カマキリとテントウムシで無農薬レモンを作る!?

日本農業賞・大賞に輝いた「地域特産物の作り方」とは

「語る力」の大切さ

 一般に地域ブランドを作ろうとする場合、一人の生産者が単独で切り盛りすることは難しい。成功例は、ある程度規模の大きな団体や法人が中心となっていることが多い。

 なぜ河合さんは個人経営の生産者として、大きな動きを作れたのだろうか……。残念ながら、こうすればできるというような単純な答えはない。プロジェクトがスタートする前の段階で、無農薬レモンで河合果樹園の名前は広く知られるようになっていた。つまりブランディングはできていたことは一つの素地になるだろう。それでもさらに「成功のカギは?」と聞くと、河合さんからは「とにかく深掘りしていくことです」という答えが返ってきた。

 「例えば、初恋レモンプロジェクトは、昨年末から新しいステージに入りましたが、11年目からはメンバーの皆さんにセリングポイントをどれだけ言えるか。つまり、レモンのいいところを100見つけましょうという訓練をしています。実際にやってみると、いいところを100見つけるのは至難の業です。このためにはレモンについて深く知らなくてはなりません。栽培やレモンの木、葉、花などレモンそのものを徹底的に深掘りしていく。それだけではなく歴史や文学など周辺の話についても知っている必要があります。不思議なことにこうやって深掘りしていくと、いろいろなものにつながっていく。私は、最近ではレモンについて深掘りの余地が少なくなってきたので、初恋の部分を深掘りしています」と河合さん。今では、島崎藤村の「初恋」の詩や俳句などで初恋や恋心についての深掘りを続けているという。

 つまりは、河合さんがプロジェクトを成功に導いている理由は、プロジェクトの中核にある無農薬レモンのことを様々な面から徹底的に深掘りし、そこで得られた知見や情報を周囲に対して熱く語っていくことにほかならない。情報の「深掘り」と「語る力」、そして周囲との密なコミュニケーション。この3つが河合さんのプロジェクト運営の要諦と言っていいだろう。

 実際、河合さんの情報発信力は実に高い。レモンについても、他に手掛けている柑橘類にしても、何かを聞けば即座に的確な答えが戻ってくる。話題も途切れることがない。こうした「語る力」もレモンについての「深掘り」がベースにあるからと納得できる。

 河合さんに対するプロジェクトメンバーの信頼は絶大なものがある。主要メンバーの一人、ホテルアークリッシュ豊橋で総料理長を務める今里武(いまざとたけし)さんもその一人。「河合さんが語ってくださることは、僕らの武器になるんです」と今里さん。

「初恋レモンプロジェクト」の主要メンバーの一人、ホテルアークリッシュ豊橋で総料理長を務める今里武さんは、レストランの料理に使う素材について「うちは地産地消のコンセプトでやっていますが、それは他のホテルでもやっていることです。素材に生産者の飛び抜けたこだわりがあれば、お客様のへの説得力と付加価値が生まれる。河合さんのレモンにはそれがあります」と語る。(写真:高山和良)

 今里さんは河合さんとのコミュケーションの中で得た無農薬レモンについての知識を自分の中に深く落とし込む。そして、料理の形で表現する。出来上がった料理は、単なる地産地消の食材を使った美味しい料理ではない。そこには何かプラスアルファの価値が加わっている。

 「われわれのホテルのレストランでは、お客様にとって美味しい料理を出すのは当たり前です。しかし今はネット社会。お客様は素材についていろいろな情報を知っています。われわれはそこに上乗せして何かを伝えていかないといけない。作り手もサービスの人間もお客様にそれを伝える責任と義務があります」と今里さんの目は真剣だ。

 河合さんとのコミュニケーションからは、次々と新しいメニューも生まれている。河合さんからの提案を受け、今里さんはレモンの葉を使った料理やレモンの花のつぼみを使った料理など、新しいメニューを開発している。

河合さんが今里さんに食材として提案したレモンの花のつぼみ(左)と、その提案を受けて今里さんが作ったピクルス。これまでにないピクルスが出来たと今里さんは言う。(写真:高山和良)
[画像のクリックで拡大表示]