スマートハウスで労働環境を改善したJAかいふ

多様化する新規就農者支援の取り組み

新規就農者に対する支援のあり方が多様化している。徳島県のかいふ農協(JAかいふ)では、「次世代スマートハウス」の導入によって農業の重労働から解放する取り組みを推進。名産品のきゅうりの栽培で生計を立てながらプライベートも充実させる「半農半X(エックス)」という新しい生き方を求める若い世代に受けている。最近では、新規就農者の経営を下支えする新しい動きも出てきているようだ。新規就農支援の主な動きをまとめてみた。

JAかいふと明治大学,スマートハウスで働くみなさん(写真:千葉 大輔)

 徳島県にある海部郡は高知県との県境近くにあり、温暖な気候と美しい海という自然の条件に恵まれた農業の盛んな地域だ。全国の多く地方の例に漏れず高齢化が悩みの種だったが、近年、町に若者の姿が見られるようになった。

 地域を賑わせ始めている彼らが手がけているのはきゅうりの栽培。もともと面積当たりの収穫量で全国2位を誇る海部地域の名産品だったが、県、郡内の町、JAかいふの3者が連携して収量を増やす「きゅうりタウン構想」が功を奏し、就農支援を受けながら栽培を手がける若手が増えているのだ。

(写真:千葉 大輔)

 若い就農者の多くは地元出身者だが、首都圏から移り住む人もいる。ある女性は埼玉県から移住し、海部郡で暮らし始めた。その理由は「好きなサーフィンが毎日できるから」。同郡にある海陽町は、毎年全国大会が開催されるサーフィンのメッカなのだ。移住者の約半分は、サーフィンのできる生活を夢見て海部にやってくる。しばらくは集中してきゅうりの栽培を学び、生活が安定した後はサーフィンと農業を両立させた生活を送るのが目標だ。

「スリッパで農作業」を実現するテクノロジー

 きゅうりの栽培の仕事は、「きつい」「危険」「汚い」の3Kのイメージが強い。栽培ハウスの中は暑く、足元が土で汚れるため長靴が必須。そのうえ重労働という環境に、若者離れが進み、農家は深刻な後継者不足に悩まされるようになった。

 状況を改善しようと「きゅうりタウン構想」が打ち出されたのが2015年。当時、海部郡内にある三つの町のきゅうりの栽培面積は5ヘクタールで、10アール当たりの収量は約20トンだった。目標は、10年で栽培面積を倍の10ヘクタールに、収量を30トンにすることだ。生産を効率化すると同時に、労働環境を改善し、栽培の担い手となる若者を呼び戻す必要がある。そこでは、テクノロジーの活用が鍵を握る。

 そこで導入したのが、次世代スマートハウスと呼ばれる栽培用のハウスだ。養液栽培という栽培法をとり、土を使わずに点滴で液肥と水を制御する。きゅうり栽培では全国でほとんど例がない。高さ6メートル、延床面積約800平方メートルの広々としたつくりで、足元は防水のシートで覆われているため、スリッパやサンダル履きで世話をすることができる。水耕栽培の研究で知られる明治大学農学部と連携して、3棟のハウスを建設し、2016年より実証実験を開始した。

スマートハウスでの作業(写真提供:JAかいふ)
スマートハウス(写真:千葉 大輔)

 快適で作業がしやすいと、就農者からも評判がいい。剪定作業を行う移住者の女性は言う。「天井が高く、立ったまま作業ができますし、温湿度管理もきちんとされているので暑さで気分が悪くなることもありません。土を触ることがないので手や服が汚れることはないし、長靴も必要ありません」。旧来型のビニールハウスでの栽培研修を受けたこともあるが、室内は耐えられないほど暑く、腰をかがめての作業が辛かったと振り返る。

 日本での養液栽培技術はまだ完全に確立されたわけではない。今後の課題は、生産を安定させることだ。土壌栽培と遜色ないレベルまで収穫量を引上げるべく、一年に数回定植し、通年で収穫する栽培法を提案している。

就農のデメリットも正直に伝える

 就農希望者に栽培技術を学んでもらうため、2015年に「海部きゅうり塾」が発足した。10 カ月の就農研修を経て自立するというプログラムで、各種就農支援制度を受けられるなどのサポート体制も整っている。

 塾で教えているのは、栽培のノウハウだけではない。卒業後の就農を手助けするための取り組みも行っている。自立の際にネックになるのが、スマートハウスの建設費用だ。経営的に成立するための必要なハウスの面積は20アールと言われており、建設には5000万円ほどかかる。17年で減価償却する場合、年間費用は300万と高額だ。JAと自治体が一体となって支援した上でハウスをJAの固定資産として所有し、利用者にレンタルすることで、土壌栽培と同レベルの100万円程度で利用できる仕組みを作り上げた。

