池上彰と知る ウクライナと世界の未来と私たち powered by JICA

ロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会に突きつけられた新たな課題です。今、私たちには何ができるのでしょうか。

池上彰
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「ちょっと変わった農業」法人に視察団が質問攻め

「ちょっと変わった農業」法人に視察団が質問攻め
畑に立つウクライナ国旗

上半分が青、下半分が黄色の国旗は、青空の下に広がる小麦畑をイメージしています。国土の約7割が農地で、黒土を意味するチェルノーゼムと呼ばれる肥沃な土壌を生かし、小麦、トウモロコシ、じゃがいも、油の原料となるひまわりの種、砂糖の原料となるてんさいなどを育ててきました。
ロシア侵攻前の輸出量はトウモロコシで世界第3位、小麦で5位です。また、園芸作物(野菜・果樹・花き)についても、東欧でトップクラスの生産国。2021年には欧州向けの農作物の輸出額の7割を園芸作物が占めていました。

畑に砲弾
2022年7月、ザポリージャ州で地元農民による穀物収穫を阻止するためロシア軍が畑に砲弾を入れる
ロシアの侵攻による農業施設の被害額

その農業大国が揺らいでいます。農地は荒らされ、農機具も破壊されました。

農業は、一度休んでしまうと復旧が大変です」とJICA経済開発部の下川貴生部長は言います。放置した土地には雑草が生え、そこに害虫がすみつくこともあります。
ウクライナの大規模な畑では農薬の散布などにドローンが導入されていましたが、ロシアの侵略後は使用が禁止されています。ウクライナ軍が、ロシア軍の攻撃用ドローンと間違って撃墜する可能性があるからです。そうした状況でも、農業は続けなくてはなりません。世界の穀倉だという自負があればなおさらでしょう。

実はロシアの侵攻前には、日本はウクライナの農業への支援の経験はありませんでした。チョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所事故後の環境管理や、第1章で紹介した公共放送の組織体制強化などの支援は行ってきていましたが、農業はすでに自立している産業と認識していたからです。

しかしロシア侵攻によって農業も支援の対象に加わるほどの打撃を受けました。どのような支援が必要なのか調査を進めながら真っ先に行ったのは、ウクライナ東部のハルキウ州の農家に対してトウモロコシやひまわりなどの種子を供与することでした。キーウにある農業研究所には土壌分析のための機器も送りました。

そして、調査の結果、ウクライナの農業は侵攻以前からいくつかの課題を抱えていたことが分かりました。

まず、労働力の減少です。1994年には5170万人だったウクライナの人口は、侵攻直前の2022年1月には4330万人にまで減っています。出生率の低下に加え、生活のために海外へ出稼ぎに行った人が多いのです。このままでは2027年には人口が3540万人にまで減るという試算もあります。これは、農業の担い手が減ることに直結します。農業の効率化が必至です。

下川部長
「ウクライナは農業大国である一方、小規模農家が多い特徴があります」と話すJICA経済開発部下川貴生部長(写真:大槻純一)

下川部長によると「実はウクライナには小さな農家が多い」ことも分かったそうです。ウクライナの農業と聞くと、私たちは広々とした農地でのダイナミックな農業をイメージしがちですが、実はあれは、ウクライナの農業の一面に過ぎません。

ウクライナには、400万近くの農業法人や農家、家庭農園があります。うち、農業法人は数では全体の1%程度ですが農地の約55%を占めています。残りの農地は個別の農家や家庭菜園で分け合っている格好で、その平均経営規模は4ha。日本の平均値である3.4haに比べればやや広いものの、案外こぢんまりとしています。

