自律的に働くエージェンティックAI
チャットで指示する即時決済が実現
ベイン・アンド・カンパニー
シニア マネージャー
岡 太朗氏
企業のAI活用において、2025年は大きな転換点を迎えている。「エージェンティックAIを活用した先進事例が多数生まれており、すでにビジネスに対する導入効果を創出する段階に入っています」とベイン・アンド・カンパニーの岡氏は語る。ただし、導入効果を最大化するためには外せない開発プロセスがあるという。
ベイン・アンド・カンパニー
シニア マネージャー
岡 太朗氏
同社が支援してきたエージェンティックAIの活用事例は主に、①意思決定の高速化、②顧客体験の刷新、③業務の高度化、④定型業務の代替―といった4類型の組み合わせになる。今回は②③において、開発したソリューションを社内展開して成果を上げている先進事例を紹介した。
エージェンティックAIで顧客体験を刷新したのは、ある金融会社が顧客向けの送金サービスの利便性を高めた事例だ。「WhatsApp」という日本のLINEのようなチャットアプリと、ブラジル中央銀行が開発した常時利用可能な即時決済システム「PIX」を使い、顧客が企業や個人に瞬時に送金できるサービスを実現した。開発のきっかけは、競合他社によるデジタル・バンキング・サービスのシェア拡大に危機感を持ったことだった。
15種類のエージェンティックAIを活用した点が特徴で、従来型のLLM(大規模言語モデル)を使うソリューションと比べて開発費用を15%削減できた。「今後はさらに、顧客の資産管理までのサービス拡張を視野に入れており、その土台となるAIアーキテクチャーとして開発されました」(岡氏)
新しいAI送金サービスでは、顧客がテキストや音声、写真などマルチモーダルな入力によって送金先や金額などを伝えると、AIが最適な送金手段などを自動的に判断して送金を完了する
切れ者マネージャーの思考をAI化
情報分析の作業時間が10分の1に
次に岡氏は、あるEPC(設計・調達・建設)企業がプロジェクト管理業務を刷新した事例を紹介した。プラントやインフラなどの大規模プロジェクトにおいて、EPC企業はエンジニアリング、資材調達、設備施工を一括して請け負う。そのEPC企業は、次のような課題を抱えていた。情報連携の精度が低いために、建設現場とプロジェクトマネージャーの間で情報連携ミスが生じた案件が75%以上あった。プロジェクトマネージャーがその対策として、収集した情報の分析に業務時間の約20%を充てたために業務効率が悪くなっていた。これを解決するために、過去3万件という膨大なプロジェクトを網羅するデータベースをエージェンティックAIが参照して、現在の進行状況を踏まえて取るべきアクションを提案するツールを開発した。
このツールのプラットフォームにも役割が異なる多数のエージェントが格納されており、ユーザーが入力した質問は「オーケストレーション・エージェント」が受け付けて、質問の意図を分析する。その配下にはアクセスできる情報が異なる複数のエージェントがあり、オーケストレーション・エージェントの指示を受けたエージェントが情報を収集する。また、オーケストレーション・エージェントと並列の関係にある「インサイト・エージェント」も同時に発動して、プロジェクトのKPIや定性情報を基に過去の類似プロジェクトを参照して、打つべき挽回策やリスク評価などを出力する。
このようなツールの仕組みは、社内で高い実績を上げているプロジェクトマネージャーの思考プロセスを基に設計した。EPC企業はツールを社内のプロジェクトマネージャー全員に展開し、業務プロセスの効率化だけでなく、個々の業務品質を底上げする効果も生まれた。その結果、「プロジェクトマネージャーは情報分析に充てていた時間を90%以上削減し、決済リスクを低減させる活動に時間を割けるようになりました」(岡氏)
EPC企業の業務工程は複雑であり、多くの関係者が絡むため、個々のプロジェクトの進捗管理の善し悪しが事業全体の成否を決定づける
AIを活かす業務フローを再構築
継続的な改善の仕組み化が重要