 農業で生計を立てるというのはどういうことなのか、移住希望者が具体的にイメージできるよう就農後の収入シナリオを描いてみせている。いわば「収入の見える化」だ。20アールのハウスの場合、年間の売上額のめどはおおよそ1500万円。経費は1000万円ほどかかるため、500万円が年間所得の目安になる計算だ。「移住者がこの数字を達成し、安定した就農生活が可能なことを証明できれば、次のステップはこの支援の仕組みを全国に広めることだ」と、当時、JAかいふの営業部長として新規就農者の受け皿づくりに奔走した豊田穂さんは言う。

 今年の3月に卒業した4期生の8人を含み、きゅうり塾の卒業生は合計22人。そのうち14人は県外からの移住者だ。中には、海部に根をおろし、延期して来た結婚式を海部で挙げたという夫婦もいるという。「移住者のみなさんは、海部での生活に馴染んで来ている」と豊田さん。8月にはJAが主体となり運営する4棟のレンタルハウスの提供が始まり、3、4期生の8人が新たにスマートハウスでの栽培を開始する予定だ。

きゅうり塾の修了式(写真提供:JAかいふ)

初期の経営を下支えする消費者の意識変化

 高齢化と首都圏への一極集中が進む中、農業の担い手の全体数は減少している。農林水産省の調査によると新規就農者は年間で約6万人を超えているが(「新規就農者調査」)、その一方で離農する人も多い。新規就農者のうち3割が就農から5年以内に農業を辞めているとの調査結果もある(一般社団法人全国農業会議所調べ)。

 いま若い世代の新規就農を促し、いかに定着させるかがカギになっている。新規就農者に対するアンケート調査によると、就農後の経営面で直面している課題で最も多いのが「所得が少ない」(55.9%)で、次いで「技術の未熟さ」(45.6%)、「設備投資資金の不足」(32.8%)と続く(全国農業会議所「新規就農者の就農実態に関する調査結果ー平成28年度ー」)。

 「技術の未熟さ」をカバーする取り組みとしては、JAかいふの事例のほか、未来開墾ビジネスファームでも紹介した、専用の研修ハウスで営農の基本を学ばせる「JA宮崎中央」の取り組みや、ソフトバンク・テクノロジーなど民間企業3社によるICTを使ったサービスなどが解決のヒントとして挙げられる。

 所得への不安については、国による無利子の貸付制度や青年就農給付金制度といった資金面の支援制度、JAグループによる資金調達や経営計画作成、会計・税務などに至るサポートメニューがそろっている。これらを活用するなどして、経営を軌道に乗せていく必要がある。

 ただ、ここにきて、消費者の意識変化が新規就農者の経営の安定化を後押しする兆しが見えてきた。

 ベンチャー企業のアグリゲートは東京の都心部を中心に青果店を展開している。「旬八青果店」だ。2013年に1号店を都内にオープンしてから、いまでは都内で14店舗を運営するまでになった(2018年8月時点)。店先には、生産者から直接仕入れた「規格外」の農作物も並んでいる。見た目こそ悪いが品質に問題はなく、価格も安いことから売れ行きもいい。

 新鮮で味が良ければ、形を気にせずに購入する消費者が確実に増えている。廃棄するしかなかった野菜を旬八青果店に引き取ってもらうことで、生産者は一定の収入を確保できる。これは新規就農者にとって有力な流通ルートとなる。

旬八青果店の白金台店(写真:編集部)

 同様のケースとして、スマートフォンを通じて消費者が生産者から直接、購入できる「ポケットマルシェ」のサービスもある。ポケットマルシェに出品するのは全国の農家や漁師だ。こちらでも、規格外や少量生産品などの通常の流通に乗りにくい農作物が、生産者と消費者間でダイレクトに取引されている。

 スマートフォンのアプリを操作するだけで購入できる手軽さが、消費者に受けいれられた理由の一つだ。生産者と消費者とがコメントを交わすなど、直接にコミュニケーションできることもサービスの特徴で、新規就農者にとっては農業経営に対する意欲もわいてくるだろう。

 新規就農者にとって規格外の農作物は悩みの種となっている。未熟な技術や天候不順などで生じた規格外の作物を抱えてしまうケースも多く、これまでは廃棄するしかなかった。しかし、いまや消費者側に受け入れる土壌ができつつある。旬八青果店、ポケットマルシェといった新たな流通ルートの存在は、新規就農者の経営が軌道に乗るまでの期間を下支えすることになりそうだ。

