AI活用の成否は経営トップ次第とも言われる。そのトップからこの議論の中で「AIによるイノベーションは、『産業革命』に近いものになる」との発言が出たインパクトは大きかろう。AI活用で海外の取り組みを鵜呑みにするのが良いとは限らないが、参考にすべきところも多い。「中国でAI導入が早いのは“失敗への許容度が高い”から」という海外の事情に対して、「日本ではAIが対応可能なことも、規制面から人の関与がないとダメ」との登壇者の発言からは、文化や制度の見直しも重要という現状が浮かび上がる。また、「AIによる生産性向上が、管理会計上だけでなく財務会計上でもインパクトを出せる時代を実感」との経営トップのコメントは、この記事を読む方のAI活用の姿勢を前のめりにするだろう。AIが人の仕事を奪う懸念については「バブル入社組が“卒業”する時、それを新規採用で無理やり補うくらいならAIで補てんすればいい」──。
日米で歴然たる差、どう追いつくか
ベイン・アンド・カンパニー
アジア太平洋地域代表
奥野 慎太郎氏
そんなやり取りが交わされたディスカッションのタイトルは「トップが語る、AIエージェントと企業経営」。登壇者は村田製作所の中島規巨社長、SOMPOホールディングス(HD)の奥村幹夫グループCEO、イトーキの八木佳子常務執行役員、ベイン・アンド・カンパニーの奥野慎太郎アジア太平洋地域代表、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の柘植一郎会長(登壇時)、FIXERの松岡清一社長の6人である。モデレーターは日経BPの浅見直樹専務取締役が務めた。
ベイン・アンド・カンパニー
アジア太平洋地域代表
奥野 慎太郎氏
議論の冒頭、浅見氏はこのセッションの狙いについて、「AIリーダーズ会議が前回開催された25年9月はAIエージェントが使えたら便利という認識だったが、今では使わないと時代に遅れる危機感さえ感じられる。そこで企業トップによるAIエージェント活用の議論の場を設けることにした」と語った。まず日本企業のAI活用に関する問題提起をベインの奥野氏に求めた。
日米の比較から、AI活用は個人レベルではむしろ日本が進んでいるが、組織レベルでは米国に大きく見劣りする実態を紹介した。総務省が昨年実施した調査によれば、「効果的な生成AI活用の方法が分からない」と答えた経営者は日本30.1%、米国9.7%との結果。また別の調査では、「生成AI活用は経営のトッププライオリティの一つ」と答えたのは日本26%、米国74%だった。「活用方法が分からないから経営のプライオリティも低い、あるいはその逆。鶏と卵の関係ではないか」と奥野氏は指摘した。結果として、コスト削減などの効果を感じる経営トップは日米ともに3分の1程度でほぼ同じだが、ビジネス拡大や顧客獲得といった成長へつなげる実感は日本2割強に対して米国5割強と、大きな差になって現れている。
伊藤忠テクノソリューションズ
取締役会長(登壇時)
柘植 一郎氏
では、成長のために生成AIを使うにはどうすれば良いのか。業務には固定費的な要素と変動費的な要素があり、その変動費も「反復的で論理的な仕事」と「非反復で高度な判断が求められる仕事」に分かれる。AIが最も得意なのは反復的で論理的な仕事だ。例えばM&Aのバリュエーション(企業価値評価)業務は、これまで熟練者の長年の経験(秘伝のタレ)が必要だった。ここに生成AIが使えるようになり、M&A対象企業の精査は従来の3社程度から10社ほどへ増やすことができるという。「これがスケールの本質であり、成長のためのAI活用だ」と奥野氏は語った。
伊藤忠テクノソリューションズ
取締役会長(登壇時)
柘植 一郎氏
「このあとの議論では成長・市場開拓につながるようなものを期待します」と浅見氏はコメントし、CTCの柘植氏に意見を求めた。柘植氏は、顧客企業の経営トップと数多く接する経験から、「トップの考えは実に千差万別だ。AIを導入することによる業務改善への思いは強いが、トップ自らが主導している会社はそれほど多くないのが現実だろう」と語り、経営トップのAI活用へのコミットメントの重要性を示した。
AIは「産業革命」だ
では、経営トップはいかに自社のAI活用を語るのか。浅見氏が、「日本を代表する製造業、村田製作所の中島社長からご説明いただきたい」と紹介し、中島氏が説明を始めていく。
村田製作所
代表取締役社長
中島 規巨氏
「エレクトロニクス産業は15年周期くらいで大きなイノベーションが起きると言われる。次の大きな波は2030年。キーワードはAI、クラウド、デジタルツインだ。もっとも従来のイノベーションとは大きく異なり、『産業革命』に近いものになる」と中島氏は指摘した。
村田製作所
代表取締役社長
中島 規巨氏
村田製作所が描くのは現実の世界(フィジカル空間)とシミュレーションの世界(サイバー空間)が、AIでリアルタイムにつながる世界だ。これにより遠隔操作で様々なことが決められ、実践できる。現在、それに向けた準備を進めているところだ。
