高学歴女子が東京の市街地で農業を始める理由

生産緑地の貸借が可能となり、新時代を迎えた「都市農業」

“東京の新規就農者の生みの親” 東京都農業会議の松澤さんに聞く

 川名桂さんが実際に生産緑地を借りて、3月に就農するまでをきめ細かくサポートしてきたのが、就農相談を受けつけている一般社団法人・東京都農業会議の松澤龍人さんだ。東京で農業に携わりたいという人はライフスタイルの多様化もあって増加傾向にあるというが、どのような手順を踏んだら都内、しかも市街地での就農が可能になるのか。そこに至る具体的な道筋にはどのようなものがあるかを、松澤さんに聞いた。

松澤龍人(まつざわ・りゅうと)さん<br />一般社団法人・東京都農業会議 業務部長<br />1968年東京生まれ。1992年に東京都農業会議に入り、2006年から東京都内での新規就農を支援する活動を続ける。2009年に東京都内で初の非農家出身者の新規就農者を誕生させた。2012年に新規就農者やその予備軍をメンバーとする「東京ネオファーマーズ」を結成。『都市農業必携ガイド』(農山漁村文化協会)や『農地・農業の法律相談ハンドブック』(新日本法規出版)などを執筆。
松澤龍人(まつざわ・りゅうと)さん
一般社団法人・東京都農業会議 業務部長
1968年東京生まれ。1992年に東京都農業会議に入り、2006年から東京都内での新規就農を支援する活動を続ける。2009年に東京都内で初の非農家出身者の新規就農者を誕生させた。2012年に新規就農者やその予備軍をメンバーとする「東京ネオファーマーズ」を結成。『都市農業必携ガイド』(農山漁村文化協会)や『農地・農業の法律相談ハンドブック』(新日本法規出版)などを執筆。

東京都農業会議さんでは、東京で就農したいという人の支援を10年以上前からしていますね。松澤さんは「東京の新規就農者の生みの親」とも言われています。

松澤: 近年は「農業をやりたい」という本当にたくさんの人が相談にやって来ます。都内で新規就農を希望する人は増え続けています。毎年100人超くらいは面接しているのではないでしょうか。

 東京都農業会議が積極的に都内での就農を支援してきたのは、この十年余です。川名さんは都内市街地の生産緑地を借りて新規就農した第1号であって、農家世帯以外の方が都内で新規就農をしたのは川名さんが初めてではありません。農家世帯以外の新規就農者が都内で初めて誕生したのが2009年。埼玉県に隣接する周辺部の瑞穂町においてでした。都内新規就農の先駆けとなったそのケースも自分が就農支援を担当していました。「どうしても東京で農業がやりたい」という夫婦が2007年に現れ、かねて交流があった瑞穂町の職員の方々や農家さんと交渉した結果、うまく話をまとめることができたのです。

 それ以降、「都内で農家になりたい」という就農希望者は確実に増えていきました。私は彼らの就農を支援し、その結果、都内で農業を始めることのできた人が順次、誕生していきました。それらのケースは、瑞穂町やあきる野市、青梅市といった、都心から離れた市街化調整区域(開発を抑制する区域)の農地を借りての就農でした。

 もともと、東京では基本的には「農家の親族以外の新規就農はない」というのが一昔前までの大前提で、都内で農家世帯以外の者が新規就農を目指し研修ができる公的機関などもありませんでした。仮に都内で新規就農したいという人が来ても、十数年前は「ほかの県ならできるかも」と助言したりして、都内では無理という意識が自分にもありました。

 それが変わってきたのがこの十数年です。背景にあったのが、瑞穂町や日の出町などにおける、農家同士での農地貸し借りの開始。さきほど申し上げたように瑞穂町で就農した夫婦が現れた後、今に至るまで、農家世帯以外の数十人が市街化調整区域で新規に就農しました。

そうして松澤さんの支援を得て都内で就農した人、あるはこれからしようという就農予備軍の人たち、さらに彼らを応援する人たちが「東京ネオファーマーズ」というサークルをつくり、就農活動支援を活発化させているわけですね。最近はテレビなどのメディアでもたびたび紹介されています。

