて星取表みたいにしてどのポイントは良いが、どれは良くないといった感じで評価を進めて、PoC(概念実証)を実施して、結果が良かったものを本格導入することになる。「選定から本格導入までの時間がとても長い。評価に1年、予算は来年付けましょうとなると結局2年も経ってしまう。海外ではまずツールを決めてしまって社員がそれをどんどん使う。そこで得た経験をためる方がよほど社内の財産になると思う」。
AI導入に慎重になることについて一橋大学の小町氏は、「日本人には減点法で評価する気質があり、また連帯責任を取るという文化があって、それらがAI導入の妨げになっている」と述べた。「新しい技術を導入して何らかの問題が発生した場合、その組織全体で責任を負うというリスクを考えると、AIの積極導入に躊躇する構造があるのかもしれない」(小町氏)。
大学の学生たちは生成AIを大いに活用しているという。「若い世代は互いにほめ合う傾向がある。そのため彼らは自己肯定感が強く、失敗をあまり恐れない。従って今後は、『便利なツールがあれば、少しぐらい精度が低くてもまず使ってみよう』と考える人が多数になっていくのではないか」と将来を語った。
そして最後の議論のテーマが、「現場の課題とその処方箋」である。モデレーターの中山氏は、現場活用の先進事例として、住友商事の浅田氏に解説を求めた。浅田氏は、Microsoft MVP for Microsoft 365 Copilotに選出された実績がある。
当事者意識を重視、住友商事の事例
浅田氏が紹介していく。同社は2024年の4月から、グローバルで約9000人の従業員がマイクロソフトのCopilotの利用を始めた。Copilot活用の推進を司る事務局が当初考えたのは、「Copilotをどのように位置づけるか」だった。Copilotにはアップデートの頻度が高く、アウトプットの方法が多様といった特長がある。また住友商事の社内の業務も多様だ。あるユースケースを見つけて、それに沿ったゴールデンプロンプトを作っていく、というアプローチが取れないと浅田氏は考えた。「ちょっと表現は悪いが、“餌”を社員に与えたとしても、その餌が腐ってしまったら意味がない。社員が自分で餌を取り、魚を取れるようにすべきと考えた」。
そのためまずは、風土づくりから取りかかった。これまで一般的だった、情報システムやDXの部署が現場に出向いて御用聞きのようにしながら改善を重ねるというやり方では、現場での当事者意識が生まれづらい。「こうしたプロダクトアウト的な、使わせる施策ではなくて、そもそも社員が自発的に、楽しみながら自分の業務を改善していけるような仕組みを考えた」(浅田氏)。
具体的な取り組みの1つが、「Copilot Champions」というアンバサダープログラムだ。日本、上海、ニューヨークなどの社員が参加する。現場でポジティブな思いのある人たちに一緒に参加してもらい、事務局と進めている。何か強制したものではなく、こんな使い方ができた、こんな改善が生まれた、こんな失敗をしたといったナレッジシェアリングを、社内SNS(交流サイト)や勉強会、ピッチイベントで共有してもらう。事務局は、こうしたChampionsの活動を支援し、そこ経由で全社員に活動を広げていくイメージだ。
日経BP
技術プロダクツユニット長補佐/技術書籍プロデューサー
中山 秀夫(モデレーター)
モデレーターの中山氏が、Championsは各組織に一定の割合で配置しているのかと問えば、浅田氏はこう返した。「内発的な動機が重要なので、事務局から指名してやってもらうというアプローチは取っていない。金銭的なインセンティブのような外発的動機だと、そのインセンティブがなくなった時に仕組み全体が破綻してしまう」。
日経BP
技術プロダクツユニット長補佐/技術書籍プロデューサー
中山 秀夫(モデレーター)
住友商事の取り組みについて、中山氏はベイン・アンド・カンパニーの井上氏にコメントを求めた。「住友商事のように、トライアングルをうまく作ることがポイントだと思った。1つ目は経営者など上司が率先して使い、部下を導いていく。2つ目に、現場にちゃんと権限を与えてツールを使ってもらい、現場は現場でAI活用で自発的に業務改善を進めていく。3つ目が、事務局というCoE(センターオブエクセレンス)の役割として、現場の活動を支えるインフラを作ってあげる。ガードレールを敷いてこれはダメですあれはダメです、とすることより、使ってもらうための支援を優先させた。この3つがそろうとAI民主化が進みやすいのではないか」と井上氏は語った。
住友商事は「Copilot Champions」というアンバサダープログラムで当事者意識の醸成を重視した(出所:住友商事)
トップダウンの強制力も必要
パーソルワークスイッチコンサルティングの熊倉氏が言う。「AIを使ってほしいから、まず『この資料を作るのにAIを使ったの?』と部下に聞くようにするのもいいのではないか。トップダウン的のようだが、まずは使うようになる。便利だなという実感、あるいは成長の実感を部下などが得られれば、少し強制的であっても活用が進んでいくのではないか」。
一橋大学の小町氏が、住友商事の取り組みについてコメントする。「実は教える側ってものすごく勉強するので、住友商事のChampionsのような制度を作ることで、自発的に勉強が進むようになるのがすごくいいと思った。あと個人的には、ある程度は強制してもいいのかなと思っている」。
そしてこう付け加えた。「教育経済学では、報酬の設計をする時、例えば試験の成績が良かったら報酬をあげるというのはあまり良くなくて、勉強をしたらあげますという方が効果的としている。やっているうちにだんだん問題が解けるようになる。AIエージェントも、使っているうちに新しい仕事の仕方ができるし、指示をするのに業務を理解しないとできないので、自ずと理解の促進につながる」。
最後にモデレーターの中山氏は、「AI民主化は、今後も日本企業の重要なテーマであり続けると思う。今日の議論は役立つはずである」と締めくくった。
現場の暗黙知を形式知に変える。それにはAI民主化が欠かせない。そんな議論をする4人の有識者
2025年9月4日 アーカイブ動画