AIの広がりは村田製作所に多くのビジネス機会を提供する。足元ではデータセンターなどのITインフラが投資の拡大期を迎えている。それがAIの進化と共に分散コンピューティング化していくことでエッジデバイス(メガネや指輪など)を通じて生体センシングのデータが取れるようになる。さらにはAGI(汎用人工知能)へと技術が向かう中で、クルマやドローンの自動運転、ヒューマノイド(ヒト型)ロボティクス、宇宙空間での利用へと広がっていく。関連して拡大するビジネス機会を逃さない、と中島氏は語った。
一方社内では3年前から専門のチームを作って内製の生成AIプロダクト「Murata Coworker」を作成、現在社内で3万人が使っており利用率は50%超にのぼる。テキスト、音声、動画といったマルチモーダル対応のチャットボットがベースのAIエージェントとしての活用が中心だが、2026年中にはこれにRAG(検索拡張生成)を実装することで社内データの有効活用を目指す。これによって社内の間接部門の業務の約30%をAIで代替でき、それに見合った経済効果があると試算する。その次のステップではAIが自律的に判断する世界を実現させる。加工工程のAIエージェントと検査工程のAIエージェントが会話して不良を出さないプロセスの実現も一部で可能になってきているという。
データ基盤を生かすための独自AI
中島氏の説明に対して、FIXERの松岡氏はデータガバナンスのジレンマを指摘する。「村田製作所のように自前でAI環境を作れる企業はいい。でも中小企業はそうはいかない。最新技術を使おうとクラウド型のAIサービスを使えば、企業のデータを外部に預けるリスクが高まる。つまりデータガバナンスの問題にぶつかる。これをどう解決するかが日本全体の生産性向上への鍵になる」
FIXER
代表取締役社長
松岡 清一氏
これに中島氏は、「おっしゃる通り、そこが一番大きな問題だ」と語り、中国での事例を紹介した。中国でAI導入が早い理由の1つは“失敗の許容度が高い” ことだという。中国では試験導入を繰り返しながら技術を磨く文化がある。「我々も倉庫の自動搬送システムを中国で作っており、現地へ見に行ったらロボット同士がぶつかっていた。でも1年後にはすごい完成度になっている。失敗を前提に技術を取り入れる文化がある」(中島氏)とし、中国で作ったシステムを日本へ逆輸入するケースもあるという。「情報を秘匿する方がよいのか、開示して開発を早める方がよいのか、今はケースごとに判断している」と中島氏は語った。モデレーターの浅見氏が、「3年前、なぜAIシステムを自前で作ろうと決めたのか」と問うと、中島氏は「当社にはものすごい量のデータがあり、それを最大限生かそうというのが発想の原点だった。だから自前のAIシステムが必要になった」と答えた。
FIXER
代表取締役社長
松岡 清一氏
続いてCTCの柘植氏が質問する。「AI活用にはデータが必要で、それには工場設備へのセンサーの設置も必要になる。今すぐやるのか、次の設備更新の時に一緒に投資するのか、その場合のROI(投資収益率)はどう考えておられるのか」と聞くと中島氏は、「当社はポートフォリオ経営を標榜しROIC(投下資本利益率)を重視しており、この資本効率を高めるためにもAI活用は欠かせない」と返答した。すると柘植氏が、「産業革命どころか、社会革命と呼ぶべき勢いでAIは社会にインパクトを与えていると思う。当社の提携先のLiquid AIを見ても、従来とは異なるアーキテクチャによる省電力、高効率な計算の実現でエッジ処理が可能になり、イヤホンやスマートウオッチの高性能化で生活が変わり、社会全体が変わっていく可能性を感じさせる」と述べた。
「極めてポジティブに変わった」
SOMPOホールディングス
グループCEO 取締役代表執行役社長
奥村 幹夫氏
2社目の事例としてSOMPO HDの奥村氏が自社の取り組みを紹介した。冒頭、「国内の保険会社が直面したのは人口減少、規制緩和、そしてAIの進展という環境変化で、それらがビジネスモデルの変革を強いてきた。そこへのアップデートの遅れが、昨今保険業界で起こっている様々な不適切な対応にもつながっているのではないか」と語った。
SOMPOホールディングス
グループCEO 取締役代表執行役社長
奥村 幹夫氏
保険会社の業務の大半は「人と紙がメイン」(奥村氏)。介護事業も仕事の約3割が紙との格闘である。煩雑な業務、そして労働人口の減少という状況の中で「私は少しネガティブに物事を見ていた。が、ここ1年で極めてポジティブに考えられるようになった。AIの出現が要因だ」と奥村氏。AI活用の“ガードレール”を作りながら、まずはグループで汎用型のAIを使い始めたのが2年ほど前。昨年からは国内3万人の従業員にAIエージェントを渡してビジネスプロセスへ組み込んできている。