ベイン・アンド・カンパニーはこうした導入経験を数多く積み重ねることで、経営改善効果を最大化させる開発アプローチを定型化した。アプローチは4段階で構成され、特に「業務フロー最適化」と「継続的な性能改善の仕組み化」までを見据えた開発が成果最大化の鍵となる。
第1ステップでは開発領域の選定で、ビジネスインパクトや構造化データの有無を踏まえて経営上の優先度を定める。優先順位は唯一解ではなく、金融業の例ではデジタルプレーヤーの脅威を踏まえ、実現可能性よりも戦略的意義を重視した開発を選択する。
第2ステップのユースケース開発では、現場任せにせずにセントラルチームが現場をヒアリングし、業務課題を特定した上で進めることが重要である。
第3ステップのエージェンティックAIソリューション導入における「業務フロー最適化」では、現行プロセスの効率化ではなく、エージェント前提の新たな業務設計が真の効果を生む。設計時の問いは「どの業務をAIで効率化するか」ではなく「人に残すべき業務は何か」である。この「人に残すべき業務」は顧客提供価値の源泉であったり、多くの場合、ガバナンス上、人間の意思決定が必要となる部分になる。
第4ステップの「継続的な性能改善の仕組み化」では、各エージェントの精度維持と継続的な進化を前提にした設計が重要になる。
「世界のリーディングプレーヤーはこの開発アプローチを取り入れることで、AI導入を本格化して成果を出しています。今後、本格導入を検討している企業の参考になれば幸いです」(岡氏)
Interview
生成AI活用による全社改革をリードするベイン・アンド・カンパニーに聞く 全社での生成AI活用を成功に導く「3つの提言」
全社での生成AI活用においては、DX推進とは異なるアプローチが求められる。生成AIの戦略的活用を支援するベイン・アンド・カンパニー。パートナーを務める井上真吾氏に、導入初期と拡大フェーズのポイントについて日経BP 技術プロダクツユニット長補佐 技術書籍プロデューサーの中山秀夫が聞いた。
提言1:現場主導のボトムアップで推し進める
日本企業が全社での生成AI活用を推進する上で、DXとは異なるアプローチや考え方が必要でしょうか?
ベイン・アンド・カンパニーは、戦略コンサルティングファームとして、多くの顧客企業のトップマネジメントとともに全社改革を支援してきました。現在、当社ではAI導入・活用をテーマにしたクライアントからの依頼が急速に拡大しています。トップと現場の両方に寄り添ってきた観点から、全社での生成AI活用においては、DXとは異なるアプローチが必要になると考えています。日本企業の多くは、トップダウンでDXを導入・推進してきました。業務が標準化されていない中で実現するには、それしか方法がなかったとも言えるでしょう。一方で生成AIは、現場主体で自然言語を使って日常業務の効率化を図れます。ボトムアップで進められるのは、DXとの大きな違いの1つです。
全社での生成AI活用では、トップダウンとボトムアップの両方のアプローチが必要ということでしょうか?
そうです。トップダウンが不要ということではありません。生成AI活用に対する従業員の意識は様々です。全社活用という方向性を示して邁進(まいしん)するには、トップのメッセージが欠かせません。また、企業の競争優位につながる領域や、財務インパクトの大きなユースケースの開発は、トップダウンで行う必要があります。
ベイン・アンド・カンパニー パートナー 井上 真吾 氏
提言2:「3要素」の交点となる人材を育てる
ボトムアップ主導では何が課題となりますか?
生成AIを活用して何をするのか。導入に際して絵を描くことが課題となります。課題を解決するには、アイデアを創造し具現化できる新しい人材が必要です。ビジネス(事業や業務を深く理解し、生成AI活用の青写真を描くスキル)、テクノロジー(AIやITに精通し、システムを設計・構築できるスキル)、デザイン(顧客・ユーザーの視点に立ち、アプリケーションのUI・UXを設計できるスキル)の3要素の交点となる人材の育成が求められます。
DXでは、ビジネスや特定の技術などの専門家を集めてチームを組んでいました。これからは3要素を兼ね備えた人材が望ましいのでしょうか?
