【講評】日経BP Marketing Awards 2019

講評

審査委員長講評

写真:井上 哲浩

井上 哲浩慶應義塾大学ビジネス・スクール教授

日経BP Marketing Awards 2019
「伝わりにくい」時代の
「伝わっている」マーケティング

 「伝わりにくい」世の中になった感をいなめない。日々の授業や、貴重な機会である講演などにおいて、この伝わりにくさを日々痛感している。情報過負荷は、一つの要因として考えることができるであろう。多様なデバイスが普及し、多様なプラットフォームが普及し、情報量豊かなコンテンツを、我々は日々享受することができる一方で、その豊かな情報量により我々の情報処理能力を超えた情報量を受動している情報過負荷状態から、この伝わりにくさが生じている。第5回(2019年)日経BP Marketing Awardsは、真逆の「伝わっている」感が満載の審査であった。

 グランプリを受賞した兵神装備の広告は、秀逸であった。何かを評価する際、新規性、特に技術的先駆性を求めてしまう傾向が一般的にあると考えられるが、毎年行われてきたAwards審査でも、私は明確に認識することなくその傾向を採用していたかもしれない。しかし今年の審査において、広告主から、他の審査委員から、裏切らないことの重要性、裏切らないからこその伝達力を教授いただいた気がする。

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 「伝わっている」ためには、適切なメディア選定、クリエーティブ技術、メッセージ選定、そしてターゲット特定化など、さまざまな側面が重要である。漫画広告がグランプリを受賞する、ということで他の雑誌社のAwardsかと思われた方もいるかもしれないが、むしろこのグランプリ広告こそ、重要な諸側面が熟考された「伝わっている」マーケティング戦略であり、我々に豊かな示唆を提供していると確信している。形式的な物語マーケティング戦略ではなく、ついつい見てしまうように入念にデザインされたクリエーティブであり、難しいメッセージが共有されるよう表現され、適切なビークル選定が行われている。まさに戦略成果を求められる今日において重要なマーケティング戦略の統合性を、具現化したコミュニケーションである。

 マーケティング戦略成果視点からのコミュニケーションの重要性を、ストラテジック部門において最優秀賞1点、優秀賞4点の計5点という数からも垣間見ることができる。ある修士論文において、航空業界の知覚品質、顧客満足やロイヤルティーを検証する研究を指導する機会があり、日本航空の知覚品質に関して、機内Wi-Fi、シートスペースなどが高く理解され評価されていることに驚愕した。この機会の後に、Awardsの審査会があり、最優秀賞を日本航空が受賞したことに改めて同社の戦略成果の素晴らしさを確信した次第である。

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 戦略成果を高めるためには、マーケティングROIなどの戦略技術や、DMP、インフォグラフィックなどのコミュニケーション技術も重要である。マーケティング関連データの充実に伴い、この種の技術がマーケティング戦略構築において、重視されている傾向にあるといえよう。技術的に強い風でコートを脱がせることもできるが、楽しさや意外な面白さから体を温めてコートを脱がせることもできよう。幼少時代、電子ブロックで遊んだ楽しさを、SUSの「からくり教材」は思い出させてくれた。使いたいけど使いたくなかった公衆便所という先入観から私を解放し意外性を伝えてくれたのがTOTOの「パブリックトイレ」であった。「北風と太陽」とは異なり、両方コートを脱がせることができる。むしろ「伝わっている」ためには、両側面が重要であることを改めて認識するクリエーティブ部門であった。

 追記、冒頭で、外生要因である情報過負荷を述べて、伝わりにくい問題を外的に帰属させてしまったが、本来は内的要因である自分の伝達能力の低さが問題である。この問題がひしひしと伝わった、猛省する機会となったAwards審査会であった。

井上 哲浩(いのうえ・あきひろ)

慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
1987年関西学院大学商学部卒業。89年同大学大学院商学研究科博士課程前期課程修了。92年同後期課程単位取得中退後、96年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で経営学博士号取得。関西学院大学商学部専任講師、助教授、教授を経て2006年から現職。専門はマーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス、マーケティング・コミュニケーション・マネジメント ◇主な著書『小売マーケティング研究のニューフロンティア』(共編著、関西学院大学出版会)2015、『マーケティング』(共著、有斐閣)2010、『戦略的データマイニング-アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP)2008 他

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