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パネルディスカッション-2-2

日本の資産「製造業の暗黙知」を
形式知に変える
他社データも使える「秘密計算」
活用に官民が関心

他社のデータを使えればもっとAIは賢くなる。そんな理想が現実のものに。関心高まるフィジカルAI、ここ数年の取り組みが日本の今後を左右する──。製造業の暗黙知に関するディスカッションではこんなやり取りが交わされた。

パネルディスカッション-1-1

AIは産業革命、問われる経営トップの覚悟
人口減少社会もポジティブに捉える契機になる

パネルディスカッション-1-2

AI活用による同質化、回避には「自社らしさ」へのこだわり
システムは作って終わりではない、そこからがスタート

パネルディスカッション-2-1

楽しい買い物がしたいわけで、AIを使いたいのではない
人とAIの役割分担で新しい顧客体験へ

パネルディスカッション-2-2

日本の資産「製造業の暗黙知」を形式知に変える
他社データも使える「秘密計算」活用に官民が関心

ベイン・アンド・カンパニー

AI実験から経営の武器へ
持続的競争優位を実現する
AIトランスフォーメーション

FIXER

クラウドを使わないAIワークステーション
機密データを守りながら、
AIを現場で使う

伊藤忠テクノソリューションズ

AIチャット全社展開からAIを
業務フローに組み込む段階に
AIエージェントで
業務変革する未来図

日本HP

組織に眠る紙とPDFの山を
“意思決定資産”に変える

Hakuhodo DY ONE

AIが変える広告の定石
「クリエイティブ先行」が
デジタル運用の勝敗を分ける

デロイト トーマツ

AI活用のゴールはビジネスモデルの変革
企業価値を最大化する
3つの進化フェーズ

ElevenLabs Japan

解決から関係構築へ
AIエージェント時代に問われる
音声体験の価値

dentsu Japan

分人AI・未来望遠鏡が支援する「意思決定」
暗黙知の価値化と
日本型産業エコシステムの再興

アドビ

AIに選ばれる企業が勝つ
顧客接点の変化に対応する
次世代ブランディング

レノボ・ジャパン

パーソナライズされた体験の提供
ハードウエアベンダーの視点から

グーグル・クラウド・ジャパン

AI時代の組織論
“超優秀なデジタル新人”を
どう育てるか

ミロ・ジャパン

AIの生産性と
「人間らしさ」が融合する
次世代の意思決定

AIの性能を決めるのはデータの質と言われる。例えば新規材料を開発する際、自社データだけでなくサプライチェーン上の他社データも使えれば、効率性は格段に高まる。その際、データの中身がさらされない「『秘密計算』を使えば、自社データを他社データと連携して使いやすい」といった発言が議論の中で相次いだ。製造現場の暗黙知を価値に変えるには、「ベテランが無意識にやっていることをデジタル化し、『なぜここでこうしたのか』と聞くのが効果的」との指摘も出た。「フィジカルAIの基盤モデルを日本としてどう持つのか、そこが重要だ」との指摘も──。

このディスカッションのタイトルは「製造業の暗黙知・無形資産、眠れる資産をAIでどう価値化?」。登壇者は旭化成の久世和資副社長(現取締役)、ダイキン工業の比戸将平テクノロジー・イノベーションセンター技師長、経済産業省の奥家敏和大臣官房審議官(商務情報政策局担当)、dentsu Japanの妹尾真DXプレジデントの4人である。モデレーターは日経BPの杉山俊幸総合研究所主席研究員が務めた。

議論の冒頭で杉山氏は、日本の強さの源泉である製造業において、そこに眠る暗黙知を価値に変える方策を、解像度高く議論したいと述べた。まずは無形資産の活用について旭化成の久世氏が自社の取り組みを紹介した。

3事業の価値を生成AIで統合

旭化成
取締役 副社長執行役員 研究開発・DX・知的財産統括(現取締役)
久世 和資氏

「旭化成では、無形資産の活用を経営課題の中でも特に重要な1つに据えている」と久世氏は語った。ここでいう無形資産には知的財産、技術、ノウハウ、顧客との関係、人材などが含まれる。無形資産の活用に生成AIを使うことで、単なる業務効率化や生産性向上にとどまらず、事業競争力の強化や現場リスクの低減にもつなげる戦略を紹介していく。