就農者を支える取り組みの最近の主な事例
(各社・団体のニュースリリースなどから作成)

 新規就農を支援する動きは多様化しつつある。農業に参入する前に体験プログラムなどによる経験を積むことによって心理的なハードルを下げる試みや、就農後に新たな技術によって負担を軽減するもの、地域ぐるみで経営をサポートする取り組みなどが進められている。

 農業に馴染みのない層に農業の可能性を訴求するには、「わかりやすさ」と「手軽さ」が鍵になりそうだ。個々に継承されて来たベテラン農家の感覚が頼りのノウハウを、体系的な知識として次の世代へ引き継ぐ工夫も重要になる。また、デジタルや最新農業技術の力を借りることによって参加者の裾野も広がる。最近では、民間企業による経営支援サポートも見られる。

 新規就農支援に関する様々なアプローチごとに、最近の代表的な試みをまとめてみた。

【就農ハードルを下げる効果を持つ新技術】
新しい栽培技術などを導入することで高度な熟練の技が不要となり、新規就農するうえでのハードルを下げることができる。最近では以下のような事例がある。

■ジョイント仕立て技術による作業負担の軽減・育成期間の半減
 ジョイント仕立てとは神奈川県農業技術センターが開発した早期成園技術。隣あった樹体を連結することによって、育成期間を半減する。また、枝の方向が一定なため、直線的な導線で剪定作業を行うことができ、熟練技術が不要。群馬県明和町では、同技術を積極的に導入し、新規参入者や若手の育成に力を入れている。ナシ生産者、JA邑楽館林、東部農業事務所、明和町が明和町ナシ産地構造改革協議会を組織し、先導している。

■Z-GIS(所有者や栽培作物、作業記録などのデータ一括管理)
 ドローンやIoTの活用が進む中、集めたデータを地図情報と結びつけてマッピングや分析ができる営農管理システムも開発されている。JA全農は、地理情報システムを使い、圃場の情報・状態を地図上に表示できる「Z-GIS」の運用を2018年4月から開始。情報を一元化することで情報管理の負担が軽減するだけではなく、作業の効率化を図ることができる。情報はクラウド上に保管され、モバイルデバイスからもアクセスすることができる。

【パッケージ化で初期投資の負担を軽減】
農業施設を整えてパッケージで就農者に提供し、初期投資の軽減を図ろうとする例もある。

■ハウス団地構想
 JAやまがたは就農希望者のためにハウスを貸し出す「野菜・果樹ハウス団地構想」のもと、きゅうりなどのハウスを整備し、新規就農者や定年就農者などから栽培の担い手を募集。暖房機などの設備のほか、トラクターや整形機なども利用することができる。栽培に当たっては、営農指導員や生産者が指導にあたり、新たな担い手を育成する。

【後継者のいない農家を新規就農者研修の受け皿に】
高齢化や過疎化などにより廃業する農家が増加する中、新規就農者へ事業継承するための仕組みを提供するサービスもある。

■農家ブリッジプロジェクト
 インターネットを介した地域支援型農業を行うテレファームは新規事業として、廃業・引退予定の農家に新規就農者を送り込む「農家ブリッジプロジェクト」を2017年6月に開始。農家は2年をめどに、農業指導員として同社からの直接雇用の元で指導にあたり、研修者は農地や取引先、技術を引き継ぐ。

【体験移住などの試み】
地方への移住希望者への「入口」も多様化している。

■体験移住の「ファームステイ」で農業を学びながら滞在
 石巻の農場、イシノマキファームは、現地に滞在しながら農業技術を学ぶファームステイのプログラムを提供。参加者は同農場が拠点を置く古民家に滞在し、農家から農業の基礎を学びながら共同生活を送る。短期プログラムは1泊から、長期プログラムは最長1年。プログラム体験後、移住希望者には農家への就職などのマッチングなども行っている。

【民間企業によるマーケティングなどの支援】
民間企業がマーケティング面などの経営支援に乗り出すケースも目立つ。

■ポケットマルシェとマイファームによる経営支援
 ポケットマルシェは2018年3月、農業ビジネススクール「アグリイノベーション大学」を運営するマイファームと連携を発表。ポケットマルシェは、同社のサービス上での新規就農者による販売状況や、ユーザーとのコミュニケーションなどを分析して、その結果をマイファームへ提供する。商品設計支援や勉強会の開催、SNSコミュニティの組成などの試みも行い、新規就農者の販売促進やファン作りを後押しする考えだ。

マイファームとポケットマルシェによる業務提携の内容(資料:ポケットマルシェ)