2020.10.30
文=中城邦子


1,741分の1,500。
全国の市町村1,741のうち、鳥獣による農作物被害が認められる市町村数は約1,500(『鳥獣被害の現状と対策』令和2年9月農林水産省より)とされている。85%以上の市町村が抱える課題に、今、熊本モデルとして注目されているのが、「くまもと☆農家ハンター」の活動だ。
代表の宮川将人さんは、熊本県宇城市三角町で三代続く花き農家。イノシシ被害に本格的に向き合うことを決めたのは、2016年2月に聞いたミカン農家のおばちゃんのひと言だった。路地物のデコポンが本格的な収穫期を迎えた矢先、ひと晩にしてデコポンをイノシシに食べられ、「何のために作っているのかわからんようになった。もう農業をやめよう思うとたい」という嘆きを聞いたのだ。
調べてみると、猟師の数は半減しているのに、イノシシの数は倍増している。農業被害だけでなく、イノシシと車の接触事故もたびたび起きていた。
「このまま何もしなかったら、離農はさらに進み、集落自体が崩壊する」と危機感を抱いた宮川さんは、熊本県が開催した「くまもと農業経営塾」をともに受講した仲間に呼びかけ、1泊2日の「イノシシを考える農家合宿」を行ったのだ。
集まった若い農家25人は、被害の状況を共有し行き着いた答えは、行政やハンター頼みの駆除ではなく、「災害から地域を守る消防団のように、自分たちで地域と畑を守る活動」を始めることだった。
2018年度の日本全体の鳥獣被害額は158億円。ピーク時の239億円(2010年度)に比べ、数字の上では減っている。が、「イノシシやシカが減っているわけではなく、“あきらめて農家をやめた畑”と“鉄の壁で囲った畑”の分だけ被害が減っただけ。頭数が減少したわけではありません」と宮川さん。実際、環境省の推定によると1989年~2017年の29年間で、イノシシは約3.5倍、シカは約9倍に増えている。
なぜ、それほど増えてしまったのか。
温暖化が進み、雪や霜に覆われることなく飢えずに幼獣も冬を越せる。一方、狩猟免許を持つハンターは高齢化し大きく減少。しかもハンターの狩猟免許では狩猟期しか駆除できない。
増えるイノシシの被害に農業をあきらめ耕作放棄地が増え、畑の農作物残滓がイノシシのエサとなり、さらに頭数が増えるというマイナスのスパイラルを生んでいる。
しかし、被害の実態は必ずしも理解されていない。
「脅威を実感しているのは、そこに住んでいる人たちだけです」という。以前、宮川さんは東京の雑誌社の編集長に、「住みづらいなら空き家も増えていることだし、平地にきて耕せばいいだけなんじゃないの」と言われたことがあるという。しかし、「傷みが早い軟弱野菜や旬の果物の多くは、農業を機械化できない中山間地域で作られています。大規模農園のような経営ができない地域が、手のかかる野菜や季節の果樹などで日本の食の多様性を支えている。その中山間地域で最大の課題が、鳥獣被害なのです」
「イノシシを考える農家合宿」に集まったメンバー25人で、「一人の百歩より、百人の一歩。みんなで考えて、みんなでやろう」とスタートした「くまもと☆農家ハンター」の活動だが、当初の結果は惨憺たるもの。三角地区に20基の箱わなを設置したが、8カ月で1頭も捕獲できなかった。
「彼らは野生でずっと絶滅せずに生きてきている。頭がいい動物です。わなを分かっていて、近くまで来て見ていますし、猪突猛進と言いますが後ずさりもする。箱わなをただ置いておけば捕獲できると思っていた僕らが馬鹿だったのです」
そこで地元の猟友会、三角支部長の山本哲彦さんに、現場の見方や箱わなの設置の仕方、捕獲などの技術的な指導を仰いで現場研修を行い、イノシシの生態について大学の研究者から学んだ。そうした技術や知見はマニュアル化し、クラウド上でメンバーに共有した。
活動を続けるために常に心掛けてきたのは、農業と両立できるようにすることだ。全員が現役の若手農家。それだけに頻繁に捕獲状況を確認に行ったり捕獲に長時間を割いたりすることはできない。企業の助力を得て、クラウド上で情報管理ができるシステムを開発した。箱わなに通信機能付きのセンサーカメラを設置して、野生動物が接近すると自動撮影、リアルタイムで状況を把握し、AIでイノシシだけを判別してメールで一斉に通知が届くのだ
取材したこの日も、3基の箱わなにイノシシが捕獲されていた。通知がメンバーのスマートホンに届き、該当する箱わなのポイントが地図上で示される。私たちが山本さんらの案内で向かったのは、3基のうちの1つ、里山を走る車道からわずか50mほど中に入った薮の中。体重50kgほどのイノシシが捕獲されていた。
