「まず検索」から「まずAI」といった具合に、AIが購買行動に大きな影響を及ぼし始めている。「情報収集のタッチポイントが変わった。企業はAIからアクセスされやすい情報提供が求められる」といった指摘や「仲の良い友達に勧められたという納得感。AIの世界でそれがどう実現されるかに関心がある」といった発言がディスカッションの中で交わされた。「ユーザーは別にAIを使いたいわけではない。そこで得られる体験が重要なのだ」といった、実に本質的な指摘もなされる内容に──。
AIコンシェルジュが変えるEC
このディスカッションのタイトルは「AI時代に顧客接点・顧客体験はどう変わるのか、どう革新すべきか」。登壇者は楽天グループの山川祐介ジェネラルマネージャー、DeNAの張本龍司プロダクト開発統括部統括部長、レノボ・ジャパンの元嶋亮太プロダクトマーケティング部部長、アドビの竹嶋拓也執行役員本部長の4人である。モデレーターは日経BPの勝俣哲生トレンドメディアユニット長が務めた。
楽天グループ
コマース&マーケティングカンパニー
コマース&マーケティングテクノロジー統括部 ジェネラルマネージャー
山川 祐介氏
自己紹介のあと、勝俣氏が最初に掲げた議論のテーマは「AIの活用で顧客体験はどう変わるのか」である。その分かりやすい例としてAIコンシェルジュを挙げながら、「これがどのように機能し、従来のEC体験をどう変えていくのかを議論したい」と語り、楽天の山川氏にコメントを求めた。「AIナイゼーション」と銘打ちAIの民主化を進める楽天ではこれまで、レコメンデーション機能を強化する中で、商品中心からユーザーの趣味嗜好に合わせたお薦めへと進化させてきた。2025年末には「ディスカバリーレコメンデーション」として、商品や動画をフィード形式で閲覧できる機能を提供した。同時期のクリスマスには、全ユーザー向けに「AIコンシェルジュ」を展開し、AIと会話しながら商品を探す機能も載せた。
楽天グループ
コマース&マーケティングカンパニー
コマース&マーケティングテクノロジー統括部 ジェネラルマネージャー
山川 祐介氏
従来のECではユーザーが検索ボックスへどれだけうまくキーワードを入れられるかによって、欲しい商品にたどり着けるかどうかが決まっていた。「生成AIの登場で、より長い文脈を理解できるようになり、ユーザーの意図を我々が読み取れるようになった。マッチングの精度が格段に上がったのが大きな変化だ」と山川氏は指摘する。
また、生成AIは会話のステップを理解するため、先回りした対応が可能になった。
レノボ・ジャパン
エバンジェリスト 製品企画本部
プロダクトマーケティング部 部長
元嶋 亮太氏
例えば「壁紙を替えたい」というユーザーに対して、リアルの店舗なら「この壁紙がおすすめですが、それに使う道具はお持ちですか?」と尋ねられる。ところがECではユーザーが必要なものを調べて探すしかなかった。生成AIの導入によって、EC店舗でも壁紙とローラーをセットで提案できるようになった。楽天はAIを活用した支援機能を順次展開しており、「ユーザーがどう行動したいかをAIが先回りして教えてくれる」といった顧客体験に進化させている。
レノボ・ジャパン
エバンジェリスト 製品企画本部
プロダクトマーケティング部 部長
元嶋 亮太氏
これを受けてレノボの元嶋氏が言う。「『パソコンの壁紙』を例にとると、これまでは『人がコンピューターに合わせる』必要があった。パソコンの設定画面を探して操作して壁紙を変えていく流れだ。ところが今は、Windows内にAIの基盤モデルが組み込まれており、『パソコンの壁紙を変えたい』と入力すれば、それに対応した画面に飛べるパソコンも出てきている。AIの変化にユーザーが合わせないといけないというネガティブな文脈で語られることもあるが、実際には人にパソコンが寄り添うような『人にやさしい体験』に変わり、気が利く存在として日常に溶け込んでくる状況だと感じている」
「痒いところに手が届く」が大切
アドビ
C&P 法人マーケティング 執行役員本部長
竹嶋 拓也氏
再び楽天の山川氏が語る。「AIコンシェルジュを機能させるには、『痒いところに手が届く』ようになる必要がある。それに欠かせないのは膨大なデータの整備だ。例えばバレンタインデーのチョコレートを探すシーン。『他の人と被りたくない』『会社に持って行くから箱は小さめに』といったニュアンスを拾うには、それに対応したデータの整備とマッチングの仕組みが必要だ。だから、購買体験の向上とデータ整備は両輪で進める必要がある」
アドビ
C&P 法人マーケティング 執行役員本部長
竹嶋 拓也氏
AIコンシェルジュの浸透で、企業には新たな課題が生まれていると指摘するのはアドビの竹嶋氏だ。「ユーザーはAIコンシェルジュを使って事前に情報収集した上で、企業のサイトを訪問することも増えている。ニーズをより顕在化させた状態でアクセスするわけだ。企業サイドもその前提でコンテンツを準備しないと、期待を裏切ることになってしまう。どんなクリエイティブが望ましいのかを考え直さないといけなくなっている」
