出羽桜酒造は、1986年から蔵元の後継者たちを研修生として受け入れてきた。その数、すでに17人。研修に決まったカリキュラムはないが、基本的に社員と同じように瓶詰めからスタートする。冬になれば仕込みで泊まり込む。「うちの酒造りは全く機械化をしていないので僕も泊まり込みますし、研修生も4日に1度は泊まりになります。大吟醸は研修生と僕も仕込むんですよ。研修は基本的に2年なので、それだけいれば技術も経営状況も、社員が社長を何と評しているかまで、何でもわかっちゃいます。僕なんか丸裸ですよ」。

それでもかまわないという。なぜなら「技術はオープンにして初めて、振り返りがあり、新たに得られるものがある。アンテナを高くして情報を開示した人でなければ、本当の情報は入らないと思いますし、情報を広く発信することによって、業界全体が伸びていくことになると思っています」。

「会社で一番大事なことは存続し続けること」と仲野さんは言い切る。だからこそ、自分が経営のトップを務める5年・10年の業績がよければいいのではなく、未来のためには業界全体が伸びていくことが大切なのだ。この思いは、酒造りという同じ目的意識を持って集まった醸造科学科の教員・学生・OBが共有しているものでもあるのだろう。
例えば、石川県で新しい酒米ができたと聞けば、石川の知り合いに特徴をたずねる。あるいは、これまで取引のなかった店から酒を取扱いたいという問い合わせがあれば、どういう流通、どういう小売店なのかを地元の酒蔵に聞ける。地域や年齢を超えたネットワークがどこまでも広がっているのだ。
「私たちは一代おきの恩返しができる数少ない業界です。先輩にお世話になったからといって先輩にお返しでなくても、後輩に返すことを歴代でつないでいける。それが日本酒業界の歴史と伝統で、そういったものが本当の意味での信用につながっていくのかなと思っています。それは農大に限ったことではないのですが、農大はそれが特に濃いかもしれませんね。大学時代から先輩たちにそうしていただいてきました」(仲野さん)
「それに、研修に来てくれた後輩たちが頑張れば僕らも頑張らなきゃいけないという刺激になります。新酒鑑評会ではお互いのお酒を持ち寄り切磋琢磨しています。今日も、これからかつての研修生が3人(「徳正宗」の萩原酒造の萩原康久さん、「霧筑波」の浦里酒造店の浦里知可良さん、「利根錦」の永井本家の永井悠介さん)が遊びに来て、芋煮会をするんですよ」と話してくれた。