各領域の専門家を集めたチームも有効だと思います。ポイントは、専門家をつなぐ役割を担う人材の需要が高まるということです。生成AI活用の絵を描くには、3要素の専門的スキルはそれほど高くなくても、それらを理解する力は必要です。初期導入段階やトップダウンで開発する場合には、外部パートナーも活用しながら社内の人材との混成チームを組成し、開発と育成の両方を進めるというアプローチも有効だと思います。
3要素の交点に立つ人材は、ビジネス側とテクノロジー側のどちらの部門にいる人材から育成すべきだとお考えですか?
両方あり得ると思います。方向としては、ビジネス側の人材がテクノロジーを理解する流れになると考えています。母数となる従業員の規模は、ビジネス側が圧倒的に多いからです。またテクノロジーにおいて、プログラミングなど生成AIによって代替され得る業務が拡大傾向にあるため、専門知識よりも「技術をどう活用するか」に軸足が移ります。これはビジネスパーソンにとって、自身のキャリア設計における重要な要素となります。生成AIやデザインを理解できる人材は、社内外で存在価値が高まると思います。
提言3:全社展開を支える組織・仕組みを整える
全社生成AI活用における拡大フェーズの課題について教えてください。
全社に生成AI活用を広げる際に、ボトムアップはスタートラインとしては有効だと思います。懸念されるのは「PoC(概念実証)祭り」の状態に陥ることです。様々なユースケースが出てきて盛り上がるけれど、祭りの後には何も残っていない。それを回避するには、成功モデルを抽出・管理し、必要な時に必要な人が必要なものをすぐに使える、マーケットプレイス的な仕組みをつくることが大切です。また、インセンティブ設計など制度面の整備も必要となります。
拡大フェーズに向けた組織づくりのポイントをお聞かせください。
全社展開では、ユーザー、活用支援、インフラ整備の3つが柱となります。ユーザーは課題を持つ当事者です。課題解決に向けてAIエージェントを開発するのが、3要素の交点となる人材です。インフラ整備では、部門横断で安心安全に利用できる環境をつくります。データ整備、マーケットプレイス的仕組みの構築、AIエージェントの運用などIT部門が重要な役割を担います。セキュリティやガバナンスを司る部門の協力も必要です。3つの柱を連携させながら進めることが、全社展開の要諦となります。また、全社展開に向けた専門組織としてCoE(センター・オブ・エクセレンス)を設置する企業もあります。さらに、部署ごとに生成AIの取り組み推進や情報をとりまとめるアンバサダーを置くケースも増えています。全社展開を図る上で、本社組織のCoEは現場から距離が遠くなる傾向にあるため、より現場に近いアンバサダー的な役割は有効に機能すると思います。
全社で生成AIを活用するには、従業員のマインドチェンジも必要です。打ち手はありますか?
当社で生成AIの活用を始めた当初、若手社員の間で「リサーチに生成AIを使うのは安易に過ぎるのではないか」という認識がありました。自分で汗をかいて探すことに価値があるという固定観念によるものです。解決策として、メンバーが調査レポートを提出する際、自分も含めて、リーダーから「最初に生成AIに聞いたのか」と声をかけるようにしました。「AIが事実と異なる情報を伝えるハルシネーションの確認も行った上で、生成AIの回答に対し、自分の考察に基づく付加価値を盛り込んだものを提示してほしい」と伝えると、利用するのが当たり前という文化になっていきました。リーダーが率先して利用する姿勢を示したり、メッセージを出すことは、メンバーの背中を押す力になると思います。このように、全社での生成AI導入を成功させるには、人材の育成に加えて、組織全体での利用を促す仕組みや文化の醸成が鍵になります。








