実は“謎だらけ”だった温州みかん

全ゲノム解読で柑橘類の新品種開発がスピードアップ

柑橘類の系統図をゲノムレベルで確認

 2つの親品種を掛け合わせて有望品種を開発する時に大きな役割を果たすのが親子関係を示す系統図だ。農研機構では、温州みかんやその親、子孫などのゲノム解読を進めながら、柑橘類全体の系統図を精緻化している。

 清水氏は「系譜がわかってくると、今ある優良な品種がどうやって生まれてきたのか、また育種のために重要な親品種がわかります。柑橘の育種ではいろいろな品種を作らなければいけませんし、消費者の求める品質のレベルが非常に上がっています。なおかつそれを短いスパンで育成しなくてはいけない。『多様性の拡大』『高品質化』『高速育種』という3つの相反する目標を同時に実現しなくてはいけない状況を『トリレンマ』と呼んでいるのですが、正直厳しい。ちょっと頑張ればいいじゃないかと言われるのですが並大抵のレベルではありません。ここで参考になるのが柑橘の系譜です」と清水氏は系統図の重要性を指摘する。

 「例えば、愛媛でよく作られている『イヨ(伊予柑)』は、『カイコウカン(海紅柑)』と『ダンシー』──これは『大紅みかん』というのですけど──それらが交配してできたものだとわかります。実はこの2つ、特にカイコウカンは誰も見向きもしなかった品種なのです。しかし、これがいろいろな品種の親になっていることが分かってきました。『温州みかん』の親の『クネンボ』も、温州以外のカギを握る品種になっている。『紀州みかん(キシュウ)』とクネンボが交配して温州ができたわけですが、父親と母親が逆になると『ヤツシロ』ができる。またクネンボは『ハッサク』の親ということがわかりましたし、『ユズ』とクネンボが交配して『カボス』が生まれ、ユズが何かと交配することで『スダチ』が生まれています」

農研機構が示した67品種の親子関係(系統図)。「紀州みかん(キシュウ)」や「クネンボ」「温州みかん」を中心としたものだ。同機構ではこのほかにも「タチバナ」を親とする系統図、「スイートオレンジ」を親とする系統図も公表している。タチバナの系統には「ユズ」や「日向夏(ひゅうがなつ)」など、スイートオレンジの系統には「グレープフルーツ」や「タンカン」「クレメンティン」などがある。(図提供:農研機構)
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 今後、さらに多くの品種のゲノム解読を進めていけば、この系統図はさらに精密で広範なものにできる。どんな親品種を掛け合わせればどんな子ができるかという知見はさらに増えてくるのだ。育種の効率はさらに高くなることが期待できる。

DNAマーカーでさらに効率化

 ゲノム解読技術そのものも進化している。最近では「高速シーケンサー」というDNA配列分析ツールが進化し、解析にかかるコストが下がり、時間も短くなっている。これによって、多くの柑橘類のゲノム解析が進むようになり、膨大な遺伝子情報が蓄積されてきている。

 同時に、高度な数学や統計学の手法を使って大量のDNA情報をコンピューター処理し、果実特性(形質)と関連づける技術が高度化している。バイオ技術の世界では、こうしたDNA配列からの予測精度を高める「ゲノミックセレクション」(GS:Genomic selection)、「ゲノムワイド関連分析」(GWAS:Genome-Wide Association Study)といった手法が用いられている。

 農研機構ではGSやGWASの手法を柑橘類にも応用して、柑橘類の芽生えの段階のDNA情報から果実の形質を高精度に予測する取り組みを進めている。種から芽が出た段階でDNA配列を調べ、果実の甘みや酸っぱさがどうなるのか、どのくらい大きく重くなるのか、じょうのう(1つひとつの房)の柔らかさ、皮の剥きやすさといった様々な果実特性を高い精度で予測し、優良そうな個体を確率良く残していくことを狙う。ここで、ある有用な特性と相関関係の高い特徴的なDNA配列を「DNAマーカー」と呼び、これを品種改良のための目印に利用する。

 このDNAマーカーによる選抜は、柑橘育種の世界でこれまでも行われてきたが、たくさんの遺伝子がちょっとずつ関わるような複雑なものにはうまく使えなかった。例えば、果実の重さや色、皮の剥きやすさなどといった特性は、数多くの遺伝子が複雑に関与し合って現れる。農研機構では東京大学や国立遺伝学研究所と協同で、GSやGWASの手法を駆使して、こうした多数の遺伝子が複雑に関係する果実特性を芽生えの段階で予測できるようにした。

「ゲノミックセレクション」(GS)という技術を使うと、果実重や香りの多少、多汁性、糖度といった果実特性を従来の手法よりも高い精度で予測できる。(図提供:農研機構)
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 清水氏は精密で広範な系図やGSやGWASといった技術が、前述の「カンキツ育種2.0の基盤になっている」と語る。

 「系図情報を使うことで、(柑橘の育種をする上で)多様性を拡大できます。ただ、それだけだと育種に時間がかかってしまう。このため GSやGWASも使って(芽生えの段階で)果実形質を選抜する。こうすることで1世代でも選抜できるようになります。高速・短時間での選抜です。さらに選抜したものの形質については100%とは言わないまでもある程度は保証できるので、高品質化にも貢献すると考えています」と、系図や新技術の役割を説明する。

 ゲノム解析を進めていけば、この「系図」がさらに精緻化されGS、GWASといった新しい技術の精度もさらに上がる。こうなることで「カンキツ育種2.0」が3.0、4.0と進化していき、育種が抱える三つの困難“トリレンマ”の解決になると期待している。

柑橘類の中でも特に古い品種タチバナ(橘)の前で説明する清水氏。育種を進めて行く上でこのタチバナに強い興味を持っているという。古来より「左近の桜、右近の橘(京都御所の庭に対で植えられている桜とタチバナ)」と言われ、柑橘という言葉の中にもその名を残す。このタチバナ、実は1種類ではなく、3種類あり、それぞれが重要な子孫を産み出していることが最近わかった。「花柚子 (ハナユまたはハナユズ)」「ヒュウガナツ(日向夏)」「オウゴンカン(黄金柑)」などは、3系統のタチバナの子孫だ。(写真:高山和良)