AIの基本機能はほぼ出揃った
「プロの仕事」の自動化が加速
電通デジタル CAIO(最高AI責任者)
dentsu Japan主席AIマスター
山本 覚氏
AIのビジネス活用は、ChatGPTが登場した2022年11月に始まった。「AIの基本機能は、ロボティクスを除いてほぼ出揃いました。向こう3年間は、品質の争いになるでしょう」と、電通デジタルCAIOの山本氏は話す。
電通デジタル CAIO(最高AI責任者)
dentsu Japan主席AIマスター
山本 覚氏
電通デジタルの広告生成AIソリューション「∞AI Ads 1&2」は、生成AIとの対話によって広告のクリエイティブを自動生成できる。AIが広告効果を学習し、クリエイティブの改善を提案する。すでに200社以上が導入し、広告効果の平均改善率は150%を超えた。バナー広告の平均制作時間を95%も削減している。
生成AIを用いたデータ分析基盤もある。「TOBIRAS Agent」は、Amazon Marketing Cloud(AMC)に蓄積されたデータの集計と分析を、AIとの対話によって進めることができる。外部データとの掛け合わせやクリエイティブの提案なども安全かつ迅速に実現している。もはや、データサイエンティストがSQL(データベースを操作するための言語)を組む必要はない。
広告レポート作成の自動化も進んでいる。レポート作成の熟練者がPCで作業する様子を動画で撮影し、画面キャプチャーと共に生成AIに学習させることで、一連の作業を自動化した。作業時間を約8分の1に短縮し、月間3000~4000件のレポートを自動生成しているという。
「AIペルソナ」との対話により
新商品のプランを最適化
AIを「壁打ち相手」にして、新商品を企画する仕組みも実用化されている。
「People Model」では、dentsu Japanが過去に多数実施してきた生活者の大規模調査のデータをAIに学習させ、様々なタイプの「AIペルソナ」を自動生成できる。コストと時間をかけて実際にWeb調査をしなくても、AIペルソナを使って仮想的なアンケート調査を迅速に、かつ何度でも試せる。検証用データを使った精度検証では、相関係数が0.47から0.87に向上した。「信用に足る精度で仮想調査が可能になっています」(山本氏)
例えば、「癒やし重視」や「コスパ重視」、「SNS映え重視」といったペルソナを持つ仮想の生活者をAIで自動生成し、1対1で対話するデプスインタビューが可能だ。商品のアイデアやコンセプトをぶつけ、AIペルソナの反応を見ながら、ブラッシュアップしていく。インタビュアーとインタビュイーの両方をAIに演じてもらい、やり取りを観察することもできる。
新しいアイデアを斬新なビジュアルに落とし込むためのAIエージェントもある。「Visual Idea Generator」は、電通グループに所属するプロのクリエイターが持つ「創造的な思考法」を学習している。広告の意図を伝えると、斬新なアイデアでビジュアルを提案してくれる。
「このような個別目的のAIエージェントを統合し、マルチエージェントを作る取り組みも始まっています」(山本氏)
「Planning」「Research」「Creative」「Journey」「Execution」「Experience」「Measurement & Optimization」など、商品企画とマーケティングの各工程を自動化する個別のAIエージェントが実用段階に入り、それらを統合する「統合マーケティングAIエージェント」の開発がスタートした。「8割ほどがプロトタイプでつながり、2025年9月から試験運用に入りました」と山本氏は説明した。
プロのクリエイターの「創造的な思考法」を学習した「Visual Idea Generator」。意図を伝えると飛躍的なアイデアでビジュアルを自動生成する。右はVisual Idea Generatorを使用して生成したもので、左はVisual Idea Generator以外の画像生成AIで生成したもの
AIが物理空間とつながり
「体験」を自動生成へ
電通デジタルは、企業の独自データを活用してチャットAIを生成する「∞AI Chat」を使用し、ユーザー体験型のコンテンツの開発を進めている。
毛髪の専門企業と組んだ「薄毛相談AI」や、出版社と協働した「漫画推薦AI」などの事例を紹介した。「Visual Try-On」は、ファッション系のオンラインショップでユーザー自身のイメージを使った「バーチャル試着」を可能にしている。
