育て、経営者 自治体が力を入れる農業法人育成

トップマネジメントや女性コースも 埼玉農業経営塾

日本の農業が生き抜き、持続的な成長を続けるには競争力の強化が不可欠だ。農業の経営力向上のため、国や自治体、教育機関などが農業経営者人材育成プログラムを開始している。首都圏で早くから取り組んでいる埼玉農業経営塾について取材した。
埼玉農業経営塾が2018年度に実施した先進事例視察研修(提供:埼玉県)

農業経営力の強化は大きな課題に

 日本の食市場は高齢化の進行や人口減少の本格化により、縮小に向かう可能性が高い。一方世界に目を向けると、人口の増大や各国の経済成長等に伴い、今後も拡大が続くと見込まれている。日本農業の持続的成長や農村の振興には、農業の競争力強化が不可欠な課題となっている。

 なかでも大きな課題の一つが、農業経営力の強化だ。政府が2016年度に策定した「農業競争力強化プログラム」でも、教育システムの確立、農業法人等の育成、次世代を担う人材への投資は重点テーマとされている。

埼玉県農林部農業支援課 経営体支援担当の郡 克主幹(写真:佐々木睦)

 農林水産省は「農業競争力強化プログラム」に基づき、2017年から農業人材力強化総合支援事業を実施。農業法人の増大と雇用力充実のため、農業界と経済界との連携を強化し、他産業の人材活用を促進している。

 新規就農の支援や農業法人の誘致のほか、すでに就農している人たちが実際に営農しながら経営を学び、経営力を向上する場として、全国各地で自治体や金融機関、大学(農業大学校を含む)や各自治体が農業経営者人材育成プログラムに取り組んでいる。

 秋田県次世代農業経営者ビジネス塾は2014年に秋田県立大学と秋田県農業試験場による人材育成研究プロジェクトとして開始、2017年から秋田県と秋田県立大学の共催事業として実施している。県が予算の確保や受講者管理を行い、秋田県立大学の教員がカリキュラムの策定や実際の講義などを担当している。主な受講者は経営継承期前後の農業者だが、普及指導員や農林行政機関、団体や金融機関等の職員の参加も受け入れているという。

 埼玉県も2017年から「埼玉農業経営塾」を開始した。当初は国の農業人材力強化総合支援事業(農業経営塾創出・展開支援事業)としてスタートしたが、2019年からは県独自の取り組みとして実施している。埼玉農業経営塾の特徴は「次世代経営者養成コース」と「トップマネジメントコース」を設置していることだ(2020年は両コースとも7月から開講予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期、9~10月の開始を予定している)。

農業支援課経営体支援担当の三橋伊蕗技師(写真:佐々木睦)

 「次世代経営者養成コース」は、現在の売上が2000万円以上(目安)、家族のみの経営体もしくは、正社員1~2名とパート従業員からなる経営体の経営者もしくは承継予定者を受講者として想定したコース。これから会社を発展、事業を拡大していきたいという思いを持つ就農して数年の若い世代が中心だ。

 講座の内容は経営に必要な経営理念を固めることに重点を置きながら、受講生の関心が高いマーケティングや財務管理、販売管理を中心に学ぶカリキュラムとなっている。売上高5000万円、理念を達成するための手法を理解、財務の知識を身に付けることを目標としている。これは2017年の農業経営塾開始当時の講座と同様の内容だ。

 コースは全10回(2019年)。トップ農家や専門家の講演や視察だけでなく、一人ひとりが課題を発表し、グループディスカッションも行いながら進めていく主体的なプログラムを多く取り入れているのが特徴。コースの最終回では経営計画発表会を実施する。

 「これまで埼玉県では、農業の経営相談や支援窓口は設けていたのですが、経営塾のように体系だった形で実施したのは初めてでした。どうなるか、最後まで参加してくれるのか最初は不安もありましたが、マネジメントを学び“社長を作り出す”プログラムは、受講者からも好評でした」(埼玉県農林部農業支援課 経営体支援担当主幹・郡 克さん)。

経営理念や目標設定のためのグループワークも実施する(提供:埼玉県)
個別面談。経営塾で築いたネットワークが修了後、新たな展開につながるケースも(提供:埼玉県)
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座学だけではないカリキュラムを数多く設けている(提供:埼玉県)
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 実際に卒塾生からは「一番大きな変化は、自分は経営者であるという自覚が芽生えたこと」という声が多く上がっている。

