池上彰と知る ウクライナと世界の未来と私たち powered by JICA

ロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会に突きつけられた新たな課題です。今、私たちには何ができるのでしょうか。

池上彰
池上彰

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たとえ「愛国心がない」と
そしられても

たとえ「愛国心がない」とそしられても

国営放送と公共放送、似た印象を持つ言葉ですが、実際には使い分けられています。国営放送とは国の機関の一部であり、運営資金は税金です。一方、公共放送は国から独立した存在です。

では、ウクライナはなぜ、国営放送を公共放送として再生させたのか。実はそれが、ウクライナの目指すEU加盟の条件のひとつだからです。

EUに加盟する国には、コペンハーゲン基準と呼ばれる、政治や経済に関する基準を達成することなどが求められます。その基準のひとつに、正確で公正・中立な情報を国民に伝え、「国民の知る権利」を守る放送局の存在があります。国の言い分だけを放送する国営放送では、とても基準を満たせないのです。

そこでウクライナ政府は2014年3月に、それまでの国営放送を公共放送へ一新することを決めました。EUへの加盟に後ろ向きだった親ロシア派のヤヌコビッチ元大統領が追放されたマイダン革命直後のことです。

PBCスタジオ
キーウにあるウクライナ公共放送のスタジオ(写真:Anastasia Mantach, Suspilne Ukraine)

こうして2017年に株式会社ウクライナ公共放送として再出発しました。ただ、新組織の核は旧国営放送。職員も政府の広報機関としての仕事をしてきた人たちばかりです。公共放送の責任を自覚し、国民から信頼される番組をつくり、最新の機材を使うスキルを身に付け、緊急時にも放送を続ける体制を構築する……。公正・中立な放送局として生まれ変わるための課題は山積していました。

そこで日本は、2017年から5年間にわたって、ウクライナ公共放送への支援を行ってきました。協力したのは私の古巣でもあるNHKです。様々な課題解決に共に取り組み、ジャーナリストとしての意識を高めるためのハンドブック制作なども行ってきました。

こうした支援によって、公共放送としての体制が整ったタイミングで、ロシアによる侵攻が始まったのです。ウクライナ公共放送のテレビ塔も攻撃を受け、一時的に拠点をウクライナ西部へと移し、放送を続けたこともあります。
ロシアの侵攻後、約400人の職員が軍隊に入り、放送の仕事から離れました。そのうち3人は、戦地で命を落としました。それでも今、全国におよそ3600人いるウクライナ公共放送の職員は、国民のために報道を続けることに全力を注いでいます。


池上:戦時下で公正・中立な放送を続けることは大変な困難があるかと思います。また、冷静な放送を心がけることで、「愛国心がない」と非難されるリスクもあります。

チェルノティツィキー会長:軍事機密に関わる報道は国の戦略上、制限を受けています。それを守るのか、それとも放送局としての独立性を守り事実を報道するのかは、私たちの間でも常に議論になっています。

ハブリリヤク編集局長:公共放送は国民を守る役割を担っていますが、国民の暮らしを報じることが敵に攻撃目標を知らせることになりかねません。
ただ、私たちが常に意識しているのは、事実を客観的に報道しないロシアのジャーナリストのようにはなりたくないということです。

池上:戦争が始まった直後、ゼレンスキー大統領が投降を呼びかけるフェイク動画が出回りました。フェイクニュースにはどのように対応していますか。

ハブリリヤク編集局長:ご指摘の動画は画質が悪かったこともあり、誰もがすぐにフェイクだと気づきました。そしてウクライナ国民は、報道が事実であるかどうかに常に敏感でいます。自分が目撃したニュースが正しく報じられていなければ、すぐにSNSで拡散するでしょう。国民の目も、報道の公平性を守るための役割を果たしているのです。
また、すでにニュースがフェイクでないかどうかをチェックする監視団体も生まれています。難しいのは、ロシア軍の支配下にある地域から発信されるニュースの検証です。現地へ行って確かめることができないからです。

池上:今後、どのような放送局を目指しますか。

ハブリリヤク編集局長:私たちはヨーロッパ各国がウクライナの現状をどう報じているかにも注目しています。ロシアの攻撃によって水力発電所のダムが破壊されたとき、「ウクライナ自身が破壊した可能性がある」と報じたメディアもありました。あきらかに中立性に欠けた報道です。

チェルノティツィキー会長:ソ連時代、ウクライナには報道の自由がありませんでした。1991年のソ連崩壊に伴う独立後も、報道のあるべき姿が明確でなく迷走していました。しかし今は、EU基準を目指し、戦時下においてもプロフェッショナルとして報道をする最大限の努力を続けています。


がれきの記者
Consequences of rocket attack in Sumy region(写真:Andriy Mikheev, Suspilne Sumy)

ロシアの侵攻後、日本からウクライナ公共放送への支援は、がれきだらけの戦地でも背負って使えるモバイル中継機材の供与などにも広がっています。2017年から支援を続けてきたからこそ、新たなニーズにもすぐに応えられたのです。

公共放送への支援と並行して、2023年9月からは、電力・通信・交通網など重要インフラに対するサイバー攻撃対策への支援も始めました。ウクライナのサイバー空間は、国家規模のサイバー攻撃、テロ活動の脅威に常にさらされています。過去には、放送システムへの侵入という被害もありました。日本は他国NGOと連携して現地研修を実施するなど、ウクライナのサイバーセキュリティー能力を上げるために、専門人材の育成や攻撃を受けた際の連絡体制の構築を支援していきます。

戦火の中にあって得る正しい情報は、生きていくうえで欠かせないインプットです。そのために日本の経験を生かす支援を行っているのです。
そしてもうひとつ、生きていくために欠かせないものがあります。