今日では、「Gemini」「Claude」「Meta AI」「Alexa+」「ChatGPT」「Perplexity」など、多数の対話型AIプラットフォームが日常的に使われている。かつては「検索エンジンに載らないサイトは無いのと同じ」と言われたが、今日では、AIに引用されないと大きな機会損失につながる。
電通デジタルは生成AIに引用されやすくするGEO(生成エンジン最適化)のコンサルティングサービスを始めているが、さらにその先を見据えている。GEM(Generative Engine Marketing)がそれだ。生成AIに引用してもらうための「対話型広告」である。
世界の主要な生成AIプラットフォームが、企業の対話AIを呼び出す形の新たな広告モデル
その先には、AIと物理空間がつながり、AIが人の体験を自動生成する世界が広がっている。店頭でAIのカウンセリングを受けたり、最適な化粧水を出してもらうような顧客体験が生み出されている。店舗の中を歩いている間に、ユーザーの表情や心音を測定し、最適なPOP動画をその場で生成して見せるような仕組みもある。
シンガポールにある「AWS Innovation Hub」には、顧客が描いた手書きのイラストを3Dモデリングによってその場で商品化できるサービスがある。米国ではAIとつながる「AR(拡張現実)グラス」や「自動運転タクシー」などのサービスが本格化し、AIと物理空間を融合する新たなサービスへの期待も高まる。
プロの仕事を自動化してきた一つひとつのAIエージェントが統合され、ワークフロー全体を自動化しようとしている。それらが物理空間とつながることで、新たな体験を自動生成するようになっていく。物理空間とつながるAIが生み出す体験の可能性は、無限大だ。
「AIが人間を分析し、新たな体験を生み出す時代になります。人間のDNAの奥に刻まれている微妙な心の機微を見抜く能力が、今後の重要テーマになっていくでしょう」と山本氏は述べた。
分科会Discussion Report
人間はAIとどう向き合えばよいのか 社会、ビジネスにおけるAIの在り方とは
「AIと人間」「AIと社会」といった大きな視点に立つと、企業とAIの付き合い方に関する高次な議論が可能になる。本分科会では電通グループからの課題提起のもと、各大学の有識者が集まり、AIの今と未来を議論した。ファシリテーターは日経BP トレンドメディアユニット長補佐 兼 日経エンタテインメント!編集長の吾妻拓。
左から、大阪大学社会技術共創研究センターの工藤郁子氏、実践女子大学の佐倉統氏、dentsu Japanの児玉拓也氏、東京大学インタースペース研究センターの三宅陽一郎氏、日経BP(ファシリテーター)の吾妻拓
AIの使い方
依存と活用の線引きはどこに?
人とAIの共依存関係が進み、未知の事態が起きています。
児玉
「#Keep4o」運動などが話題になりましたが、電通の調査でも「AIの支援がないと、不安で顧客や上司にメールが送れない」という若い人もいるようです。AIがあることが大前提の世の中に、変わりつつある。AIは「道具」だと言う人もいるし、「パートナー」であり共創関係にあると考える人もいますが、AIは人間の外側にあるのではなく、もしかしたらAIを「内包」した、新しい人間像が生まれつつあるのでは・・・とも感じています。
工藤
おもしろいですね。私もAIは人の精神的な支えになりつつあると感じています。世界保健機関(WHO)によれば、アフリカ全体で約85%の人々が専門家不足によって適切なメンタルケアを受けられていないそうです。そうした人々がAIに相談してカウンセリング効果を得ることが期待されます。一方で、米国で16歳の少年がAIとの共依存的なやり取りの末に自殺したと報道されました。閉鎖的な環境でAIに依存することの危険性を示しています。
佐倉
苦手なコミュニケーションを補強する程度ならよいですが、依存と共創には明確な境界線がありません。AIに依存して自殺を招くようなことは今後も起きるかもしれないので、ポジティブな面を強化していく必要があります。
三宅
お互いの顔が見えにくいネット経由のコミュニケーションは、元来、人の感性に合っていません。
人と人のコミュニケーションにAIが潤滑油のように入り込み、秘書的な存在として助けてくれる。ネット上のやり取りはAIを介して行うようになり、生身の人間がぶつかり合う場ではなくなっていくと思います。
3Dゲームでも、ユーザーの知らないところでAIがアバターの動きを助けています。ボタンを1回押すだけで勝手に柵を超えるし、ドアを開けたりもします。人間はすでにAIを身にまとい、能力を拡張し始めているのです。
「仕事やキャリア」から見た
人とAIの関係性とは
AIの活用が進んでいったとき、人間の仕事はどうなるのでしょうか?