旭化成
取締役 副社長執行役員 研究開発・DX・知的財産統括(現取締役)
久世 和資氏

同社にはマテリアル、住宅、ヘルスケアという3つの事業領域があり、これらの価値を生成AIで統合しながら相乗効果を図る考えだ。マテリアルでは、10年以上前からAIを使って新素材を発見する「マテリアルズ・インフォマティクス」に取り組んできた。製品化後のデータや実験データ、失敗データ、さらには社外の特許や論文など幅広い過去のデータを使って、新規の素材開発を進めるものだ。

例えば合成ゴムの場合、顧客のタイヤメーカーからは燃費性能、制動性能、耐久性、静音性といった複数の要求があり、それを実現するための原材料の選択、分量、配合手法の組み合わせはほぼ無限だ。これをAIと研究者の知見で効率的に“レシピ”を設計していく。マテリアルで培った無形資産を住宅とヘルスケアにも展開することで、全社の競争力を高める。住宅では断熱材、ヘルスケアではウイルス除去フィルターなどの材料開発に応用。逆に住宅とヘルスケアにおける利用者サイドの知見を、マテリアルへ戻す好循環も生まれているという。

無形資産の最たるものは「人材」だ。3つの事業領域をローテーションすることで、多様な経験やスキルを持つ人材を育成する。「どの部署に、どんな人材がいるのか」を把握し、最適に組み合わせる、「人材AI」と呼ぶ独自の仕組みを構築している。人事データに加え業務目標とその評価データを、国内従業員3万人、5年分を蓄積している。この人材AIを使って、新しいプロジェクトが立ち上がる際などに最適なメンバーを組み合わせる。

「秘密計算」で他社とデータ連携

モデレーターの杉山氏が経産省の奥家氏にコメントを求めると、「日本の産業として化学分野は材料開発能力の高さで競争力を維持してきた。一方で海外から相当なキャッチアップも受けている。研究開発の前段階に生成AIを据え、新規材料開発の候補となる組み合わせを絞り込んで開発スピードを上げていると思うが、一方で、自社データだけで世界と勝負できるかどうかについては様々な議論がある」(奥家氏)と指摘した。

一定水準までのデータは業界全体で共有し、基盤モデルのレベルを引き上げた上で、そこから各社が領域特化・自社特化のモデルを構築し、事後学習によって差別化していく。そうしたレイヤー構造を産業単位で進めるべきとの意見もあると奥家氏は紹介した。

これに対して久世氏が戻す。「確かに自社データだけだと限界がある。そのため競合関係にある素材メーカー同士でもデータの共通化への議論は必要だ。独自性の高いデータは各社で保持しつつ、共通化できる部分はそうするべきだ」。さらにサプライチェーン全体での連携も重要だと久世氏は言う。例えば合成ゴムであれば、タイヤメーカー側もマテリアルズ・インフォマティクスに取り組んでおり、双方のデータを組み合わせれば開発を加速できるとした。

経済産業省
大臣官房審議官(商務情報政策局担当)
奥家 敏和氏

とはいえ、「データの連携には心理的な壁があるのも事実。そこで今活用しているのが『秘密計算』だ」(久世氏)。データを暗号化したまま機密情報などを分析する仕組みだ。相手の生データには直接触れずに自社データをかけ合わせた計算結果だけを各社が受け取ることができる。「こうした取り組みを重ねる中で、いずれは秘密計算を介さず生データを活用することも既に視野に入ってきている」と久世氏は明かした。

経済産業省
大臣官房審議官(商務情報政策局担当)
奥家 敏和氏

経産省の奥家氏が補足する。「秘密計算には非常に大きなポテンシャルがあると思う。例えば保険分野における事故率の分析など業界単位での取り組みを進めやすい。秘密計算は既に実用レベルに入ってきており、一部のプロジェクトに実際に組み込んでいるところだ」

dentsu Japanの妹尾氏もコメントする。「このテーマは顧客からも非常によく相談される。企業として競争する領域と、ある程度標準化して協調していく領域をどう切り分けるか、日本としてしっかり議論する必要がある。共通のプラットフォームを整備し、データの中身は見せずにシミュレーションができる環境は日本にとって『勝ち筋』になり得ると思う」

