実は“謎だらけ”だった温州みかん

全ゲノム解読で柑橘類の新品種開発がスピードアップ

 冬の風物詩である「みかん」──いわゆる「温州みかん」は日本人にとって最もポピュラーな果物の一つだ。しかし、古くから親しまれてきたこのみかん、実は“謎の多い果物”でもある。いつ、どんな親品種を掛け合わせて作られたのか、他の柑橘(かんきつ)類とはどんな関係か、ほとんどの実で種がないのはなぜか……など、ハッキリしていないことは多い。今年、そんな謎に光を当てる研究成果が発表された。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が、温州みかんの全ゲノム解読を実現したのだ。同時に、温州みかんを中心とした親子系統がゲノムレベルで再確認され、重要な遺伝子の働きも特定した。芽が出た段階で、DNAの情報から果実の特性を予測する見通しも立ってきた。柑橘類の新品種開発が一気にスピードアップする可能性がある。

静岡市清水区の興津にある農研機構 果樹茶業研究部門で育てられているみかん。敷地内には交配や育種のために様々な柑橘類が植えられている。現在では作られていない稀少な品種も数多く保存されている。(写真:高山和良)

 静岡県静岡市に国内における柑橘類研究の総本山とも言える施設がある。所在地は、駿河湾の西側にある清水港から北東に車で10分ほどの興津という地区。正式名称は「国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 果樹作業研究部門 カンキツ研究領域」という。ここでは、将来有望な柑橘類の新品種を育成しながら、ゲノム情報を使った育種研究を進めている。以下では短く「農研機構」と略称で呼ぶ。

 この農研機構が国立遺伝学研究所と協同で「温州みかんの全ゲノムを解読」と発表したのが今年2月のことになる。同機構では、高度なバイオ技術とコンピューター解析技術を駆使して温州みかんが持つすべてのDNA配列を解読。この過程で、温州みかんの遺伝子といくつかの重要な働きを突き止めた。研究を主導した農研機構 上級研究員の清水徳朗氏は、発表の内容を少し詳しく次の3項目に整理してくれた。

① 温州みかんの全てのDNA配列を解読した。

② その中に約2万9000個の遺伝子があることと、そのうちの約80%の機能を推定すると共に、柑橘類の着色に関わる遺伝子や実の着き方に関わる遺伝子を見出した。

③ 温州みかんを含む5品種の全配列も合わせて解読。「紀州みかん」と紀州みかんの子である「クネンボ」という品種が交雑して温州みかんが生まれたことをゲノムレベルで再確認した。

 ゲノムという言葉は、「一つの生物の遺伝情報のすべて、生物の設計図の総体」を指す。生物の遺伝情報は通常、複数の染色体に収められ、一つひとつの染色体はDNA分子が配列されたものから成っている。このDNA配列の中に膨大な遺伝子が潜み、生物の様々な特性(形質)を形づくる。

新品種開発を一気にスピードアップ!?

 農研機構では、温州みかん以外の他の柑橘類についても全ゲノムを解読しており、これらの情報と系統図、遺伝子解析技術などを元に新品種の開発(育種)や既存品種の改良を目指す「カンキツ育種2.0」の仕組み作りを進めている。これは従来の育種法を大きく変えるもので、柑橘類の開発・改良を一気にスピードアップさせる技術として大きな期待が寄せられている。

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域 ゲノムユニットで今回の研究を主導する清水徳朗上級研究員。(写真:高山和良)

 研究を主導する農研機構 果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域 ゲノムユニット の清水徳朗上級研究員は「新品種を育成するときに、従来は親品種の交配をすることで新しい世代を作る。それを何世代も繰り返すことで徐々に形質(味や果実の重さ、形、柔らかさなどの特性)を変えていくことが従来のセオリーだったのですが、そういうことを全くせず、1世代でガラッと変えられるような、欲しいものを一発で作る一発育種ができるのではないかと考えています」とゲノム技術を駆使した新しい育種法について語る。

 これまでのやり方では、一つの新しい品種を育成するのに「平均で22.8年」(清水氏)というように気の遠くなるような時間がかかっていた。「まず親品種の花が咲いて交配して種を採るまでで1年。種を播いて木を大きくして花が着くまで約6年。その間ただひたすら木のお世話をするだけです。花が咲き、実がついたら甘いとか酸っぱいとか何グラムあるとか、いろいろな評価を通常10年ほど続けます。しかもこれで終わりではありません」と清水氏。

 10年以上かけて選抜し残った候補は苗木として各地に配布される。ここから各地での実地での栽培がスタートする。この段階で収穫した果実は各地の研究者の手に渡り、そこで受け入れられればようやく新しい柑橘品種の誕生ということになる。

 いったん誕生しても、消費者に受け入れられなければその品種は作られなくなり、やがては消えていく。長い年月を費やして育種した挙げ句、新しい品種にならない、長年の苦労がまさに徒労に終わることも珍しくない。新品種の開発に平均で22.8年かかるというのもうなずける。

最新のゲノム技術を取り入れた新しい育種法では、親品種を掛け合わせて作った果実の種から芽を出し、その時点でDNA配列のデータを調べて優良個体を抜き出す。芽生えの段階でも、予測モデルとコンピューター解析によって、どのような果実が出来るかある程度わかる。選抜した個体を実が着くまでの大きな木に育てる必要がないため、新品種開発のスピードが大幅に上がる。最近では「ゲノミックセレクション(GS)」や「ゲノムワイド関連解析(GWAS)といった、大量のDNA情報を数学的・統計学的に解析する技術によって予測の精度が上がり適用の範囲も広がっている。(図提供:農研機構)

 農研機構が今まで開発した新品種には、「デコポン」の名で知られる「不知火」のほか、「清見」「せとか」「はるみ」など、現在も人気がある有力品種がズラリと並ぶが、これらの品種が消費者に受け入れられた歴史の裏には、長年コツコツと積み上げられてきた地道な努力が隠されている。