児玉
AIにできることが増えていくにしたがって、人間にしかできない価値を求める風潮が起こり、今アニメや映画では「AI不使用宣言」がみられます。
「No AI」の動画につい手が伸びてしまうのは、「ヒューマンタッチ」に人間の本質に根差した価値を感じているからなのでは、と考えています。
三宅
そうですね、AIには「フレーム」という概念があり、決められた範囲内でやる仕事は人より上手です。産業革命から続く分業化により、多くの仕事がAIに置き換えやすくなっています。
ただし、音楽や芸術のような仕事には、まだ人間が創造性を発揮することによるオーラがあると思われています。職人の手作りによる価値を求める人はなくならないでしょう。
佐倉
ファッション業界もそうです。ベースとなるデザインをたくさん生み出すアシスタントの仕事は、AIに置き換わるかもしれません。しかし、例えばジョルジオ・アルマーニ氏のような巨匠が最後に手を加え、ようやく作品は完成します。作家による「ファイナルタッチ」という仕事には、AIに置き換えられない価値があります。
AIに代替される仕事は多いと思いますが、AIとの共創で新たな仕事もたくさん生まれるでしょう。
工藤
今、企業がAIを導入すれば、生産性や業績は短期的に上がるでしょう。だからといって、若年層の新規採用を抑制する事態になれば、組織の年代構成に健全性を失い、将来の持続可能性に禍根を残します。中長期的な視点で考えるべきです。
人とAIの関係性を考慮した
ガバナンスのあるべき姿とは
AIが普及するにつれ、ガバナンスの重要性が高まっています。
児玉
AIガバナンスの課題は、個人のモラルや倫理に依存する部分も大きいと感じています。単一のルールでは十分ではなく、グレーゾーンが大きい。だからこそ、企業は変化し続けるシナリオの中で流動的に考えていく必要があります。
工藤
AI活用とガバナンスのガイドラインを作りたいという企業からの相談が増えています。その中で、チェックリストも作ってほしいとよく頼まれますが、私はお勧めしていません。チェックリストは思考停止を招き、かえってリスクを高めてしまうからです。
法律さえ守っていればよいというのは、誤った見方です。倫理的・社会的な観点から発生する「炎上」こそが、企業にとって大きなリスクだからです。
企業の判断に独自のビジョンや理念が反映されれば、ユーザーの納得感につながり、炎上は起きにくくなります。他方で、効率性や創造性を阻害しないことも大切です。9割方の判断はガイドラインで自動化し、微妙で悩ましい判断に人間は集中しましょうとアドバイスしています。
三宅
企業の立場としては、安全性を100%保証できないものは禁止せざるを得ません。ゲーム業界でも、生成AIの使用には慎重です。
例えば、生成AIが何かの拍子に他者の権利を侵害する内容を入れてしまうとアウトです。生成AIが生み出したものは、必ず人がチェックしてから外に出しています。しかしこの状況も、社会にAIが浸透し、人々がAIに慣れてくれば、変わるかもしれません。
佐倉
AIと人の関係性は、時代と共に変わっていくでしょう。電話や蓄音機など、過去に新技術が登場した時に起きた歴史が参考になると思います。科学技術は短期間に変化しますが、人の感性はあまり変わりません。様々な新技術にも、人は時間が経てば馴染んできました。
AI導入を検討している経営者にメッセージをお願いします。
佐倉
好むと好まざるとにかかわらず、AIを使わないという選択肢はもはやありません。専門家に相談したり、社内で議論を始めるなど、一刻も早く動き、自社らしいAI活用を模索すべきです。
三宅
「人にとってAIとは何か」ばかり考えるだけでなく、逆に「AIにとって人とは何か」を考えることをお勧めします。AI側の期待に思いを馳せれば、AIを味方に付けることができるでしょう。
工藤
一般的な情報を超え、事業ドメインや企業固有の情報を学習させることで、AIの能力は高まります。そのためには、現場で働く社員の協力が必要です。例えば、「AIに仕事を奪われるのではないか」といった現場の不安を和らげる、経営的な工夫が必要です。
児玉
AIと人の関係性は、今後も変化し続けるでしょう。正解はありません。AIを取り入れる社会の中で、人や企業が目指すべき道とは何か。相対的な視点で考えていく必要があります。