dentsu Japan DXプレジデント
電通総研 常務執行役員
妹尾 真氏

2社目の取り組みとしてダイキンの比戸氏が紹介を始める。3つの具体的な取り組みだ。1つ目は空調機の保守・メンテナンスといったサービスの現場にも多くの暗黙知があり、それをAIエージェントで形式知にする事例である。東大発スタートアップのフェアリーデバイセズ(東京・文京)の首かけ型ウエアラブル端末で手元の作業を撮影し、その映像を使ってAIが作業のヌケモレやより効率的な作業方法などを分析する。

dentsu Japan DXプレジデント
電通総研 常務執行役員
妹尾 真氏

従来はリモート支援としてバックオフィスにいるベテランが現地の新人にアドバイスする用途で使っていた。運用を続ける中で作業の動画データをためていき、それをAIに学習させ、AIエージェントを作る取り組みへと進展させた。作業がうまい人とそうでない人の違いはこれまで判然としなかった。が、映像の分析でそうした差異も分かるようになった。

設備の図面データまで入れるのがカギ

ダイキンの2つ目の事例は、設備保全での日立製作所との協業だ。工場で設備が故障した際、従来はベテランが原因を特定して修理し、生産が再開される流れだった。生成AIを使ってベテランと同等レベルの診断を可能にした取り組みである。

保全記録や取扱説明書をAIに入れるだけではダメで、設備の図面、つまり配管構造などのグラフ構造もAIに読み込ませたところ精度が劇的に向上したという。AIが設備の構造を理解した上で推論できるようになり、どこが故障していそうか、確認すべき部品は何かを示してくれる。現在、この仕組みを様々な工場へ展開するところである。

さらに、製造業で使える自社特化型の基盤モデルを開発していることを明らかにした。最近のオープンソース型モデルの性能向上は目覚ましく、「継続事前学習」と呼ばれる方法で、ダイキン社内に蓄積された専門知識をモデルに組み込む取り組みだ。ベンチマークテストでの正答率を見ると、世界大手のフラッグシップモデルの9割弱に対し、ダイキンの特化モデルは7割程度だが空調関連文書の追加学習などで数ポイントの向上を確認しており、これを継続していけば将来的にはフラッグシップモデルを上回る可能性もある」と比戸氏は意気込む。

ダイキンと日立製作所の保守・保全の取り組みについて、経産省の奥家氏がコメントする。「AIの性能を最終的に決めるのはどんなデータを持っているかだ。最近は合成データも活用され、学習の半分以上を占めるケースもあるが、確率的に生成された合成データと実データでは学習に違いが出る。AIの活用が物理的な世界を制御する領域へ広がっていく中で、必要なデータも変わってくる。重要なのは、製造業が長年蓄積してきた現場のデータだ。日本はこのデータに強みがある」

ダイキン工業
テクノロジー・イノベーションセンター技師長
比戸 将平氏

現場データを使いこなして付加価値をいかに創出できるかがポイントで、その意味でダイキンと日立製作所の取り組みは注目に値すると奥家氏は言う。現場での意味づけや、「適切な単位でのデータ分割(チャンキング)を行い、複数のフレームワークを組み合わせた上で実際に使えるAIを作り上げている好例だと思う」と奥家氏は述べた。

ダイキン工業
テクノロジー・イノベーションセンター技師長
比戸 将平氏

すると、旭化成の久世氏が比戸氏にこう質問した。「当社でも、動画の活用や、製造現場における日誌記録、ヒヤリハット情報、KY活動(危険予知活動)など、従業員の気づきをすべてドキュメント化しており、それらのデータの意味合いを示すアノテーションはとても重要だと思う。ものづくりやサービスの現場で、ベテランの暗黙知は無意識のうちに実行に移されるため、『あなたの暗黙知を教えてください』『あなただけの技を教えてください』と聞いても、本人はそれを意識しておらず言語化できない。解決へのヒントがあれば教えてほしい」

比戸氏は、「これまで伝統産業や製造業の暗黙知では、とりあえずデータを集めて後から誰かが分析するアプローチが多かったが、これだとうまくいかない。我々のアプローチはベテランの動作をできるだけデジタル化し、それを本人に見せながら、『なぜここでこうしたのか』『なぜこれはやらなかったのか』と問いかける。一般的な作業で学習したAIモデルや、第三者の視点で『おかしい』と感じるポイントを起点に質問を重ねることで、初めて全体をDX化できると思う」と語った。