レノボの元嶋氏は、ユーザーが情報を入手するタッチポイントが変わってきていると指摘する。同社は、商品を買った時だけでなく、購入後の体験をいかにスムーズにするかも重要だと考えている。カスタマーサポートには、「AIはこう言っていますが、正しいですか」というユーザーからの問い合わせが最近増えているという。
かつては検索エンジンやメーカー公式サイト、マーケットプレイスを経由していた情報収集が、今はまずAIに聞く流れになっている。つまり企業側は、「AIにアクセスされやすいフォーマットで、AIが理解しやすい情報提供が求められる。これは今後大きなトピックになると感じている」(元嶋氏)
対応すべきペルソナが増えた
DeNA
AIイノベーション事業本部
プロダクト開発統括部 統括部長
張本 龍司氏
竹嶋氏は企業が対応すべきペルソナが増えたとも言う。ネット上では、1人の人が複数の“人格”を持つこともある。すると、企業サイドが向き合うAIエージェントも複数タイプが必要になる。「それぞれのペルソナごとにマーケティングファネルも異なるため、パーソナライズの設計がさらに複雑になっている」と竹嶋氏は語る。
DeNA
AIイノベーション事業本部
プロダクト開発統括部 統括部長
張本 龍司氏
これについてレノボの元嶋氏は、「汎用的なAIからのアクセスを前提とするのか、それともリテラシーの高いユーザーが使うAIエージェントからのアクセスを前提とするのかが重要だ。ユーザーがどのタッチポイントで訪れるかを、企業サイドで制御できないことが大きな課題だ」と指摘する。
趣味嗜好に合わせた対応も必要になる。楽天の山川氏によれば、「例えばテントを売るEC店舗でも、機能的なテントを売りたい店舗と、写真映えするキャンプグッズを紹介したい店舗がある。こうした得意分野をいかにAIエージェントに取り込めるかという取り組みを進めている」という。
モデレーターの勝俣氏が、「一般ユーザー向けの様々なタイプのAIエージェントを、出店店舗と一緒に作るイメージですか」と問うと、山川氏は「はい。均質な1つのAIエージェントではなく、ユーザーのニーズに応えられるいろんなAIエージェントの世界観を作っていきたい」と返した。
楽天は、出店店舗向けに店舗運営のツールを提供しており、その中でAIを活用した支援機能を順次展開している。26年前半には、AIが店舗の担当者と会話しながら店舗運営をサポートする機能の提供を予定している。そして山川氏はこう付け加えた。「AI活用でBtoB事業では『既存業務の置き換え』も多いと思うが、BtoCサービスでは置き換え目線だとサービスの本質からズレてしまう。『ショッピングの楽しさって何なのか』を大事にしながらAIを使うことが、顧客体験を考える上で重要だ」
DeNAの張本氏は、汎用エージェントか専門エージェントかという点にとても関心があると語った。「インターネット黎明期から、いろんなサイトが誕生する中で、ECモールというカスタマーの体験に特化したものが生き残ってきた。AI時代も同じ流れになると当社は見ている。これまで利用者のペルソナは数種類しか人では設定できなかったが、AIなら十人十色の個別設計が可能になる。これはAIによる新しい体験となる。一方で体験そのものの設計はAIよりも人間の方が面白いものを作ることができるのではないか」
「楽しさ」と「納得感」が重要
モデレーターの勝俣氏は、2つ目のテーマとして「AIによる顧客体験の可能性と限界。人が介在すべきことは」を挙げた。
これについて、楽天の山川氏はあるアンケートの結果として、ショッピングはあまりAIで置き換えたくないという傾向が見られたことを紹介した。ウィンドーショッピングが楽しいように、探す行為そのものにも価値がある。AIで全部置き換えてしまうと、「この商品、なんかいまいち」という体験が増える恐れがある。
「仲の良い友達に勧められた」「インフルエンサーが紹介していた」という納得感があって初めて「買って良かった」になる。人を介在させるべきところに人を置くことで、楽しさが守られると山川氏は指摘した。
ここで元嶋氏が登壇者たちに問うた。「口コミというコンテンツはこれからも残り続けると思うがいかがか。他の人がどう思っているかは、ユーザーが購買を判断する時に外せない要素だ。ここはAIの限界の1つであり、重要なポイントだと感じている」。
これに張本氏が、「ユーザーの目線に立つと、別にAIを使いたいわけではない。そこで得られる体験が重要なのだ」と答えた。今は人の口コミの方が心地いいけど、AI駆動で新しい仕組みが生まれて「こっちの方がいい」となった時、初めて本格的なAI駆動体験が成立すると張本氏はみている。
