やりがいのある仕事を任されて、農業法人での仕事は楽しかった?
川名:はい、でも悲しかったことも。福井で私が作ったトマトは都内のコンビニにも並んだのですが、都内に住む両親に「見つけたよ。でも古かった」と指摘されたことがあり、とても落胆しました。せっかく最高のトマトを作ったのに、作り手と消費者が遠いことで供給の過不足が起きたり、流通の非効率に翻弄されながら生産を続けたりすることに疑問を感じました。
例えば、自分の家の前には耕作されていない畑があり、近所の直売所には新鮮な野菜を求める人たちの列ができています。地元で生産と販売を連携して行えば、そうした流通上の問題をストレートに解決できるはず。採れたての野菜をすぐ近くの消費者に食べてもらえるような農業をしたいと思いました。そして販売にまでしっかり自分が関わりたいと。
もっとお客さんに近いところで農業がやりたいという思いが募り、農業法人をやめて独立を考えました。そして、施設トマト栽培で有名な東京都清瀬市の「関ファーム」さんで独立を前提として修業させていただくようになりました。
その頃はまだ市街地の生産緑地で就農することは不可能だったのですが、できれば田舎よりも都市で就農できないかという希望は密かに持っていました。もっと言えば、自分が15歳から住んだ多摩地区周辺で農業ができないだろうかと。でも、その頃はまだ「何となく」のレベルでしたけれど。
川名さんのような海外育ちの“国際派”の人が、“地元”で農業をしたいと希望するのは、ちょっぴり意外な気がします。
川名:子供の頃から海外も含めて引っ越しが多く、むしろ「地元愛」がある人がうらやましい気持ちが根っこにあるのかもしれません。自分が住んでいる場所を地元として愛せるように、またたくさんの人に愛されるように、魅力のある場所にしていきたいという思いがありました。
それに加えて、さきほど申し上げたように、消費者の近くで就農するという強い希望がありましたから、やはり、野菜が新鮮なうちに消費者の元に届く都内市街地で農業をしたい。さらに、自分が住んでいる地域にある生産緑地が年々なくなっていくのを、黙って見ていたくはなかったのです。
独立を見据えて関ファームさんで修業させていただくようになってから、就農相談などを受けつけている一般社団法人・東京都農業会議の松澤龍人さんという方に、街中で農業をしたいという自分の希望をお話しました。それから実際に畑をお借りするまでには、かなりの紆余曲折があったのですが…。結局、松澤さんが農家さんや自治体の農業担当課、農業委員会などに手を尽くしてくださった結果、様々な出会いがあり、自宅から自転車で10分程度の距離の場所で、30年の長期にわたり生産緑地を貸して下さる地主さんが見つかりました。奇跡的なことでした。

最初から都内市街地の「生産緑地」を借りるつもりだったのですか?
川名:いいえ。都市農業をしたいという希望は持っていましたが、最初の頃は、市街地の生産緑地ではやはり無理だと思っていました。このため都内でも郊外の方でやることをまず考えましたが、そのうちに生産緑地を貸借できるようにする新法ができるという話も聞こえてきて、「自宅近くでもできるようになるかも」と。結果的にこうなったわけですが、契約するまでは信じられませんでした。地主さんには本当に感謝です。
川名さんの畑は本当に住宅街の真ん中ですね。広さは10アール(約1反、1000平方メートル)ですか。
川名:当初の予定は10アールだけでしたが、その後、同じ地主さんがその隣の10アールの農地も貸して下さることになって、合計20アールに。堆肥を入れて、ジャガイモやコマツナ、ルッコラなどといった、野菜の露地栽培から始めています。
