個人的なAI活用が多い日本
仕組みとしての導入が課題
ベイン・アンド・カンパニー
日本代表
デイヴ・マイケルズ氏
セッションは、ベイン・アンド・カンパニーのマイケルズ氏と、日経BP 経営メディアユニット長補佐の山崎良兵との対話形式で行われた。
ベイン・アンド・カンパニー
日本代表
デイヴ・マイケルズ氏
山崎が「日本企業と米国企業のAI活用に違いはありますか」と問うと、マイケルズ氏は「AIの使い方が大きく違います」と説明する。
その背景として、情報処理推進機構の公式調査レポート「DX動向2025」のデータを示した。
「生成AIの具体的な利用状況」では、日本は「個人業務利用」が62%と高く、48%の米国や51%のドイツを大きく引き離している。一方で「部署の業務プロセスへの組み込み状況」を見ると、日本は13%と極端に低い。米国とドイツはともに38%となっており、3倍ほどの開きがある。
日本のAI活用は「個人的な業務での利用」が中心。業務プロセスへの組み込みが課題となっている
日本のAI利用は、メール作成や文書要約、検索など、個人的な用途が中心だ。AIを企業の業務プロセスに仕組みとして取り入れる動きが遅れている。これが、日本企業の課題の1つである。
「日本の組織はオペレーションのプロセスがしっかりと作り込まれているため、逆にそれらを変えづらい点がAI活用の大きなリスクになっています」とマイケルズ氏は述べた。
日本企業のオペレーションの堅牢さは、グローバルな競争優位性の源泉となってきた。業務を標準化し、精緻に設計されたプロセスにより、高い品質と安定した成果を作り上げてきた。その完成度の高さが、逆にAI導入の足かせになっている。AIを前提とする業務フローへの抜本的な変革を進めにくいからだ。これは日本企業が直面している構造的な課題であり、競争力を左右する重要な論点になると述べた。
「AIを戦略的に生かし、成功しているグローバル企業の特長を教えて下さい」と山崎が述べると、マイケルズ氏は「成功する企業には、3つの明らかな特長が見られます」と応じた。
AIで成功している企業
3つの共通した特長とは?
1つ目は、「経営トップのリーダーシップ」だ。AI活用はIT部門任せにしたり、外部ベンダーに任せきりにするべきものではない。経営陣が主導し、トップダウンで進めるべき経営課題だ。AI活用を経営陣のアジェンダとして明確に位置づけ、全社を巻き込んで推進しなければ成功は難しい。
AI活用は単なる業務の効率化にとどまらず、組織の価値をどう高めるかという根源的な経営テーマに直結しているからだ。
2つ目は「市場で勝敗を決するような重点領域へ集中させること」だ。
実験的な試行錯誤を否定する必要はない。しかし、AIを企業価値や競争力の向上につなげていくには、AIをどの領域に重点的に投入するのかを経営層が明確にする必要がある。
例えば、「価格設定の高度化」「イノベーション創出の加速」「サプライチェーンの最適化」など、AIで優先的に変えるものを決めた上で、限られた領域に資源を集中させる。経営陣による明確な選択と集中が、市場での競争優位性と差別化を生み出す。
3つ目は「AI活用は一過性のプロジェクトではないという認識」だ。プロジェクトと捉えること自体が、適切ではない場合もある。
新しい前提条件や現実認識のもとで、AIが持続的に機能する構造やプロセスを組織の中に組み込む必要がある。その上でAIを価値創出エンジンとして回し続ける体制を築き、継続的に進化させていく必要がある。「AI活用の成否は、持続的な仕組みとして定着させられるかどうかにかかっています」(マイケルズ氏)
成功している企業では、中央集権的なAIの専門部署を設置し、そこを起点に全社へAIに関するイノベーションやアイデアを展開している。その過程でAI活用の優先順位を整理し、勝敗を左右する重点領域を見極めている。どの分野に資本や人材を投下すべきかを明確にし、限られた経営資源を集中させることで、競争優位性の確立につなげている。
AIを戦略的に導入し、成功している企業に共通して見られる3つの特長
CEOは毎日AIを使い
時間の20%をAI戦略に充てるべし
「AIを競争優位性の源泉とするには、どのようなリーダーシップが必要ですか」と山崎が尋ねると、マイケルズ氏は「第1に、CEOの役割が重要です」と指摘した。
グローバルの共通認識として、今日のCEOは業務時間の約20%をAI戦略に充てる必要があると言われている。かなり大きな割合だ。20%の時間を使い、自社の事業をAIでどう変革するかを真剣に考えなければならない。
