【講評】日経BP Marketing Awards 2018

講評

審査委員長講評

写真:井上 哲浩

井上 哲浩慶應義塾大学ビジネス・スクール教授

日経BP Marketing Awards 2018
成功するマーケティング戦略の本質は「同化」

 ジョイントメディアにとって、コンテンツ・マーケティング、DMP、インフォグラフィックなど近年のICTベースのマーケティング・コミュニケーション技術の進展は好機会である。しかし、情報処理アルゴリズムにおける情報工学系の機械学習や、統計学系のフィッシャーあるいはベイズなどの、マーケティング・コミュニケーション技術への適用は思いのほか少なかった印象を受けた。たとえばDMPを活用して、ターゲット・オーディエンスの予測を機械学習し、ベイズ統計学により得られる事後分布にもとづきコンテンツや表現をさらに精緻化する、といったことは、すぐにでも実行可能である。2018年には出現することを予想しつつ、期待している。

定型になりがちな「周年企画」を
打ち破ったグランプリ作品

 辛口評価を冒頭で述べてしまったが、審査委員と一緒に検討させていただいた34作品は、いずれも秀作であり、印象深い審査となった。マーケティングROIが重要である昨今、これを研究テーマの一つとしている私は、さまざまなことで普段は辛口である。すべての作品に秀逸性を感じた、これは本音である。

 グランプリのパナソニック「Creative ! 」キャンペーンを研究室で審査している際、驚愕した。毎号「日経ビジネス」で見開き広告に接触していたが、紙媒体とWebのジョイントメディアという全容に触れた際、そのマーケティング戦略の秀逸さに驚愕したのだ。ややもすれば、「周年企画」は定型になりがちである。それを打ち破ったのが、このグランプリ作品である。

 2018年3月7日にパナソニックが創業100周年を迎えたことは、日本経済新聞をはじめ多くのメディアで取り上げられた。日本を代表する企業の一つの100周年を肯定的に捉えた記事もあれば、先立ち米ラスベガスで開催された国際家電見本市「CES」での展示内容に触れつつ、家電離れを述べた記事などやや批判的な記事もあった。しかしながら、私はこの「Creative!」で感じた印象は真逆であり、次の100年に向けてのパナソニック家電の新たなマーケティング戦略の一歩を感じるものであった。

マーケティング・コミュニケーション技術にも同化の作用

写真

 マーケティングROIにおいて、効果や効率を高めるために多くのマーケティング・ナレッジが活用される。適切な標的セグメントの識別や素晴らしいクリエーティブといったオーソドックスなものから、ICTベースのマーケティング・コミュニケーション技術まで多様なナレッジが活用される。これらに加えて大切なことは、戦略が成功するための本質である顧客と企業の同化である。企業視点の価値が強調され過ぎれば押しつけになり、成功しづらくなる。企業の立ち位置や目線ではなく、企業が顧客と同化し、顧客そのもののようになることが重要である。「つくっているのは、時間。」「空気を洗う。」など、一連の「Creative!」で、マーケティング戦略を自然に感じ取ることができたのは、この戦略的同化があるからである。

 競争が激しくなり、経営資源の有限性が高まる中、マーケティングROIは、マーケティング戦略上、今後も重要であることは間違いない。I(投資)の主体である企業は、R(収益)を売上や利益としてのみ捉え戦略構築するのではなく、Rの源泉である顧客と同化し、価値を共有して戦略構築しなければ、成功する戦略を策定することは困難であろう。冒頭で述べた、コンテンツ・マーケティング、DMP、インフォグラフィックなどのICTベースのマーケティング・コミュニケーション技術も、戦略含意を同化する作用をもつことは明らかである。

 クリエーティブ部門最優秀賞のパーソルキャリア、そして優秀賞のソニーマーケティングやレノボ・ジャパン、ストラテジック部門最優秀賞のリンナイ、そして優秀賞のABBやJAグループ、専門媒体特別賞のマルホ、ナショナル ジオグラフィック日本版広告賞のキヤノンマーケティングジャパンの受賞作品を改めて考察すると、この点を確認することができるのではないだろうか。成功するマーケティング戦略の本質としての、同化の重要性に気づくことができた素晴らしい機会であった。

井上 哲浩(いのうえ・あきひろ)

慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
1987年関西学院大学商学部卒業。89年同大学大学院商学研究科博士課程前期課程修了。92年同後期課程単位取得中退後、96年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で経営学博士号取得。関西学院大学商学部専任講師、助教授、教授を経て2006年から現職。専門はマーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス、マーケティング・コミュニケーション・マネジメント ◇主な著書『小売マーケティング研究のニューフロンティア』(共編著、関西学院大学出版会)2015、『マーケティング』(共著、有斐閣)2010、『戦略的データマイニング-アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP社)2008 他

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