都内での新規就農者とその予備軍がメンバーとなっているサークル「<a href="https://www.facebook.com/pages/category/Agricultural-Cooperative/%E6%9D%B1%E4%BA%ACNEOFARMERS-531304216883793/" target="_blank">東京ネオファーマーズ</a>」のフェイスブックページ
都内での新規就農者とその予備軍がメンバーとなっているサークル「東京ネオファーマーズ」のフェイスブックページ

松澤: 東京ネオファーマーズでは、農業経営や、農法、農地などについての情報共有や、新規の就農を志す人たちを支援したりする活動をしています。月1回のペースで集まって、近況報告をしています。ただの飲み会と言えばそれまでですが(笑)。作った野菜をネオファーマーズの応援メンバーになっているスーパーに置いてもらったりもしています。要するに都内で農業を志す人たちが助け合う互助的なサークルです。

都内で就農を希望する人が増えている背景には、都市農業の方が経営は成り立ちやすいといった事情もあるのでしょうか。

松澤: 消費地が近いですし「地産地消」は人気がありますから、有利なのは間違いないでしょう。農産物の届け方も多様なチャネルや選択肢がありますし、販売先も確保しやすい。直売所で売ったり、自分の畑に設置した自動販売機で売ったり…。有機農法などに理解のある消費者も多い。物流にもあまりコストがかからない。そういう意味では経営が黒字化しやすいとは言えるでしょうね。

東京で就農することのメリットはほかにありますか?

松澤: 生活パターンを従来とあまり変えずに済むという手軽さはあるかもしれません。都市で働いている人が、地方に行って就農しようとすれば生活は一変しますけど、東京であれば最小限に抑えられます。また、その地域の特産物を作らねばならないようなところもありますが、東京なら自由に何でも作れます。

 そのほか、夫婦であれば配偶者の方が、都心の一般企業などに勤務して経済的な「保険」をかけやすいという点もあります。実際、そういうケースは多いはずです。地に足がついた生活をするための知恵と言えるかもしれません。

若い就農希望者と話をしていると、農業は特殊な仕事といった意識を持つ人は少なくなっているように感じます。農業を目指す人たちの姿勢が変わってきているのでしょうか。

松澤: それはありますね。10年以上前に就農を自分が支援したような人たちは、「人生をかけて」という気負いがあったように思いますが、今は農業を特殊な仕事ととらえていない印象があります。ですので、新しいアイデアで挑戦もできるし、面白い。そして、就農希望者に共通しているのは、やはり農作業が好きだという点です。好きな仕事が自分の人生の大半を占めると誰でも幸せですよね。だからたとえ質素な生活をしてでも、農業を仕事に選ぶ。

 ただ時々、自分の置かれた経済状況や家族構成、経験や能力なども考慮せずに、何が何でも畑を借りて就農するんだという人もいます。現実的でない夢を抱き、ヒートアップした人に対しては、冷静になるように諭します。ケース・バイ・ケースで、その人の生活に合った処方箋を個別に用意してあげることが大切。まずは農業法人で「会社員ファーマー」として働いてみたらどうかと助言することもあり、そんな時、ネオファーマーズの仲間たちが協力してくれたり面倒をみてくれたりすることもあります。

今後、都市の生産緑地を借りて新規就農するという流れは続くでしょうか。

松澤: 川名さんに続いて最近、一人の20歳代の若い男性が小平市で生産緑地を借りて農業を始めました。いわば、生産緑地で新規就農した第2号ですね。今後も生産緑地での新規就農は続くかと言えば、続こうとする人はいるでしょう。でも難しいですよ。もともと農地が少ない東京で、しかも市街化区域にある生産緑地を貸してくれる人は本当に少ないですから。

 まず、貸してくれる人を探さなくてはなりませんし、貸してくれるとしても農家さんの代替わりがあったときに宅地として売却する意向を示される可能性もある。農地を残すために貸したいという農家さんはいても、長期にわたり借りるのは難しい。このため、市街地で新規の就農者が続出するかというと、そこまでには至らならないのでは。

 それでも本気で都市農業をやりたいならば、農地について徹底的な情報収集が不可欠ですし、多くの方々の理解と関係者の支援が必要です。都内で始めたい方は、まずは東京都農業会議に相談していただければと思います。都市農業振興のためには、営農意欲が高い新規参入者の方が必要ですから、できる限りお手伝いしていきたいと考えています。

■東京都内において、希望者が新規就農に至るまでのフローチャート
■東京都内において、希望者が新規就農に至るまでのフローチャート
(資料:東京都農業会議)
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