数年前まで、多くのCEOの経営スケジュールにその20%は組み込まれていなかった。しかし、現在ではこの時間の確保こそが競争力を左右する重要な要素になっている。
求められているのは、テクノロジーとしてAIを理解することではない。自社の戦略を具体的に調整し、再設計することだ。AIを軸に経営判断ができる体制を築くことは、CEOにとって極めて大きな責務になっている。
CTOやCIOは、AIイニシアチブを主導する役割を担う。ITインフラを整備、運用する立場から、AIを活用して企業価値を高めるリーダーへと役割が変化している。
最後に、山崎が「日本企業が今すぐにでも取り組むべき課題」を問うと、マイケルズ氏は「経営者自身が毎日実際にAIを使い、理解を深めることから始めてください」と強調した。
マイケルズ氏は、「AIを経営戦略に組み込むためには、経営者自身が日常的に使ってみて、どのようなことを実現できるのかを理解することが欠かせないと考えています」と述べてセッションを締めくくった。
Interview
AI活用を実証実験から全社的なビジネス変革に発展させるために必要なこと専門家が「落とし穴」と「成功の条件」を解説
生成AIの導入が進む一方、実証段階から全社的な展開によるビジネスの変革にまで進めず、投資対効果の説明に悩む企業は少なくない。全社展開を成功させるためのカギについて、ベイン・アンド・カンパニーのティファニー・カク氏に、日経BP 経営メディアユニット長補佐の山崎良兵が聞いた。
実証から全社展開へ
求められる業務フローの変革
日本企業のAI活用の現状を、どう見ていますか?
大きな転換点にあると見ています。以前は「AIは必要ない」「試してみるだけ」という空気もありましたが、今は経営における優先度が明らかに上がりました。
一方でAIの個人での利用や部門単位の実験的な取り組みは増えても、全社的な業務フローの変革に本格的に組み込む企業は多くありません。個人が電子メールの作成や要約に使うような段階と、業務プロセスに埋め込む段階には大きな違いがあります。
導入につまずく要因はどこにありますか?
全社導入に向けた設計がないまま走り始めることです。成功モデルをどう抽出して社内で横展開するか、誰が責任を持つのか、どの領域に集中投資するのかが曖昧だと、取り組みは分断されたままになります。結果としてPoC(概念実証)ばかりが盛り上がり、後には何も残らないような状況が起きることも珍しくありません。全社で必要な時に必要な人がAIを使える仕組みや、運用・制度面までを含めた設計が欠かせません。
なぜ実証導入から全社的な展開になかなか移れないのでしょうか?
ベイン・アンド・カンパニー
パートナー
ティファニー・カク氏
AIを活用するためにはデータ連携が重要です。例えば、実証段階ではうまくいっても全社展開に進んだ途端、既存の様々な情報システムと分断されていることが壁になります。この結果、一部門で成功しても他部門では展開できない事態に陥りがちです。
ベイン・アンド・カンパニー
パートナー
ティファニー・カク氏
さらにAIを導入しても、業務プロセスが変わらなければ、効果は生まれません。例えば、提案書の作成にかかる時間を短縮できても、従来の調整手順がそのまま残っていれば、働き方は変わりません。ワークフローそのものを変えなければ、業務が1つ増えるだけで、最終的に何も変わらないのです。
経営層のオーナーシップの欠如も問題です。AI活用を全社で推進するためには、経営陣が大胆に投資して活用することを宣言し、ガバナンスを効かせるべきです。AIを業務フローに組み込んで成果を生んだ場合に報酬を与える制度を設ける企業の事例も日本ではまだ少ない状況です。変化を促す仕掛けがなければ、現場はAI活用を本格的に推進しにくくなり、いつの間にか元の働き方に戻ってしまいかねません。
ビジネス・技術・デザインを
つなぐ人材が不可欠
AIの実証導入を全社的な業務の変革に発展させるために、経営層は何をすべきでしょうか?
まず経営者自身がAIを日常的に使うことです。そうすれば、AIを使うことでどのような課題をいかに解決できるかを体感できます。重点領域への集中も大切です。多くの領域で実証を進めるとリソースが分散してしまいます。そして、単発で終わらせない価値創出の仕組みを作ることも重要です。AI活用を一回限りのプロジェクトにせず、経営の日常にすべきです。
現場主導の取り組みと経営のトップダウンでは、どちらが有効ですか?
