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避難民へのIT教育を日本が支援
ポーランドに避難してきたウクライナの人たちは、仕事を求めています。仕事を得るにはスキルが必要です。
そこで、ワルシャワにあるポーランド日本情報工科大学とJICAが連携し、避難民のためのIT研修を始めました。8月に終了したパイロット研修の科目は、表計算のエクセル、ウェブサービスでよく使われるワードプレス、さらに、AIの活用などを可能にするプログラミング言語であるパイソン。どれも、避難民の人たちのニーズを調査して組まれたカリキュラムを、のべ約100人が受講しました。
さてここで問題です。
81%と77%。それぞれ、何の数字でしょうか。どちらもIT研修を受講した避難民の属性に関する数字です。
まず81%の方は、受講生に占める女性の割合です。男性の多くは徴兵されており、国外に避難しているのは女性が多いので、この数字にはさほどの驚きはないかもしれません。
では、77%は何の数字でしょうか。実はこれは、受講生のうち、大卒と大学院卒(修士修了者)の割合。実に高学歴です。なかには、ウクライナでは弁護士や会計士をしていた人もいます。それでも、母国を出れば仕事に就けないのが現実なのです。
インタビューに応じてくれたダリアさん、ボードンさんもこの研修の受講生です。ダリアさんは大卒で、ボードンさんは修士号を持っています。
再び、インタビューに戻りましょう。
池上:研修ではどのようなことを学びましたか。
ボードンさん:映像技術に興味があるのでパイソンのコースを受講しました。内容は非常に興味深かったです。今もウクライナのハルキウ大学のオンライン講座を受講し、映像についての勉強を続けています。
ダリアさん:私もパイソンのコースを受講しました。学んだ技術を生かした仕事を得られれば理想的です。今回、私が受講したのは10日間のコースでしたが、今後はもっと長い、2年ぐらいのコースを用意していただけるとより有意義だと思います。
パイロット版である今回の研修の受講者からの要望を受け、近い将来、さらに内容を充実させたうえで研修が本格的にスタートする予定です。実はこの研修は日本の支援で行われ、研修が行われたワルシャワのポーランド日本情報工科大学も、日本と深い縁があります。
社会主義国であったポーランドが民主化したのは1989年、ソ連崩壊の2年前のことでした。民主化直後からポーランド政府の要請に応え、日本は様々な支援を行ってきました。そのうちのひとつがIT人材の育成であり、そのときにつくられたのが、今回の研修の場であるポーランド日本情報工科大学です。JICAが大学設立委員会に専門家を派遣し、Windows 95発売の前年である1994年に開校しました。以来、同校は多くのIT人材を輩出しています。
ポーランド日本情報工科大学のイエジ・パヴェウ・ノヴァツキ学長にもお話を伺いました。ノヴァツキ学長は、ロシアによるウクライナ侵攻の第一報を聞いたとき、「信じられないと思いましたが、すぐ『自分たちに何ができるか』を考えました。学生たちも早速ボランティアで手助けする組織をつくっていた」と言います。
池上:なぜ、ポーランド日本情報工科大学でウクライナ避難民のための研修を行うことにしたのですか。
ノヴァツキ学長:避難してこられた方々がポーランドで仕事を探すうえで、ITのスキルが役立つと考えたからです。私たちの大学はポーランド国内および中・東欧地域で、IT教育の成果が高い大学として知られていて、これまでもウクライナを含む中・東欧向けに研修を行ってきた実績があります。そのアセットが活用できると考えました。
池上:今回の研修はポーランド語で行われたのですよね。受講生は理解できたでしょうか。
ノヴァツキ学長:ウクライナ語とポーランド語が似ているとはいえ、言語の問題は予想できていました。ですので、研修を行う講師には、ウクライナからの留学生をアシスタントとしてつけました。
池上:研修の修了生の約8割が求職中、5割の方は無職だそうですね。
ノヴァツキ学長:パイロット研修が終わったばかりなので、就職につながるのはこれからと思います。修了後に開催した就職説明会には富士通やファーストリテイリングなど日本企業も参加してくれました。インターンシップの提案もありました。
今回のパイロット研修には受講生の9割が満足してくれていますし、今後も、受講生のニーズと人材市場の動向を見ながら、例えばサイバーセキュリティーやデータサイエンスやAI(人工知能)など、より仕事の獲得につながる研修を行っていきたいと考えています。
池上:避難してこられた方の多くが高学歴にもかかわらず、なかなか就職できないのはなぜでしょうか。
ノヴァツキ学長:残念ながら、ウクライナでの人文系の学位は、ポーランドでの就職には生かしにくいのです。受講生の多くはIT系の技術があれば世界中で通用することを理解しており、職業を変えることにも前向きです。
私たちの大学は、卒業生の就職率が100%と市場で高い評価を得ていますから、今後も、避難民の皆さんへより質の高い研修を提供できると考えています。
池上:今後は、ポーランドへの避難民だけでなく、ポーランドに避難できずウクライナで暮らしている人たちへの遠隔での研修も検討されるのでしょうか。
ノヴァツキ学長:ウクライナ国内の電力供給が不安定なため今は実現していませんが、実施する予定です。
ロシア侵攻前のウクライナのIT産業の年間市場規模は45億米ドル(2018年時点)。国内の技術系教育機関は年間1万6000人の優秀なIT人材を輩出していました。世界的に使われているメッセージングアプリ「WhatsApp(ワッツアップ)」はウクライナ出身の青年らによって開発されました。決済システム「PayPal(ペイパル)」の共同創業者にも、ウクライナ出身者がいます。そうした火を絶やさぬよう、懸命な支援が続けられ、JICAもさらなる支援のあり方を検討しているのです。
今回紹介したのは、職を求める大人を対象とした教育への支援ですが、児童や生徒向けの支援も進められています。
ウクライナ国内には、ロシアの侵攻により以前のようには勉強ができなくなった子供たちが360万人いると言われています。日本の全中学生に相当する人数の子供たちが、教育を受ける権利を奪われ、自立した将来さえも奪われようとしているのです。2023年2月時点で3151の教育機関が被害を受け、そのうち440の機関は完全に破壊されています。
JICAは、ウクライナが国内での設置を進めているデジタル・ラーニング・センター(DLC)に対するノートPCの供与など、積極的な支援を推進しています。
自活していくための仕事も、正確で公正で中立な報道も、独立した国の自立した国民には欠かせないものです。日本がウクライナとその周辺国に供与しているのは、国が人々の生活に必要不可欠なサービスを提供し続けるための命綱なのです。
12月公開の次章では、ウクライナ復興に向けてすでに始まっている、地雷やがれきとの格闘、農業を産業として再構築する試みを紹介します。実はここでも日本ならではの技術と経験が大きな力になっています。