海外に輸出される農作物はほぼ農業法人が生産しています。国内マーケットで流通する穀物は農業法人や資金力のある個々の農家が生産しています。
そのほかの小規模な農家や家庭農園では、穀物よりも園芸作物が多く栽培されていて、その大半は自家消費されています。売買されるとしてもご近所の範囲内で、国内の別のエリアで販売されることもほぼなく、輸出もされません。生で食べるような野菜は輸入が輸出を上回っています。保冷倉庫が少なく、運送の品質が高くないことが影響しているようです。
つまりウクライナでは、農地の45%を占める規模の小さな農業は十分に産業化できていないのです。

農業インフラも整っているとは言い難いのが現状です。
灌漑(かんがい)施設はその代表例です。稼働しているのはわずか15%ほど。旧ソ連時代に整備された施設が多く、管理不足もあって老朽化が進んでいます。侵攻前からすでに同様の状態だったようです。

ウクライナの農業を支援するのであれば、戦争によるダメージを取り除くだけでなく、侵攻前よりもよい状態にするための支援、復旧支援ではなく復興支援が必要なのです。

そこで、ニーズを的確につかむため、日本は2段階に分けてウクライナの農業政策省の職員を招き、日本の農業の現状を視察してもらいました。

田園風景
郡山市の田園風景

まずは2023年4月に農業政策省の次官級を招き、宮城県で東日本大震災から復興した現状を見てもらいながらヒアリングをしました。その結果、重点支援分野を灌漑と土壌改良などに絞り込み、7月に訪れた視察団には、福島県や北海道で、より具体的な取り組みを見てもらったのです。

私も7月に福島県郡山市の視察に同行しました。
郡山といえば、郡山の発展に大きく貢献した安積疏水(あさかそすい)を中心とした灌漑施設があります。そして、東日本大震災では風評被害に苦しんだ地域でもあります。

視察団の一部は、福島県郡山市の山あいにある楪(ゆずりは)園芸を訪ねました。楪園芸は、おいしいものを低コストで作ることをコンセプトに、いち早くドローンや自動運転の農機具を導入して効率化を進め、同時に肥料を工夫して土壌の改良にも取り組んでいます。代表の柏原秀雄さんいわく「ちょっと変わった農業」に取り組んでいる農業法人です。

視察団3枚組
上)福島県郡山市の楪園芸に向かう視察団一行
中)視察団から様々な質問を受ける代表の柏原秀雄さん(左の男性)
下)バイオスティミュラント材を混ぜた堆肥の温かさを温度計で確認するウクライナの視察団のメンバー(写真:窪徳健作)

この量で、どのくらいの広さの畑の土壌を改良できますか?」
堆肥の温度はどのくらいですか? 触ってもいいですか?」

背丈ほどの高さに積まれた堆肥を前に、視察団は矢継ぎ早に質問を重ねます。
積まれているのは、しいたけの菌床由来のバイオスティミュラント材と呼ばれる資材を混ぜた堆肥です。楪園芸では、それまで使っていた牛由来の堆肥をこれらに置き換えて土壌に混ぜ込み、粘土質の土壌では育てにくかった長ねぎやさつまいもの育成に成功しました。

そのさつまいもで作った干し芋は、試食した視察団から「スイーツのよう」と好評でした。
楪園芸は現在、耕作エリアを郡山の外にも広げ、南相馬市ではさつまいもを、大熊町の耕作放棄地では産業用の新規需要米の栽培を始めています。

視察団の質問は、資金面にも及びます。

自然災害などで農作物が十分に収穫できなかった場合、補償は受けられますか?」
農機具を購入する資金に国から補助はありますか? 銀行から借りるのですか?」

視察団トラクター
自動運転のトラクターを使い、作業を効率化している(写真:窪徳健作)

こうした質問にも柏原さんと土壌改良担当の長男、IT担当の次男が丁寧に答え、農業のプロ同士の会話がしばらく続きました。楪園芸の先進的で「ちょっと変わった農業」は、ウクライナの小規模な農家に大いに参考にしてもらえそうです。

健康で豊かな土壌と確かな技術でおいしい農作物を作れたら、次はそれをどう売るかです。
視察団一行はJA 福島さくらが運営する直売所に向かいました。