




もちろん多くの現場で混乱がありました。公営の農場で働いていた人たちが、ある日突然、零細ながらも農園の経営者になれ、といわれたわけですから。同時に政府のサービスはほぼ打ち切られてしまいました。
各国政府はどう対応したんですか?
当初は手が打たれませんでした。というのも、まず、民営化して市場原理が働けば、放っておいてもうまくいくようになるだろう、という、実際にはうまくいかなかった安易な読みが、農業の民営化を薦めた先進国のドナーの側にありました。それに輪をかけて、農業の民営化路線がうまくいかないことがわかったときに、アフリカ諸国の政府が、改めて農民に技術供与を行うなどの手段を講じませんでした。
うまくいかなくなったとき、先進国のフォローはなかったのですか?
アフリカに国際協力をしてきた先進国も、特に穀物分野に関していうと積極的に動かなかったんですね。アメリカなどにとっては、穀物は自分たちの主要な輸出産品ですし、アフリカに近いヨーロッパでは自国の農業の保護が重視され、アフリカの農業分野の強化に関しては熱心でなかった。
そんな理由も背景にありました。結果として、ほったらかしに近い状態に陥ったのです。日本は長期間にわたってアフリカの農業に対して人的な投資や技術支援を行っていましたが、むしろそちらのほうが例外的でした。
けれども2008年、様相ががらりと変わります。
2008年に何があったんですか?
穀物価格の高騰です。
思い出しました。2008年、小麦、米、トウモロコシ、大豆などの価格が史上最高値をつけ、世界中で穀物の争奪戦が起きました。アフリカをはじめ、途上国の多くでは食料不足による暴動も多発しました。それまでは、世界の食料価格は下落の一途を辿っていましたね。ところが、投機資金がシカゴの先物市場に流れ込んだり、ロシアで小麦が不作だったりといった状況がありました。穀類の需給が一気に逼迫し始めました。なぜこの年に危機が勃発したのでしょう?
穀物の需給体制に関する複数の問題が、2007年から2008年にかけて重なった、という側面があります。まず、アフリカをはじめとする世界人口の増加があり、同時に食生活の変化により穀物の消費が一段と増加する傾向が顕著になってきました。また、たびたび起きていることですが、天候不順で主食たる穀物の生産が落ち込む地域がありました。
さらに、穀物がバイオエタノールの原料として、つまりエネルギーの原料として注目を浴び、そちらでの需要が急増したために食料用の供給が減ってしまった。その上、穀物は金融商品でもありますから、投資対象としてその価格が乱高下しやすかった……。
となると、アフリカのように穀物の自給体制が確立しておらず、かつ外貨を潤沢に用意できない途上国は、こうした穀物の高騰の影響を直接受けてしまいます。
食糧価格高騰以前の2003年に開かれたAUサミット(アフリカ連合首脳会議)では、アフリカ各国の首脳が、これまで農業を軽視してきたことを反省し、これからは財政支出の10%以上を農業へ費やそうという宣言、いわゆるマプト宣言を出していたのですが、実際にはその宣言は実行されずにいました。
けれども2008年の穀物価格の高騰とその結果として、世界各地で社会不安が起きたことを受けて、アフリカも先進国もようやく動き始めました。これから経済的にも人口面でも成長するアフリカが穀物の自給体制を確立しないと、世界中が穀物不足によるさまざまな問題の影響を受ける。ならば、アフリカにもっとちゃんとした農業を成立させなければならない、ということを。
アフリカと世界の穀物危機に、日本はどう対応したんですか?