「チャンキング」のやり方が肝

ここでモデレーターの杉山氏が、経産省の取り組み紹介を奥家氏に求めた。奥家氏はまずデータをめぐる世界の技術動向に触れ、「物理データについて、時間単位で区切って分析した方が良いのか、ピーク値で分割して分析するのが良いのかなど、その見極めがとても重要」だと話し、米オープンAIや米アンソロピックの論文を参照しながら、チャンキング一つでAIモデルの性能が大きく変わることを紹介した。「ベテランの知見(暗黙知)を反映しながらチャンキング方法を適正にすることで、ダイキンと日立製作所のような成功事例が生まれた」と分析した。

「私たち(政府)が様々な取り組みを見る中でたどり着いた1つの答えは、3層構造に分けて考えることが重要ということ」と奥家氏は語った。現場の人たちは、データが持つ意味合いは答えられる。しかし、AIで何を実現したいかという観点で必要なデータを設計できるのは、データ精製を得意とするプレイヤー(企業や人)だ。そこにAIモデル開発事業者が加わる、という3層の構造だ。

「最近ではデータ精製手法の開発に取り組むスタートアップが増えてきている。そうした企業と大手企業が連携して使えるデータセットを作ることで、暗黙知がデータになり、そのデータセット自体にノウハウが蓄積されていく流れだ」と奥家氏は語る。「日本の競争力の源泉は、このデータセットに集約されていくと考えている。これを進めるために補正予算を組んでおり、2026年2月末には第1回の公募を締め切った。すでに製造業から多くの手が挙がっている」と奥家氏は紹介した。

フィジカルAI基盤モデル、誰が作る?

今後目指すのは、領域特化型モデルの上に、各社のアプリケーションのモデルが乗る構造だ。下位の基盤モデルが賢くなければ、上位のモデルも賢くならない。製造現場の物理データはロボットや工場の自律制御に活用できる。各社が蓄積した物理データを学習する基盤モデルをどこが提供するのかが非常に重要で、とてもセンシティブな問題だと奥家氏は指摘した。「私たちはデータの使い方次第で、日本の産業構造が変わると考えている。そのため一気通貫で全体構造を整理し政策として着手する段階まできている」(奥家氏)とした。

日経BP 総合研究所
チーフコンサルタント 主席研究員
杉山 俊幸(モデレーター)

奥家氏の説明に対して比戸氏がコメントする。「ダイキンでも、フィジカルAIやロボット活用は、来年の活動計画のホットトピックだ。各社の協調領域をどう作っていくかが重要で、政府主導で共通の基盤を整備しそれを各産業に配布し、その上で各社が差別化して競争するといった形が実現できれば、日本の産業界全体が他国に優位性を発揮できる可能性がある」

日経BP 総合研究所
チーフコンサルタント 主席研究員
杉山 俊幸(モデレーター)

久世氏は、「世界に対する日本のデータの優位性は何かについて改めてお聞きしたい」と奥家氏に聞くと、奥家氏は「例えばロボットに関するデータや、工場の自律制御に関するデータだ。AIが自律的に動く場合、ソフトウエアの分野では同じ動作を繰り返せたとしても、ハードウエアは摩耗や劣化を伴うので、いわゆる加速試験などのデータは実は宝の山だ」と語った。気温や設置環境によってハードウエアの挙動は大きく変わる。それらをすべて同期させながら自律制御する必要がある。こうしたデータは日本に最も多く蓄積しているはずだ。また、データの取り方にも特長がある。例えば中国のロボット企業は指先だけに触覚センサーを付けることが多いが、日本では手のひら全体に付ける取り組みに着手している。発想が違うため、取得できるデータや補正のかけ方も異なる。ここに日本の強みがあると奥家氏は強調した。

それが日本の勝ち筋になる

dentsu Japanの妹尾氏がコメントする。「顧客企業と接する中でも、各社が様々なデータを持っているが、整理できていないケースが非常に多い。例えば最初に旭化成の久世氏が触れた合成ゴムの事例でも、要求される機能は何なのか、それを物理式や化学式にどう落とし込むのかまで整理している企業はまだ多くない。そこが進めば経産省の奥家氏が言うプラットフォームに乗せられ、日本の勝ち筋になるのではないか」。最後にモデレーターの杉山氏は、「製造業で培ってきた暗黙知は、AIによって価値を顕在化し、生産現場の効率的な制御につなげたりフィジカルAIの先端開発へ応用したりすることで日本の再興につながる可能性がありますね」として議論を締めくくった。

2026年3月4日 アーカイブ動画

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