前述したトレー洗浄機は、まさに障がい者が持ち込んだ課題への対応であり、京丸園ユニバーサル化の1つの例でもある。当時持ち込まれたのはどんな課題だったのか。
あるとき、鈴木氏は、実習でやってきた特別支援学校の生徒の1人に、数百枚のトレ-を渡し、「これをきれいに洗ってください」と指示をした。1時間ほどしてから様子を見に戻ると、その生徒は1枚目のトレーをまだ洗っていたという。
「学校にクレームを入れたら、担当の先生に『いったいどんな指示を出したのか』と問われました。それで『きれいに洗ってください』と、しっかり指示したとこたえたところ、『それは指示じゃない。そんな抽象的な作業指示を出すから生徒は迷うんです』と逆に怒られてしまいました」
そのとき鈴木氏は、「ちょっと苗に水かけといて」といった抽象的な言葉が飛びかう農業現場が、いかにユニバーサルでないかに気づかされたそうだ。
「僕は農家の長男として親を見てきたから『ちょっと』がどの程度なのか、なんとなくわかります。でも農家の子どもでなければわかるはずがない。だから農業は人に仕事を手伝ってもらえないし、自分の技術を人に伝えられない。後継者が育ちにくいという農業が抱えた問題を、僕の前に突き付けたのは、うちで働いてくれた障がい者だったのです」、
この経験が、誰がやっても、早く、正確に洗い上がる洗浄機の開発につながったというわけだ。

農家が障がい者を受け入れることで、障害者就業・生活支援センターや事業所など福祉サイドの人々との関わりが生まれる。そこで、福祉と農業との考え方の隔たりに気づき驚くことも多いそうだ。
たとえば、農業の世界では、種まきから収穫まですべて1人でできて1人前とみなされる。一方、福祉の世界では、最初から1人でやろうとはさらさら思っていない。
「種まきから収穫までの作業を細かく切り分けて、誰もが参加できるようにバラバラに作業分解する。種を蒔く人、草を抜く人、肥料を運ぶ人……、みんながそれぞれできるところだけをやって、あとでくっつけて仕上げればいいと、福祉の人たちは考えるのです」

また、仕事を分担するときは、「この仕事を誰が担当するか」と、仕事を人にあてはめるようなことはしないのが福祉の世界だという。ではどう考えるのか。
「どうしたら目の前の人ができるようになるのか、と考えるのが福祉の人たちです。そのために、作業のやり方を工夫したり、機械化を考えたり、仕事そのものの内容を根本から見直したりする。仕事を人にあてはめていたら変化は起きません。でも、障がい者が働けるように、仕事や作業を工夫することからは、生産現場が変わっていくチャンスが生まれます」
鈴木氏は、これこそが、障がいのある人とともに働く面白さであり、相反する農業と福祉とをいっしょにする「農福連携」の面白さだと言う。
現在、京丸園の売上の50%を占めているのが姫ねぎ、次がミニちんげんだ。この2つのプラントは、障がい者を受け入れるために開発した品目であり、障がい者が働きやすいように作業を分解し、組み立ててある。

「不況で経済が落ちていくなかでも、彼らのために開発した技術や彼らのために開発した品目は伸びています」。そんな品目ほど、オリジナル性が高かったり、付加価値がついたりして、世間からは「新しい商品」とみなされることを考えれば、当然というべき結果なのかもしれない。