数千枚、数万枚の資料から要点を抜き出したり代理店の品質評価をしたりすることもAIで可能になってきた。介護の現場でも排泄の介助や転倒防止など、それぞれ別々の要因に依拠すると思われていた業務でも、その人たちの状況、ケアプラン、ケア記録、日々のバイタルデータを集めて分析してみると、高い確度で共通した対応ができることが分かってきた。医療との連携で服薬の問題も議論可能だ。「少し次元が変わってきたなと思う」というのが奥村氏の肌感覚だ。
「我々は『モノのないサービス』を提供するので、人が持つ信頼を基に、そこへAIが作り出す様々なオプションや選択肢を加えていくことがポイントになる。AI活用で生産性を高め、それが社内の管理会計上だけでなく、社外への財務会計上のインパクトも出せる時代の到来を実感している」と奥村氏は語った。
モデレーターの浅見氏が、「ネガティブからポジティブに変化したのは、この1年ですか」と問うと、奥村氏は、「1人の介護職員は3人の方までしか制度上対応できない。AIを使えばその状況が変わるかもという、サステナブルな社会がパッと見えてポジティブになった。というのも、なぜこの方は転んだのか、なぜ排泄の介助が難しいのかを何十時間もかけて議論してきたがAIを使えば2分で答えにたどり着くこともある」と返した。
ベインの奥野氏が、「損害保険の業界で、海外と日本でAI活用はどう違うか」と問うと、奥村氏はこう答えた。「日本ではAIで対応できるところも人が関与しないとダメ、といった具合に規制でガチガチだ。そうした規制がない海外でAIベースの業務をやってみて、日本へ逆輸入することも視野に入っている」
AIをどう労働力として位置づける?
AIエージェントを「労働力」としてどう位置づけるかという話題も出た。「AIの生産性はすでに人の何十倍になる場合もある。企業経営上の問題として、AIエージェントが何人分の労働力になるかは日本でも真面目に議論される時期ではないか」と松岡氏は指摘した。
これに奥村氏が答える。「日本で雇用の問題はセンシティブな話だが、私はポジティブに捉えている。バブル入社組が今後数年で“卒業”を迎える。通常ならそれを補おうと数百人規模で採用に動くところだが、そこをAIで代替する。今年はAプロセスにAIを入れ、来年はBプロセスに入れると計画通りに進めれば、人とAIのコンフリクトなしに業務がAIに移行していく。すると1人当たり生産性が飛躍的に上がり、それを処遇に還元できる。そんなきれいなストーリーが描けそうな気がする」
自社ビジネスへの危機感から始まった
イトーキ
常務執行役員 ソリューション事業開発本部 本部長
八木 佳子氏
3社目の事例としてイトーキの八木氏が自社の取り組みを紹介した。「私たちが今取り組んでいることは自社ビジネスへの危機感から始まっている」と八木氏は語った。イトーキのAI活用は、まず「売上を増やす」という視点で進めていき、その実現のために社内の業務プロセスも変える、人材も育成するといった順番で取り組んでいる。「顧客サイドの働き方が最先端のものに変わっていく中で、ソリューションを提供する当社が前時代的な働き方では示しがつかない」と八木氏は語る。
イトーキ
常務執行役員 ソリューション事業開発本部 本部長
八木 佳子氏
従来のイトーキのビジネスは会議室の椅子や会議ブースを納入して終わりだった。これを、「本当に使いこなせていますか」と、データを活用した運用サポートまで実施する。「オフィス3.0」と呼ぶ概念で、働き方ベースのオフィスDXを実現していく。会議室をAIに予約してもらう仕組みも開発しており、イトーキ社内で使ってみたところオフィス稼働率が15%程度上がった。その成果から社外への発売に至ったという経緯がある。AIエージェントを使うことで、さらに様々なビジネスを変えていく。例えばオフィスを移転する際、どんなオフィスにするのかを顧客企業自身が判断できるAIエージェントを開発中で、これを今後販売していく。イトーキの取り組みについて、柘植氏は「オフィスのあり方は実に多様で、ケースバイケースの対応が必要になるだろうが、それをAI エージェントで効率化する点は参考になる」とコメントした。
日経BP
専務取締役CMO
浅見 直樹氏
最後に浅見氏は、視聴者へのメッセージを求めた。中島氏は、「数年内に人とAIエージェントがセットで評価される時代が来る。では人は何をするのか。人や組織がからむ複雑な問題の解決や新しい価値の創造といった、人にしかできない仕事の定義そのものを変えていきたい」と語った。続いて奥野氏は、「当社内では、AIがもたらす未来をただ受け入れるフューチャーテイカーではなく、自ら作り出すフューチャーメイカーになろうよ、と言っている」と語った。そして奥村氏は、「どれだけ要らない業務を捨てられるかが、マネジメントの役割ではないか」と指摘した。浅見氏は、「次回9月も経営トップの方々を招いた議論をしていきたい。その時、さらに深まった内容にしていきます」と語り、ディスカッションを締めくくった。
日経BP
専務取締役CMO
浅見 直樹氏
2026年3月3日 アーカイブ動画