どちらも必要です。生成AIは自然言語を使って日常業務を効率化でき、ボトムアップで変革を進めやすい。一方で、全社活用の方向性を示し、競争優位につながる領域や財務インパクトの大きい案件を選別する際にはトップダウンの意思決定が欠かせません。従業員の間にはAI活用に対する温度差もあるので、経営層からの明快なメッセージが重要になります。
人材不足もAI活用のボトルネックとなっているようです。
AIやデータの専門家が足りないだけではありません。大量のデータがあっても経営において、それをどのように生かすのかという視点から、ビジネスとデータの橋渡しをする「トランスレーター(翻訳者)」が不足しています。トランスレーターとは、事業側の課題や現場のニーズを整理して「何を実現すべきか」を明確にし、それを技術チームに伝える一方で、技術の制約や実現方法をビジネス側に分かりやすく説明できる人材です。つまり、ビジネスの言葉を技術の言葉に、技術の言葉をビジネスの意思決定に翻訳できる存在です。
エンジニア不足も深刻です。例えば、2000人規模のある企業では、「Python」や「Scala」などプログラミング言語を書くことができるエンジニアが2人しかいないケースもありました。
AI人材をどう育てるべきですか?
業務理解と導入に向けた青写真を描く「ビジネス」、AIワークフローを設計・構築する「テクノロジー」、UI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザー体験)の視点で設計する「デザイン」の3つの要素をつなぐ人材が必要です。
専門家を集めたチームも有効ですが、これらの3要素をつなぐ役割を果たせる人材の需要が高まっています。ITの専門部署だけではなく、ビジネスの現場サイドの人材がAIテクノロジーを理解することが重要になるでしょう。
AI導入を成功に導く
データと投資の考え方
データ基盤はどのように整備するのが有効ですか?
中央で一括したデータ基盤を整備する中央集権型は、スピードと現場のオーナーシップの面で限界があります。各事業ドメインがデータを保有・管理する分散型アプローチへと移行すれば、顧客行動分析やリスク管理、財務予測の高速化が進みます。事業部門がオーナーシップを持つことで、データを使う責任と整備する責任も一体になります。
AI投資はROI(投資収益率)が見えにくいとの指摘もあります。
ROIは3つのポイントで捉えることを提案しています。1番目が「効率化」です。作業時間やコストを削減することにより、業務フローを変えなければ、効果は出てきません。
2番目は「収益・利益への貢献」です。例えばAI活用で余裕のできた主要顧客の担当者が、より価値の高い営業活動や交渉に集中することができれば、収益の拡大に貢献できるようになります。
3番目は戦略的なオプションとして、「データを基に新しいビジネスモデルを生み出したり、データを収益化したりする」視点です。海外では、音声、動画、画像、メール、PDFファイルなど、企業に多く存在する非構造化データをAIが読み取って価値化する動きが広がっています。3層のどこに焦点を当てるかが曖昧だと、ROIが見えにくいという議論になりがちです。
貴社はポスト量子暗号に関するリスクおよび対策支援で米IBMと提携しました。
IBMとのパートナーシップは、量子コンピューティングの進展に伴って高まるサイバーセキュリティーリスクへの対応を支援するものです。特に、現在の暗号技術によって守られている機密データや知的財産、顧客データは、量子コンピューティングの発展により将来的に脆弱化する可能性があります。こうしたリスクに対し、IBMの量子安全領域の知見とベインのデューデリジェンス・戦略策定の強みを組み合わせ、クライアントのリスク評価、対応策の優先順位付け、移行ロードマップの策定と実行を支援していきます。現時点では、多くの企業で準備はまだ十分に進んでいませんが、重要データの蓄積が進むほど、ポスト量子暗号への対応の必要性は高まっていくと考えています。
AIを活用したビジネスの変革を成功させる一番のカギは、どこにあるのでしょうか?
経営層がAIを活用した組織の将来ビジョンを提示してデータを可視化しデータを経営資産として位置付け、日々の意思決定の基盤として根付かせるとともに、従業員に大きなインパクトを与える「体験」をつくることです。変革は論理を伝えるだけでは進みません。何が変わるのか、経営と現場が同じビジョンを共有し、重点領域に集中することで持続的に価値を生み出せる構造にまで落とし込むことが重要です。そうすることにより、AI導入による真の変革を実現することができます。








