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憎しみを抑え、
ファクトを報道する
大災害が発生した、大きな事故が起きた。SNSなどでそうした第一報に触れたとき、あなたならどうしますか。より詳しい情報を知りたいとネットで検索するかもしれません。テレビをつけるという人もいるでしょう。
しかし、もしそこに真っ暗な画面が広がっていたら。または、起きてもいないことがあたかも起きたかのように報じられていたら。場合によっては起きたことが意図的に隠されているかもしれません。特に非日常の場面では、政治、社会、経済などの諸問題について、国民がメディアの報道を通じて公正・中立な情報を得ること、すなわち国民の知る権利が剥奪されることが新たな悲劇を招きます。今ウクライナでは、そうした悲劇を起こさないよう、懸命な努力が続けられています。
その一翼を担うのがウクライナ公共放送(Suspilne Ukraine)です。ウクライナ公共放送は、公共を意味する「ススピーリネ」の愛称でも親しまれている、2017年に設立されたまだ新しいテレビ局。デジタルファーストを掲げ、放送のほか自社サイトやYouTube(@SuspilneNews)、X(@suspilne_news)などのメディアを活用し、休むことなく取材に基づいた被害の様子などを伝えています。
ウクライナ公共放送のミコラ・チェルノティツィキー会長と、クリスティナ・ハブリリヤク編集局長に話を聞きました。
池上:戦争取材は大変危険です。どのようなことに気をつけて取材をしていますか。
チェルノティツィキー会長:ロシアによる侵攻で何が起きているかを国民に伝えるのが我々ジャーナリストの仕事であり、強い使命感をもって報道しています。
もちろん記者自身の命の安全を確保したうえでのことです。ロシアによる占領地域など特に危険な地帯で取材をする記者は、そのためのトレーニングを受けています。
その内容は、爆撃を受けた際の安全の確保、地雷への対処、けがをした際の応急処置などです。
記者みんなに戦地取材の経験があるわけではありません。精神的なケアも大切です。交代制で休暇を取れるようにしています。
例えば、激戦地である、ウクライナ東部ドンバス地方で取材をする記者に対しては、一定期間後にキーウに戻り、休暇を取って家族で過ごすことを義務付けています。
池上:皆さんは正確で中立で公正な公共放送を担う立場であり、一方で、ロシアから侵攻されたウクライナの国民、被害者でもあります。客観的な報道を続けようとするうえで何を意識していますか。
ハブリリヤク編集局長:ウクライナ国民としてロシアに敵対感情を持つのは当然なことだと思います。私自身も一個人としては持っています。
しかし私たちはプロフェッショナルなジャーナリストとして、中立的な立場から冷静に報道するよう努めています。例えばウクライナ国民としての感情が先に立ち、ウクライナの被害を事実より少なく報道するようなことがあってはいけません。
ウクライナ兵が亡くなったときもロシア兵が亡くなったときも、確かな情報源から得た数字をファクトとして伝えています。
こうした“事実を伝える努力”は、公共放送であれば当たり前のように感じられるかもしれません。しかし何年か前までは、公共放送にそうした役割を期待するウクライナ国民はほとんどいませんでした。その理由を知るには、少しだけ、この放送局の歴史を知る必要があります。
ウクライナ公共放送は、2017年に誕生したまだ新しい放送局です。首都キーウにあった国営テレビ・ラジオ局を中心に、全国23の地方局、映画製作会社など、合わせて32社を統合して生まれました。
前身である国営テレビは国民から人気がありませんでした。また、信頼もされていませんでした。なぜなら、国営という名の通り、政府の広報機関という位置づけにあり、正確で公正な報道からはほど遠い存在だったからです。
国民から人気があったのは、スポーツ中継などの人気コンテンツを持っている民放の放送局でした。しかしそうした放送局の多くは、オリガルヒ(Oligarch)と呼ばれる新興財閥が私物化して情報を統制していたため、国民の知る権利が守られているとは言えない状態でした。
ゼレンスキー大統領がロシアの侵攻前から汚職対策を進めていたとはいえ、旧ソ連の負の遺産の影響がいまだ残るウクライナは、国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」が発表した2022年の「腐敗認識指数」で、180の国と地域のうち116位。いわば「ウクライナに真のジャーナリズムは存在しない」と世界から評価されていたのです。
では、なぜ、不人気だった国営放送が、公平・中立な公共放送に生まれ変わったのでしょうか。そこには、“西”の一員となろうとするウクライナの事情がありました。