楽天の山川氏が言う。「AIに完全に振り切った若い世代が購買層の中心になるのはもう少し先だが、その動向は注視しておく必要がある。AIが入り込んだ世界の中で、リアルの価値がどうなるかも考えておかないと。現状でライブショッピングが若い世代に受けているのも、AIレコメンドではなく誰かが実際に持っているものを見て買いたいと思う心理があるからだ。このバランスが今後どう変わるかを見ておく必要がある」。張本氏も「AIネイティブ世代の感覚と、我々世代の感覚はどんどんズレていく。そこに新しいものを生み出す可能性が生まれていく」と添えた。
AIによる超パーソナライズ
日経BP
トレンドメディアユニット長
勝俣 哲生(モデレーター)
ここでモデレーターの勝俣氏が疑問を投げかける。例えば受験生サポートのサービスについて、それはAIと共にどう進化していくイメージなのだろうか。これに対してDeNAの張本氏は、「学習塾では基本的には人間の先生が1番ということになっているが、生徒一人ひとりに超パーソナライズされた体験の提供には至っていない。『あなたの志望大学に1番近いアプローチはこのやり方です』とAIが提案できれば、人を超える体験の提供が可能になるのではないか。人では時間的、作業量的な限界があるが、AIなら自律的にその限界を超えていくようになるのでは」と答えた。
日経BP
トレンドメディアユニット長
勝俣 哲生(モデレーター)
こうした人とAIの役割分担について、アドビの竹嶋氏が「クリエイティブの仕事では人がやるべきことがクリアになってきたと思う」と語った。そのプロセスは3つに分かれ、初期に発想を拡散させるアイディエーションという段階、コアのクリエイティブを作る段階、パーソナライズして量産する段階だ。「前半は人間にしかできない領域で、後半にいくほどAI駆動の領域とクリアに分かれている。コアなアイデアはやっぱり人間にしか作れない」(竹嶋氏)という。
製品化までの工程が高速化
ディスカッションの3つ目のテーマは「AIはサービスづくり・体験づくり、工程をどう変える?」。DeNAの張本氏は同社の現状について、「例えば確認フローがかなり速くなった実感がある。社内で新しい企画を提案する際、これまでは書面での提出だったが、昨年からはプロトタイプと一緒に提案することになった。今はさらに進んで製品版も早期投入という動きになっている。もちろんごく限られた量で検証する前提だが、早めに顧客に触れてもらい、そのフィードバックをもらって改良を繰り返す」と紹介した。
こうした高速化の背景には、昨年2月に南場智子会長が「AIにオールインする」との方針を打ち出したことがある。まず既存事業へのAI機能の組み込み、そして全社共通領域でのAIによる業務効率化、さらに新規事業を次々と立ち上げ少人数でユニコーン(企業価値10億ドル超の未上場企業)を生み出すことを目指すものだ。
モデレーターの勝俣氏が、「プロトタイプに加えて最終の製品版を作るまでの速度感は目を見張るものがありますね」と言うと、張本氏は「特に驚いているのはこれまで企画職、デザイナー職、エンジニア職と分かれていた垣根がどんどん低くなってきている点だ」と返した。
従来は企画職が設計書を作り、デザイナーに伝え、エンジニアが実装するという流れだった。が、今ではAIエージェントを活用して企画職自身がコーディングまで行い、それをエンジニアに渡して実装してもらうといったフローに変わってきている。特に若い世代を中心にAIを使いこなしている感覚が強く、非常に驚いていると張本氏は語った。
若手とシニア、変わる人材活用法
そして話は、シニア層と若手層の人材活用の変化に向かった。楽天の山川氏は、「AIがコーディングしたものを確認できるのはシニアのエンジニアであることが多い。以前は若手エンジニアの育成が重視されたが、今はシニアの経験が価値を持ちだしている」と語った。
これを受けて張本氏は、「かなり経験値を持った人たちが、自分のノウハウにAIをかけ合わせて圧倒的なスピードと正確性をもって作業を進める動きがある。若手を育てるという視点がある一方で、AIエージェントの方が使い勝手がいいのではといった議論もある」と語った。
クリエイティブの分野にも動きが広がる。元嶋氏によれば、「ロゴの規定違反のチェックやフォントサイズ確認といった細かい判断を、今ではAIエージェントに覚えさせて自動化している。確かに若手の仕事がなくなっていく実感がある。これが今後、会社全体にボディブローのように効いてくる可能性がある」とのことだ。新入社員にいかに価値を発揮させるか、そもそもどのように採用するかという問題まで議論が広がるのではないかと元嶋氏は語った。
当のAIネイティブの若手に対しては、「AI活用のサイクルを高速で回して自分で失敗から学びながらキャッチアップしている。若手の良さは、技術革新を恐れないこと。そこに新しいイノベーションが生まれると思っている」(張本氏)という期待もかかる。最後にモデレーターの勝俣氏は、人とAIによる新しい顧客体験、そしてそこで必要になる人材育成まで議論が深まったことに登壇者への謝意を伝え、ディスカッションを締めくくった。
2026年3月4日 アーカイブ動画