 2018年度に受講した野村翔平さんは「受講する中で、先を考え経営することの必要性を学び、経営のための時間をしっかりと確保するようになりました。卒業時に作成した事業計画を従業員と共有し、常に自分たちの目指す経営体を意識をして仕事を行うようにしている」と言う。その結果、従業員が積極的に事業計画を実現するアイデアを提案してくれるようになった。野村さん自身も計画実現に向け、良い意味でのプレッシャーの中で仕事ができるようになったそうだ。

 「卒業後は、事業計画達成のため圃場面積の拡大と積極的に新規採用を行っています。とても意欲のある従業員がそろってきていると思います」(2018年度の受講生)

 このほか「同じ志をもっている仲間に会えたのが、モチベーションをあげるきっかけになってよかった」という声が多くあがっているという。卒塾生同士のネットワークも立ち上がった。今では県内の地域ごとにコミュニティーを作り、地域全体の農業の底上げを図ろうという動きや、共同の販売会社を設立しようといった動きもある。

次世代経営者養成コースの修了式(提供:埼玉県)

社長の後ろにいる奥さんや女性をもっと経営に引き寄せたい

 「トップマネジメントコース」は2019年度にスタートした。「次世代経営者養成コース」の受講生から、「さらに高いレベルの経営手法を学びたい」という要望や、今後のニーズを反映し新設したもので、現在の売上高5000万円以上、すでに従業員を多く抱えた法人化している、または法人化を予定している経営体の経営者を対象としている。目標は売上げ1億円。従業員が自ら考える仕組みを作り、経営指針書を作成、将来を見据えた中期のPL計画を策定している法人が目指す姿だ。

 比較的規模の大きな法人の経営者が受講生のため、授業の内容も現場の第一線というよりは、企業トップとしての経営力強化に特化している。いかにいい人材を確保して定着させるか、生産効率が上がるようなモチベーションの上げ方などに受講希望者の関心が高いという。

 カリキュラムは労務などの経営管理や生産効率、次の世代を担う人材マネジメントなどが中心。講師には大学の経営学教授や、トップ企業の社長などが連なる。コースの最終日にはそれぞれが作成した経営指針書を発表する。いわば「農業法人の社長塾」ともいうべき内容だ。

(写真:佐々木睦)
 

 さらに、埼玉県は今年度から新たに「女性役員スキルアップ講座(仮)」を開講する。

 将来的に経営塾の受講につながる、リーダーシップやビジネス感覚を備えた女性農業者を育成したい考えだ。

 埼玉県農林部農業支援課経営体支援担当技師の三橋伊蕗さんは「農業法人には社長の奥さんが経営に影響力を持つポジションにいらっしゃることが多いのですが、事実、奥さんが後ろでパートさんの管理をしていたり、加工品の管理をしているような会社が業績を伸ばしていることが多いです。財務管理や従業員とのコミュニケーションなどに長けている女性も多いです。農家をバックヤードで支えている奥さんや、名前だけ役員になっている女性を経営の本丸に引き寄せたいと思っているんです。それに農産物を実際に購入したり使ったりするのは女性が多いですから、女性の方が消費者目線で販売方法などを考えるのが上手だろうと思っています」と開催に向けた意気込みを話す。

 講座の内容は、主体的に経営に関わっている女性農業者の講演や、視察、グループディスカッション、個別面談を、女性の経営参画について理解を促すことに重点をおいたものとなる予定だ。

 現在、埼玉県の基幹的農業従事者は約5万人。1995年から2015年までの20年間で35%減少した。県の人口の約1%しかいない計算だ。しかし、近年の農業法人数は1128(2019年度末時点)と2014年度末時点の722法人から増加。新規就農者数も近年、毎年300人以上を確保している。

 「埼玉県は農家一戸あたりの生産農業所得15%向上を目指しています。これまでは技術や初歩的な経営支援をやってきましたが、農業を稼げる産業にするには、やはり専門家の力を借りなくてはいけません。設備の導入補助や、六次産業化による付加価値化やブランド化を推進するためにも、県の各部書や関係機関、団体と一体となって取り組んでいます」と三橋さん。

 農業に関心を持つ若い世代は間違いなく増えている。自治体などのこうした地道な取り組みが実を結ぶ日は近いかもしれない。