日経ビジネスオンラインスペシャル

COLUMN2020.10.13

《腕時計》僕の履歴書 - 時計ジャーナリスト 広田 雅将

第8回 人生色々あるのだから、時計ぐらい好きなものを着けたい

世の中には二通りの人間が存在する。腕時計を愛する人と、そうでない人だ。どちらが優れているとか、どちらが正しいとか、そういうことは断言できないけれど、前者に関していえば、多くの場合、腕時計との幸福な出会いがあり、長い時間をともに過ごすことによってその愛を育んできたのだと思う。この連載では、そうした腕時計を愛する人にご登場いただき、その腕時計遍歴とともに人生をふりかえる。まず最初の「履歴書」は、日本を代表する時計ジャーナリストのひとりで、現在、高級時計専門誌『クロノス日本版』の編集長を務める広田雅将さん。腕時計に魅入られたその数奇な人生とは。


これまで7回にわたって、時計とそれにまつわるささやかな話を書かせていただいた。筆者は時計に会えて幸せだったと思っているし、これを生業にできたのは、いっそう幸せだった。最終回では、この連載を通して考えたこと、筆者の仕事に対する思いを書いてみようと思う。

時計を趣味にして30年以上、仕事としては16年近くになる。下手ながら続けた結果、仕事も趣味も、根っこは同じと思うようになった。どんな仕事も趣味も本物で、偽物はひとつもない。しかし、必ずしも「その人にとっての」本物とは限らない。見分け方はシンプルで、続けるほど関わる人が増え、楽しくなるのが本物。一方、人が減り、辛くなるのは偽物だ。出会った物やことが、その人にとっての本物でなければ、本物を探すか、本物にすればいいと思う。そのためには、楽をするのではなく、いっそう楽しむこと。

F.P.ジュルヌ トゥールビヨン・スヴラン
F.P.ジュルヌ トゥールビヨン・スヴランは、ジュルヌの作り上げたトゥールビヨンの金字塔。定力装置であるルモントワールを載せることで、長期間安定した精度を誇る。

時計を生業にした筆者は、何人もの人にお世話になった。ただ、フランソワ=ポール・ジュルヌという時計師に出会っていなければ、今の仕事を続けたかは疑わしく思う。アンティークウォッチで育った筆者は、どうしても、過去の物のほうが現行品より良いという印象をぬぐえなかった。時計の記事についても同様だ。しかし、ジュルヌの作品を見て、今のクリエーターも過去を超えられるし、自分の仕事もやがてそうなるかもしれない、と思えたのである。ブレゲを見るジュルヌは、偉大なジャーナリストであるギズベルト・L・ブルーナーや、クリスチャン・ファイファーベリを仰ぎ見る筆者と同じかもしれない。

ジュルヌという時計師は極端に気むずかしくて、的外れな質問をするとまったく答えてくれなかった。しかも、10年間まったく名前を覚えてくれなかったのである。そうすると勉強するしかない。ライターの仕事を始めたとき、筆者はある方に「奇抜な格好でアピールしろ」というアドバイスを受けたが、むしろ、仕事の中身で記憶して欲しかったのである。そのジュルヌは、ちょっと前にサインをくれ、そこで筆者を褒めてくれた。誰に褒められようがどうでもいいが、長らく名前を覚えてくれなかったこと思うと少し嬉しい。

2015年にジュルヌさんにもらったサイン
2015年にジュルヌさんにもらったサイン。フランス語の分かる人曰く、賛辞とのこと。仕事でやっているだけだが、褒められたのは素直に嬉しい。

それともうひとつ、昔から好きだったIWCがなかったら、筆者は時計趣味そのものをやめたかもしれない。地味で手堅く、しかも良質なIWCは、かつて手堅い勤め人だった筆者にとっては、永遠の定番である。最近のIWCはずいぶん垢抜けたが、それでも生真面目なところはなにひとつ変わっていない。あのダサかったIWCが、こんなにオシャレになりやがってとは思うが、変化したからこそ、IWCは今なお続いている。筆者のように、昔オシャレを目指し、年を取って堕落したなら救いはないが、逆だからいい。変わり続けるからこそ、人も、ものも、事業も残るのである。

かつて筆者は良い時計を持とうと努めてきたが、時計を生業にし、良い時計を見続けた結果、それ自体には何の意味もないことに気づいた。この連載で以前に書いたとおり、仕事として、時計の良しあしを語るのは大切だ。好き嫌いを語っても人様からお金はいただけないのである。しかし、本当に大切なのは、人が思う良い時計ではなく、自分にとっての好きな時計を探すこと、ではないだろうか。人生と同じで、良い時計と好きな時計は、似ているようでまったく違う。いい物を踏まえた上で、好きな物を追い求めるのはいいが、良い物を好きな物と思い込む努力は、やがて破綻するだろう。「良い人生」とやらを諦めた筆者が言うのだから多少は説得力がある、と思いたい。

良い時計を追求すると、しばしば人はブランドの下僕になってしまう。人を心酔させるブランドというのは大したものだが、人が時計を着けるのであって、時計に着けられたら、人はおしまいだろう。偉大な時計や偉大なメーカーは多いが、それを着けるあなたにははるかに及ばない。そう錯覚しているからこそ、筆者は持ったこともない数千万円の時計を、ああでもないこうでもないと言えるのである。

さらにいうと、時計というものは、なくてもかまわないものだ。これで食っている筆者は困るが、そもそもは不要な物だ。ただ、人生嫌なことが色々あるのだから、自分の時間を確認する時計ぐらいは、好きなものを着けたらどうですか、と思っている。どうせ誰も褒めてくれないのだから、気分の盛り上がる時計で、自分の生きている時間を確認するのは、賢い「ライフハック」になるんじゃないか。しかも、良くできた時計は、それこそ一生使えるのである。

時計を見るたびに、昔はあんなことがあった、と思い出せるのは、きっと素敵な作業になるんじゃないか。本連載とは、まさにその作業だったし、それはあなたの作業でもあるだろう。そのためには、良い時計ではなく、自分の好きな時計を探してみること。これが趣味として仕事として、時計に向き合ってきた筆者の時計に対する思いだ。好きな時計で、自分の人生を確認できたら、どんなに素晴らしいことか!

広田 雅将(ひろた・まさゆき)

広田 雅将(ひろた・まさゆき)

1974年、大阪生まれ。時計ジャーナリスト。大学卒業後、外資系メーカーなどでサラリーマンとして働くが、時計ジャーナリズムを生業にすることを目指し退社。キャバクラの客引きなどをしながら糊口を凌ぎつつ、執筆を始める。2017年より高級時計専門誌『クロノス日本版』編集長。ドイツの時計賞「ウォッチスターズ」審査員でもある。趣味は温泉。

イラスト=榎本直哉

《腕時計》僕の履歴書
時計ジャーナリスト 広田 雅将
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